ギルドマスターの器
俺達は依頼受注のため冒険者ギルドに足を踏み入れた。
その瞬間だった。
「おっ、来たな! 今度は一体どんな偉業を成し遂げるっていうんだい、あんたら!」
「あんたらを見てると俺ももっとやれるんじゃないかって気になるよ! パーティ追い出されたりひでぇ目に会ったってのに、大したもんだ!」
「私の仲間もあなた達に救われました。今度ちゃんとお礼させてよね!」
ギルド内にいた冒険者らが俺達に気付いた瞬間、俺達を輪のように取り囲んで、次々と賛辞を送ってきたのだ。
「す、すごいなマルク、こんなことは初めてだっ」
「ふ、フン、あたしはこのくらい、騒がれてたけどねっ。……悪い意味でだけど」
「少しやりにくいがな。見向きもされなかったくらいがちょうどいい」
「おやマルク様? そう仰るわりに、お顔はほころんでますよ?」
オリヴィアに指摘されてしまったが、まぁ――悪くはない気分なのは認めよう。
ただ、浮かれてはいられない。
俺達はまだA級で、当面の目標はS級だ。
上に行くには――夢を叶えるには、もっともっとレベルアップしなくてはならないのだ。
俺がそう決意を新たにした時、女性が一人、冒険者の輪の中心に現れた。
「お、オッス、マルク、それに他のメンバーさん方。……あれから、調子良さそうじゃねぇか」
「ギルドマスター――ヴァネッサか」
その女性はこの冒険者ギルドのギルドマスター・ヴァネッサだった。
ギルドマスターという役職には似合わぬ若さで、女性にしては高めの身長と、引き締まった体。
袖なしのぴったりしたシャツにホットパンツという一見超軽装だが、それは衣装か彼女の戦闘スタイルか。とにかく、体のラインがはっきり見えるということは確かだ。
褐色肌の女性だったが、肌と服の隙間の部分と、特に腹の部分の色は白く、褐色は日焼けによるものなのだろう。
金の長いポニーテールもギルドマスターのトレードマークの一つだった。
「調子はすこぶる良い。おかげさまでな」
「そ……そうだろうな、オレがやっちまったことのせいで……」
俺の皮肉はヴァネッサに刺さるようだ。
無理もない、クビの判を押したのはギルドマスターであるヴァネッサなんだからな。
いつもは他人を見下すような目をするのがこのギルドマスターなんだが、俺の前ではそうはいかないようだ。
さて――どうしてやろうかと思案していると。
「――スマン! 全てはオレの責任だ、軽い気持ちで判を押しちまった! 言い訳するつもりはねぇ、オレは責任取ってこの職を辞そうと思う。それでも気が済まねぇってんなら、殴るなり蹴るなり、他にも――お、お前の気が済むまで、オレの体を好きに使ってくれたって構わねぇ!」
ヴァネッサは難ありな性格なんて言われているが、見た目はとんでもなく美人だ。
欲望の捌け口になることも辞さないと、身を差し出してきたわけだが――
「……ほう、君には俺がそういう男に見えるのか」
「あーらら、怒っちゃったわよ、変態紳士が」
「マルクはそういうの凄く嫌うからな。逆効果だぞ、ギルドマスター殿」
「本当に誠実なお方でございます」
仲間達だけは俺のことを信頼し、そして理解していた。
ヴァネッサは事を丸く収める最善の手だと思っていたみたいだが、悪手と悟る。
「な、ならオレはどうしたらいい? それ以上のこととなると……『夜』の知識はそんなにある方じゃねぇんだ、どんなプレイが――」
「どうもこうもしなくていい。何か勘違いしているようだが、そもそも俺は怒っちゃいない」
そう――俺はまず、誤解を解いてやることにした。
俺の動向を見守っていた冒険者達も緊張した様子だったが、風向きが変わったことを肌で感じる。
「君が俺を追放処分にしなければ、俺はずっと光の翼で不要な男と扱われていただろう。だが君のおかげで、俺は俺を必要としてくれる最高のパーティ、最高の仲間達に出会えた」
「マルク……な、なんか改めて言われると、恥ずかしいなっ」
「す、素直に言い過ぎなのよっ。照れとかないのあの男にはっ」
「私もちょっとくすぐったいです、マルク様」
俺の言葉に仲間達は照れたが、これが俺の本音だ。
恥じるところは一つもないと、迷いなく言い切ってみせた。
そんな俺の様子を見たヴァネッサは、より責任を感じてしまったようで。
「マルク、テメェはそれで良くても、オレはそれじゃダメなんだ。失態の責任はきっちり取らねぇと、示しが――」
「謝罪の場を皆に見られた。それだけじゃ不服か? ――なぁ、みんなはどうだっ!」
周りを取り囲んでいた冒険者達は、顔を見合わせて――笑顔を見せた。
声こそ出さなかったが、表情を見れば分かる。
珍しい者が見られた、それだけで満足したといった表情だ。
「見ろ、異を唱える者は一人もいない。責任は果たしたということだ。――おかげさまで、なんて言ったが、あれは皮肉でもなんでもなくて、真っ直ぐな感謝の気持ちなんだよ、ヴァネッサ」
「……やっぱり、あんたは男だよ、マルク。とんでもねぇ『器』が備わってる」
本当は罰してもらいたかったヴァネッサは居心地悪そうにしていたが、俺の一言で認める気になったようだ。
これでこの件は終わりだと俺が思っていると。
――ヴァネッサは、こんなことを口にした。
「あんたには、『ギルドマスター』の器がある」
「……なんだって?」
なんだか妙な方向に話が向いてしまったようである。




