二つ目の話 ~S級昇格条件と次の依頼~
「S級昇格の条件、テメェらなら知ってるな? パーティ全員がTier5スキルを所有していることと、ギルドマスターからの認定の両方が必要だってことだ」
そう切り出したのはギルドマスターのヴァネッサだ。
S級昇格にはTier5習得が絶対条件だ。
そしてもう一つ、ギルドからの認定が必要だった。
ギルドからの認定は全てのランクで必要な行程だったが、S級昇格は少々特別で、ギルドマスター直々に認定をもらわなくてはならないのだ。
「パーティ全員がTier5所有はまだみてぇだが、オレはもう時間の問題と見ていてな。だから先に試験をやる。といっても、従来通り依頼をやってもらうだけだが」
「時間の問題か、簡単に言ってくれるが……その依頼は、やはり難関依頼なのか」
「いや逆だ。A級依頼でもめちゃ簡単な部類に入る」
「むむ? どういうことなのだ?」
聞いたのはフリーダだ。
ヴァネッサはそのラフな見た目に反して視力は悪いのか、眼鏡を取り出して装着、一枚の用紙を見ながら説明した。
「テメェらはもうメドューサ討伐という十分な実績を持っちまってる。しかもそいつはただのS級魔物じゃなく、大物クラスで、ついでに行方知らずだった大勢の冒険者も救っちまった。裏社会の顔だったロドフ討伐の件もあるし、もう実績の面では十分過ぎるんだよ。だから今回オレが課す試験は、形だけの簡単お手軽形式を取ることにしたってわけさ」
「なるほど。あまりランクに見合わないことを繰り返せば、ギルドの運営に疑問を持つ者も出てくるだろうしな」
「全てお見通しかよっ。ったくよ、今からでもギルドマスターにならねぇか?」
ヴァネッサは観念したと言わんばかりに白状した。
俺は口元だけ笑みを浮かべると、当然今は首を横に振って誘いを断るのだった。
「それで、その依頼ってのはどんなのよ?」
ジルが腕組みをしながら聞くと、ヴァネッサは用紙を見せながら答えた。
「南の島のバカンス村。そこの魔物退治だ」
「バ、バカンス村、ですか?」
なんだそのふざけた名前の村は、と俺が口にする前に、オリヴィアが言っていた。
俺が続きを言うと、それにエルミナも続いてくる。
「おい、バカンス村ってのはなんだ。初めて聞いたぞ」
「私は聞いたことがあるぞ、マルク君。確か富裕層の旅行先として人気な村だ。常夏の島で一年中波も穏やからしい。保養には持って来いのリゾート地だと」
「そうそう、そこだエルミナ。マルク、テメェらにはそこの魔物を退治してもらう。無事解決したら、S級にしてやる」
「ま、マジで言ってんの……?」
最後のジル同様、俺も本気で驚いた。
あれだけ身構えて格好付けたのに、S級昇格最後の関門が、リゾート地の依頼だと?
「ああ……焦った。そうか、リゾート地だが、凶暴な魔物が出ないとも限らない。その討伐対象は、相当に強い魔物なんだな?」
「いや、サハギンだから大したことねぇ。D級並だ」
「ええ……俺の格好付けた言葉を返してくれ……」
どうやら相当に弱いらしい。
ギルドに来る前に言った言葉が今となっては恥ずかしいよ。
フリーダが一つ聞く。
「なぜそんな依頼がA級なんだ? 不相応な魔物だが」
「場所が遠くてよ。旅費ばっかかかってやりたがる奴が少ねぇから、報酬高めなAランクにせざるを得なかった」
「はぁ……なんだか気が抜けちゃったわね。どうしてもあたし達がやらないとダメなの?」
メンタルは弱いが、強い敵にはワクワクしてしまう戦闘狂のジルも、気が削がれている模様だ。
ヴァネッサは眼鏡をクイっとかけ直して言った。
「テメェらじゃなきゃダメだ。S級に近いテメェらじゃなきゃな。というのも、今回はこの遠方の村まで、特別に『リフト』を使ってもらうことになっている」
「リフトだと……!? 遠い冒険の地にも一瞬でいける、アレか!」
「テメェらも近い内にS級になるんだ、リフトに慣れといた方がいいと思ってな」
俺はリフトという単語にちょっとテンションを上げる。
リフトとは、冒険者の街ビアンツの各所に点在する移動手段だ。
リフトとリフトを結んだ地点を交互に行き来出来る施設なのだが、コスト面と運べる人数に限りがあることから、使用は限られた者しか行えない。
特別な理由がない限りは、S級以上の冒険者しか使用を許されない施設だった。
「最近バカンス村近くにビアンツと繋がる新しいリフトが設置されてよ、その稼働テストも兼ねてんだ。テストっつっても安心してくれ、事故はまず起きねぇ。なんたって大事なS級冒険者を運ぶ装置だからな、入念なテストを重ねた上での、今回の初稼働だ」
「S級……リフト……! そ、そういうことなら……やってやってもいいわね」
「うふふ、ジルさんちょっとそわそわしちゃってます。わ、私もですけれどっ」
「依頼そのものは気に入らんが、そういう理由ならまぁやってもいいな。フリーダ、君もいいか?」
「うむ! みんなが決定したことなら、私も異論はない! ちょっと利用してみたいとも思っていたしっ」
俺達の意見は一致した。
次の依頼はバカンス村で魔物退治。
そしてS級昇格だ。
俺達が意気込んでいると、エルミナとヴァネッサが会話を始める。
「羨ましいね。捜査に動きが出るまで時間もあるし、私もフリーダ君達と一緒に行ってみたいものだが」
「そらダメだぜエルミナ。オレだってはしゃぎたいが、お互いやること溜まってんだ。鎧脱ぎ捨ててはしゃごうなんて、甘い甘い」
「いや、俺達は仕事に行くんだが」
なんかリゾートに遊びに行くみたいに思われているが、これは仕事だと俺はツッコむ。
この管理職の女性二人は顔なじみなのかもな、フランクに話している。
すると、ヴァネッサがエルミナにこう言った。
「まぁでも残念だぜエルミナ。ビーチに行ったら、オレの方がてめぇよりモテるってこと証明してやれたのにな」
「ほう? 言うなヴァネッサ、そのモテるというのは、同性も含めるのかな? 女性込みだったら、私の圧勝だと思うのだが?」
「はぁ? てめぇを倒すなんて、男の数だけで十分だぜ? わ、私のけ、経験値、ナメてんじゃねぇか?」
「フン、それなら私だって負けてはいない。私に惚れた、お、男の数など、ビーチの貝殻よりも多い」
ギルドマスターと騎士団長が何やら言い合っている。
二人は二六の俺と同じか、少し上くらいだ、経験はありそうなものだが。
なんだか両者とも自信がない。
事実かどうか、ちょっと試してみようか。
「その勝負なら今のところ引き分けだ。――俺は君達と出会った瞬間に、二人それぞれに一票を投じているからな」
「え、ちょっ、おまっ――このすけこまし野郎っ! マ、マジになっちまうだろっ」
「い、いかんぞマルク君! そ、そんな軽々しく大人の女性をたぶらかすのは!」
「ああ……大体理解した」
どちらも男性経験は全くなさそうだ。
――とにかく。
俺達マルクパーティ(仮名)の四名は、バカンス村まで飛ぶことに決まるのだった。




