サハギンクイーンの謎
サハギンクイーンは死んでいた。
死体の状態も、なかなか凄惨な状態で。
「うっ……魔物だからと、これはひどいです……。神よ、彼の者に祝福を」
「こ、これはどういうことだろうマルク。あれは間違いなく、サハギンクイーン……だよね?」
「ああ、乳房がある」
外見的特徴から、ジルが発見したサハギンは間違いなくサハギンクイーンだ。
しかしそれがすでに死んでいた。
何者かに殺されていたのだ。
「バカンス村に腕の良い戦士でもいたのかしら? ……いやでも、この死体の状態は」
「さすがジル、気付いたか。このズタズタ具合は人間の仕業じゃない」
「人間ではない……と、いうと?」
まだ冒険初心者のオリヴィアの質問に、俺はこう結論付けた。
「もっと強力な魔物が、クイーンを殺した。そういうことだろうな」
「A級のクイーンよりも強い魔物……! またS級だろうかっ!?」
「分からない。少し死体を調べる。ジル、君の知見も聞かせてくれ」
「オッケー。フリーダとオリヴィアは周りの警戒よろしくね」
俺とジルはバラバラの死体に近づいて、その様子を調べる。
「かなり臭うな、洞窟全体の臭いの正体はクイーンの死体だったか。ハエも多い、死んでわりと時間が経っているな」
「傷の状態から人間が使う武器じゃこうはならないわね。やっぱり魔物で間違いないみたい」
「食いちぎった、というわけでもなさそうだぞ。肉も内臓も手つかずだ。……肉体を引きちぎった、といった方が正しそうだ」
「なら力量差はかなりあったってことね。……他には、特に……」
「待てジル。背中に叩きつけられた痕がある。……もしかして、引きちぎられた後、この洞窟に高いところから落とされたか、あるいは放り投げられて偶然入り込んだか」
「うぇ、よ、よくこんなぐちゃぐちゃな死体触れるわね。でも、よく見つけたわ」
俺とジルはフリーダのところに戻り、発見した情報をある程度まとめた。
「犯人が魔物なのは間違いないわね。飛行型の魔物かしら?」
「いや、羽根が一枚も見当たらなかった。まぁ悪魔型の羽なら可能性はあるが、鳥獣系の飛行型は除外していいだろう」
「ふむふむ。では、魔物が放り投げた説はどうだろうか」
「俺はそっちではないかと見ている。サハギンは海にいる魔物だ。何か海棲生物と戦闘となり、クイーンは敗れてこの洞窟に投げ入れられた。そしてその臭いを辿って、生き残ったサハギン達がこの洞窟で巣くうようになった、とな」
「……あんたほんと、良い人材ね。なんでクビになんてなったのよ」
「お褒めにお預かり光栄だ、プリンセス」
「きゅんっ! ――ちょ、や、やめなさいよ、依頼中よ!」
ジルが俺を褒めてきたので、冗談めかして返してやる。
そんな時だ。
「た、たた、大変っすよー!」
「なんだサンセツ補佐、着いてくるなと言ったはずだが」
慌てた様子で、村長孫で補佐なサンセツが現れた。
俺がチクリと言うと、サンセツは息を整えながらこう続けた。
「ビ、ビーチに、とんでもない化け物が現れたっす!!」
「まさか――クイーンを仕留めた魔物かっ」
俺達は急いで洞窟を抜けてビーチを目指す。
向かう途中ですでに、視界にはその巨大な魔物が映っていた。
一〇本からなる触手で、ビーチに置かれていた画材を全て一掃していた。
「ふぉぉぉん! 一枚だけ書かせてもらった絵が台無しじゃあああぁぁぁっ!」
「離れろ村長、引きちぎられるぞ!」
俺達は現場のビーチに到着する。
早くに駆け付けたため犠牲者はいなかったが――
「こいつね、クイーンを引きちぎった犯人はっ」
「お、大きいです……それに、腕が何本も!」
「マルク、この魔物は……!」
俺が、最後にその魔物の名を口にする。
「S級大物、クラーケン。こんな波打ち際まで現れるのは予想外だ」
一〇本足のイカの化け物、クラーケンが、サハギンクイーンをいたずらに殺した犯人だったのである。




