サハギンの洞窟
俺達は洞窟に着いた。
じりじりと暑かったビーチとは違い、洞窟の中は幾分ひんやりとしていた。
足元のビーチサンダルを浸す程度には海水が入り込んでいて、いかにも海岸沿いの洞窟といった風だった。
「ここか、サハギンが巣くっているという洞窟は」
「広くはなさそうね。物陰に注意するのよ、この狭い洞窟、どこに潜んでいるか分からないわ」
洞窟は広くはなく、向こう側には外の景色が見える。
時折天井が空いている箇所もあり、明るさの面も問題ない。
ただ、洞窟内は鍾乳洞のように尖った岩が連なってるため、このどこかにサハギンが身を潜めている可能性があった。
「うぅ、なんだか凄い臭いです……これは、腐った臭いでしょうか?」
「餌の臭いかしらね。おぇ、鼻が曲がりそうだわ」
そして洞窟は腐った臭いで充満していた。
「……いるな、これは。見られている」
「うむ。それも結構な数だぞ。ギルドにわざわざ依頼を出すのも頷ける規模だ」
「せ、戦闘準備しますっ」
全員が武器を構える。
俺もコインを取り出す。
「来るぞ! ドジるなよ、ジル!」
「なんであたしだけ名指しなのよっ!」
瞬間、無数のサハギンが一斉に物陰から飛びだして、襲いかかってきた。
この洞窟に足を踏み入れた瞬間から、獲物と定めていたのだ。
「片手剣スキルTier3――『パワースラッシュ』!」
「蹴撃スキルTier2――『二連脚』!」
「メイススキルTier3――『スウィング』! ですっ」
三人の前衛は鋭く反応して三匹倒す。
新人だったり、技名が変わったりなオリヴィアも、問題なく戦えていた。
しかし敵はまだまだうじゃうじゃいる。
「数が多いな。ならば今回は久しぶりに――催眠スキルTier3、『混乱』」
俺はコインを揺らす。
コインを見ていない敵も関係なく、全ての敵が同士討ちを始めるのだった。
「たまにはデバフも使っていかないとな。本来の催眠術師のスタイルだ」
「良い手よマルク! これで楽ちんになったわ!」
「はい! この状態なら攻撃に専念出来ます!」
「同士討ちはちょっと嫌な思い出あるけどねっ!」
「それを言うなフリーダ。さぁ、クイーンが合流する前に、少しでも数を減らすぞ!」
サハギンは低級な魔物。俺の催眠にかかって足並みを崩される。
そこにフリーダ、ジル、オリヴィアが追撃を加える。
もちろん俺も、サブスキルである短剣スキルでコソコソと数を減らしていった。
こういう多数を相手する場合は、バフよりもまとめてデバフをかけた方がいいだろう。
色々な戦術を俺は頭にインプットしつつ、敵はいよいよ最後の一匹となる。
「『二連脚』! ――終わりっと!」
「んむむ? 終わってしまったぞ? クイーンはどこだ?」
「そういえば……もしかして、もう倒しちゃいました?」
「そんなはずはない、俺の催眠が弾かれた感触はなかったからな」
サハギンクイーンはA級帯の魔物。
もし混じっていれば、混乱を仕掛けた際に弾かれた感触があったはず。
俺は低位なスキルを逆手に取って、感知する意味でもデバフをかけたわけだが――その感触は得られなかった。
つまり、クイーンはまだこの場には現れていないということだ。
「クイーンは必ずいるはずよ、これだけ群れをなしていたんだから。今の戦いに現れなかったのは不思議でならないけど」
「ふ~む、確かに確かにジルちゃん。サハギンの危機にクイーンが駆け付けないのは腑に落ちない」
「……とにかく、傷を回復して備えておこう。オリヴィア、みんなを見てやってくれ。必要ならポーションを使って構わない」
「はい、分かりましたっ」
動き回ってパンツが食い込んでしまったのか、親指で直しながらフリーダが言う。
「私は大丈夫だマルク。そうだ、今のうちにクイーンの痕跡でも探しておこうか?」
「それはいいわね、一緒に行きましょフリーダ。あたしもケガしてないし」
「分かった。君達二人なら心配いらないだろうが、遭遇しても無理はするなよ、一応な」
ケガをしたのは俺一人のようだ。
まぁかすり傷程度なのだが、情けないなと思いつつも、俺はオリヴィアの治療に身を委ねた。
「そういえばオリヴィア、俺は裸なんだが目隠ししなくていいのか?」
「い、いえ、よくないですが……依頼中に目隠しはもっとよくないと思いまして、外している次第でございます」
「そうか。まぁ耳栓してトラップにかかる女性もいたからな、反面教師というやつだな」
「マぁルぅクぅさ~ん。聞こえてますよぉ~っ?」
向こうの岩場から、すっかり地獄耳となったジルが返してきた。
俺は「冗談だ」と言ってどうにか事なきを得ると、オリヴィアが続ける。
「今は依頼中なのでしていませんが、こういう状況でなければ……例えばお部屋でゆっくり、二人きりの状況などであれば、か、変わらず目隠しでさせていただこうと思っております。お気を悪くしたらすみません……」
「いや、気にしていないさ。敬愛する神の教えは守らないとな」
俺は少し皮肉交じりに、俺の裸に顔を赤らめているオリヴィアに言った。
まぁ目隠し状態もそれはそれで、乙なものだったからな。紳士だからそれ以上言わないが。
一つ疑問を解決した時、ちょうど治療も終わる。
――その時。
「ちょっと! みんな来て!」
「ジルの声だな。――何があった」
ジルが何かを見つけたのか、大声で俺達を呼ぶ。
フリーダも合流し、四人が集結すると、ジルがぽつりとこう言った。
「クイーンがいたわ」
「そ、そうなのですかっ? 大声出しても大丈夫なのでしょうか……マルク様が注意しろと仰ってましたが」
「大丈夫よ。だって、アレ見て」
ジルが指をさす。
そこはちょうど天井が空洞になっていて、強調されるみたいにそこだけ明るくなっている。
そして、そこには――
「クイーンはもう、誰かに殺されてた」
クイーンの死体が、上半身と下半身がバラバラの状態で転がっていたのだった。




