パーティの名前はどうしよう?
「マルク、オレの代わりにギルドマスターをやらないか。テメェほどの『器』なら、ビアンツの冒険者ギルドをさらに発展させられるはずだ!」
まさかの申し入れだった。
ヴァネッサの熱心な視線を受けて、俺は考え込む。
「俺がギルドマスターか……」
「す、すごいぞマルク! 大出世だ!」
「こんな話二度もないわよ! だって冒険者の街の、冒険者ギルドのマスターなのよ。そんなの、世界トップの地位みたいなもんよ!」
「マ、マルク様は、やはりただならぬ器の持ち主なのですねっ」
確かに不遇職の催眠術師がギルドマスターは大出世過ぎる。
いや、思えば靴磨きからスタートしたと言ってもいいだろうか。
「ギルドマスター、冒険者をやりながらでも出来る業務なのか」
「冒険を辞める奴もいれば、オレみてぇに続ける奴もいる。仕事はもちろん増えちまうが、本人次第だぜ」
「俺の器量次第か」
俺は色々と秤にかける。
これからの冒険のことや、打ち立てたばかりの目標のこと。
そして俺の夢のこと。
「急な話だ、すぐには答えられない。……本当に俺が相応しいとも思わないしな」
「そんなわけねぇ! マルク、オレの目に映るテメェの器は」
「俺はただの催眠術師だ。それ以上でもそれ以下でもない」
俺は自分の実力を知っている。
突然覚醒するような体もなければ、あれもこれも手を出してやれるような万能人間でもない。
「ダメか……? ミスしたばかりのオレが言うのもなんだが、オレの目に狂いはないはずなんだが……」
「本当にそうだぞ、君が言えたことじゃない」
「うっ。て、手厳しいじゃねぇか、何も言い返せねぇけどっ」
「それに、断ったわけじゃない」
ヴァネッサは断られたと思っていたようだが、そうではないと俺は言う。
見上げてきたヴァネッサに、俺はこう続けた。
「今は保留にさせてほしい。俺にとっておいしい話なのは事実だが、俺が今一番やりたいことは他にあるんだ。二兎追うものはなんとやら、と言うだろう? あれもこれも追う前に、今はその目下の目標に、仲間と専念させてほしいんだ」
「ってことは、つまり――」
「前向きには考えてみよう」
俺の言葉にヴァネッサは顔をほころばせた。自分の地位が失われるというのに、新たな人材に出会えたことの方が嬉しいということだろうか。
するとフリーダが言う。
「な、なぁマルク、私達に気をつかっているのなら、遠慮せず受けてくれても」
「そうじゃないさ。ヴァネッサが言ったろ、器量次第だと。俺は自分の実力をよく理解しているつもりだからな、今は君達と掲げた目標に向けて、一点集中したいんだよ」
「マルク様……マルク様ご本人がそう仰るのであれば、私はなんの異存もございません」
「ま、いいんじゃない? あんたらしくて、あたしは……す、好きよ」
仲間達も賛同してくれた。
ギルドマスターになれば多方面から情報を得られるし、上手く立ち回れることも増えるだろう。
それに。
目標を――S級到達を果たしたその時にこそ、ギルドマスターの称号をもらい受ける最高のタイミングになると、俺は考えていたのだ。
「ヴァネッサ、だから君はまだ辞めないでくれよ。先に君に辞められたら、別のギルマスがやってきて、話をなかったことにされかねないからな」
「……へへっ、分かったよ、オレの負けだマルク。ギルドマスターの椅子には、まだしばらくオレのケツでも乗せとくことにする」
ヴァネッサはその張りのある魅力的なヒップを自分の手でパチンと弾くのだった。
正真正銘、これで俺のクビから派生した問題は解決した。
緊迫した状況が終わって、話を聞いていた冒険者達もようやく声を出し始めた。
そんな時、ヴァネッサが聞く。
「話は変わるがよぉ、『目下の目標』ってのは、なんなんだ?」
「S級昇格だ」
俺の断言に、冒険者ギルドの空気がまたまた一変した。
今度は「おお……!」といった、感嘆の声が漏れるのだった。
冒険者達が口々にする。
「やっぱでけぇ器だな、あの催眠術師は……あのパーティの実力も頷ける」
「ああ、あのパーティ、間違いなくデカくなるぜ。あの……あの――あれ?」
「そういや、あのパーティの名前、何て言うんだ?」
そんな指摘を外部からされて、俺達は揃ってはっとなってしまった。
「パーティ名。そういえば決めてなかったな」
「パーティ名、でございますか。それは決めるのが通例なのですか?」
「うむ。順番待ちしてる時とか、『〇〇のパーティさーん』と呼ばれるからな。パっと分かるようになる!」
「何よその例え。――んじゃあ、はいはーい! 『ファイアーキックのジル』なんてどう!?」
「え……却下でしょジルちゃん。パーティ名って感じじゃないし、そもそもダサイ」
「だ、ダサくないもん!」
パーティ名は決めなくてはならないだろう。
名のあるパーティは直接の仕事も増えるわけで、指名の際の伝達等がスムーズになるのだ。
「ではでは『一三神の伝道師』。こちらはいかがでしょうか?」
「うーむ、前面に出すポイントが違う気がするぞ。ちなみに私は『†白雲黒点の白濁搾乳液†』を提案する!」
「いや語呂悪っ! そしてその†はなんなのよ! っていうか白雲黒点って、牛のことじゃないっ!!」
「大変だな、全部ツッコむのも」
俺が冷めた感じで言うと、フリーダが突っかかってきた。
「マルク、そこまで言うならあなたの案はないのか? 文句ばかりは卑怯だぞ!」
「俺はそこまで言ってないが……あ~、そうだな。『殲滅の黙示録』、とかどうかな?」
「ちょっと……キツイかな」
「『キツイ』は……ひどくないか、フリーダ……」
いや自信はなかったけども。
「あの~、もういいか?」
「あ、ああヴァネッサ、すまない。まぁ名前は後にしよう」
放置されていたヴァネッサが話しかけてきた。
とにかく、この調子じゃ名前は思いつかないだろう。今すぐには。
後で名前は決めることにして、俺は改めてヴァネッサに聞く。
「それでヴァネッサ、謝罪以外にまだ何かあるのか?」
「ああ。大事な用事だぜ」
ヴァネッサはその大事な用事を伝える前に「謝罪も本当はオレから出向く予定だったんだけどよ」と、前置きして、その大事な用事を言う。
「一つは――あんたらをS級に上げるための、最終試験を課そうと思ってな」
冒険者ギルドがまたまた沸いた。
これは奇遇なことだ。
言霊ではないが、俺が言った言葉が現実になったようだ。
しかし気になることがある。
「一つは?」
「ああ、大事な用事はもう一つある。詳しくは奥のオレの部屋で話そうや、二つ目の方も、そこで話したいヤツが待ってるからよ」
「誰か待っているのか」
どうやら用事とやらは二つあるらしい。
ここではいちいち人の注目が集まってやりにくいと感じていたところだ。
俺達はギルドマスターに先導されて、彼女の部屋に向かう。
部屋の扉を開けると、そこには一人の女性が姿勢正しく座って待っていた。
「あ、あなたは……団長殿!」
「やあ、フリーダ君。元気にしていたかい?」
フリーダの鎧とそっくりな、白銀の鎧。
そこで待っていた麗しい女性は、フリーダの元上司だった。




