波打ち際のクラーケン戦 ① いやらしい体質
「またS級、い、いいじゃない、ワクワクして来た……っ、あ、あれ、脚が震えて……!」
「これから俺達はS級になるんだ、そうしたら常にこうした敵と戦うんだぞ、しっかりしろジル。――Tier4、『全覚醒』」
「はにゃんっ!? ――わ、分かってるもん! 今のは……ち、ちょっと寒かっただけっ、もう全身ぽかぽかアツアツになったからだいじょーぶ! にゃん!」
こんな常夏の島が寒いわけもなく、俺は怖じ気づいていたジルに活を入れた。
精神パラメータも引き上げられたジルは、猫耳を生やして戦える状態に戻る。
「マ、マルク、見ろ! あのクラーケン、陸に上がってくるぞ!」
「なんてイカだ、ことごとく予想に反するクラーケンだな!」
フリーダの指摘通り、なんとクラーケンは陸に上がってきた。
一〇本の足を使って、器用に砂浜を移動していた。
「う、海から出ると……本当に大きいですっ……!」
「足一本一本が、ヤシの木よりも巨大だとはな……!」
クラーケンは見上げるほどに巨大だった。
そしてその一本一本の足が、背の高いヤシの木並に大きく、太かった。
クラーケンが、獲物を見て唸る。
「ブシュルルルッ!」
「来るぞ!」
全員武器を構え、水着での戦闘が再び始まった。
「ジル、フリーダにもバフをかけたい! 時間を稼いでくれ!」
「分かってる! にゃん!」
全覚醒はまだ全体化出来ない。
先にかけたジルに陽動を頼み、俺とフリーダが本気モードに入る。
「相手は一〇本足だ、足元をすくわれるなよフリーダ。――Tier4、『全覚醒』!」
「イクぅぅぅっ♡ ――うむ、これに勝って一緒にS級にイこう♡」
フリーダが俺の催眠に落ちる。
イクとはS級に行こうという意味だ。今の絶叫に深い意味はないだろう、多分。
――それはともかく。
海の覇者クラーケン。次期S級の俺達が敵う相手かどうか、絶好の相手だ。
「オリヴィア、君はまだ無茶するな。フリーダとジルに削ってもらい、Tier4でも攻撃が通るようになるまで、回復に専念するんだ!」
「わ、分かりましたマルク様!」
こういう時、前衛にも後衛にもスイッチ出来るオリヴィアは良い。融通が利く。
俺はわずかに通るデバフを敵にかけつつ、アタッカー二人の戦いを見守った。
「片手剣スキルTier5――『テンペストスラッシュ!』
「蹴撃スキルTier5――『竜断』!」
意外と相性抜群な二人のコンビネーションが炸裂する。
メドューサを屠ったあの技だ。
だが――
「にゃっ!? コイツの体、ブニブニしてて切れないっ!」
「くっ、私のスキルもブニブニで軽減されたっ!」
「マ、マルク様、お二人のスキルがっ」
「なるほど、コイツは物理耐性高めの体質ということかっ!」
クラーケンを仕留めるには至らなかった。
クラーケンには高い物理耐性が備わっているようで、攻撃の何割かが吸収されたようだ。
物理攻撃しか手段のない俺達の苦手とする相手だった。
「だったら、あたしの強化した武器の出番ってわけね! Tier5、『紅蓮――」
「ブシュルルルルッ!」
「待てジル! 敵に動きがある!」
「っ! ぴょん!」
ジルは勇んだが――あの時と違って成長している。
俺の声を聞いて攻撃を止め、回避型の兎へと移行する。
クラーケンが逃げるジル目掛けて、墨を発射してきた。
「大丈夫か、ジルちゃん!」
「ぴょんっと! ええ、あんなもん、今のあたしならお散歩してても避けれるわ! ぴょんっ」
「暗闇・盲目系のデバフ攻撃だな。威力自体は大したことなさそうだが、これもまた物理特化の俺達には厳しいスキルだ」
とことんいやらしいイカだった。
そしてもう一つ、他のイカとは違う点がある。
「マルク様、イカスミは黒いと聞きます。でもどうしてでしょう、このイカさん……クラーケンの吐く墨は――」
修道院では先生もしていて、生物の知識も深いだろうオリヴィアがこう続けた。
「白くて、どろっとしてて、ねばねばしてる、『白濁液』タイプなのでしょうかっ」
そう、コイツの吐く墨はなぜかそんな気持ちの悪い墨だったのである。
終いにはフリーダがこう言った。
「すんすん……おまけにイカ臭いぞっ♡」
「あらゆる意味でいやらしいイカだ。俺は死んでも浴びるわけにはいかないな」
血だらけになったことも、石化したこともある俺だが。
この白濁液にだけは塗れたくないと心底思うのだった。




