☆ジーク視点 ランク落ちのパーティと、もう一人の男 ②
「遅いじゃないジーク。ずいぶん待ったわよ」
「……すまねぇな、手続きに手間取っちまってよ。れ、例の受付の女が、な」
「まぁ、ジーク様を待たせるなんて、仕方のない女。……あの、ジーク様、お顔色が優れないようですが、何か……」
「な、なんでもねぇ、気にするな。……お前ら、冒険者ギルドにはしばらく近づくな。今後、面倒な手続きは全部俺がやってやるからよ」
俺は広場の露店に待たせていたベラとユーニス二人に合流すると、一つ嘘を吐いた。
本当のことを話せるわけがない、B級どころか、C級だ。
本当のことを話したら、こいつらはどういう顔をするだろうか。どういうセリフを吐くだろうか。
分からねぇ。ひょっとしたら、俺は捨てられるかもしれねぇ。
あれだけ愛してやった女に、俺は捨てられ、一人に――
だから俺は嘘を吐いた。いや――思わず嘘を吐いていた。
ベラは「珍しく気が利くじゃん、なんか良いことあったんだ」と呑気に言っていた。
バカな女で助かったと、俺は心底安堵するのだった。
「もしやジーク様……あの件が決まったのではないでしょうかっ」
「あの件――ああ、新しい仲間の件ね! それで浮かれてるってわけね、ジーク」
「ま、まぁ……そういうことだ」
俺は二人に合わせたが――これは嘘じゃねぇ。
C級に落ちた俺達はもう、本格的に失敗が出来ない。宿代だってある。
だからあの後すぐに、俺は仲間を探した。
そして見事に、一人引き入れたんだ。
「し、紹介する。デバッファーの……おいお前、いつまでも隠れてないでこっち来い!」
「ド、ドゥフフ。も……もう出ても良いのかな?」
俺はその新たな仲間をベラとユーニスに紹介するため呼んだ。
そいつが自己紹介する。
「ドゥフ。ぼ……僕の名前はブタドスだよ。後方支援職でデバッファーだよ。よ、よろしく、ドゥフフっ」
「ちょっ、ジ、ジーク、マジなの? こいつが……こんなやつが新しい仲間なの?」
「……気持ちが悪い男ですね……」
ベラとユーニスが嫌悪感を示すのも無理はない。
こいつは、飛び切り醜かった。
全く鍛えていない体は腹が出ていて、顎周りもだぶついてやがる。
手足の毛は濃く、鼻毛は手入れされていないのか時折見えている。
髪の毛はボサボサで肌荒れもひどい。
醜悪。そんな言葉を詰め込んだクソみたいな男だった。
「し、仕方ねぇだろ、我慢しろ。こういうのしかいねぇんだよ、<デバッファー>ってのは」
俺はまた嘘を吐く。
本当はC級に落ちて、『光の翼』の名自体がもう避けられる対象となったからだ。
堕ちていく一方のパーティに入りたがる奴なんていない。
だから、こんなクソ野郎しかいなかった。ランクも確かC級とか言っていた。
むしろこいつもこいつで、よく今の俺達についてくる気になったと思うくらいだった。
だが――探りを入れて気が変わられては困る。とても困る。
だから俺は、不自然極まりないこんなクソ野郎を入れるしかなかったんだ。
二人の女を今後も抱き続けるためにも、な。
「に、にしたって限度が……あの催眠野郎だって、見た目だけはマシ――」
「ド、ドゥフフ、催眠野郎、ってのは、誰のことだい?」
「うっ……く、臭い……! お風呂にはちゃんと入っているのですかっ」
「は、入ってるよ。一ヶ月おきに」
「キ、キッモ! ちょっと、私とユーニスに近寄らないでよ!」
「ドゥフフ、催眠野郎のこと、聞きそびれちゃったなぁ。珍しい同業者だと思ったのに、ド、ドゥフフフっ」
「は……? あんたまさか、催眠術師なの?」
「そうだけど……言ってなかったのかい、ジーク君、ドゥフ」
ブタドスの言葉を聞いて、ベラとユーニスは俺に視線を向けた。
俺は、頷いた。
「ああ、こいつは催眠術師だ。……俺の決定に、何か問題あるか」
「い、いや、ほら……あんた嫌ってるんじゃないの、催眠術師のこと」
「俺が嫌いなのはあの無能野郎だけだ。催眠術師が嫌いだとは言ってねぇ――はずだ」
自分でも矛盾していると思っていた。
だが仕方ないんだ。もう誰も俺達の仲間になんてなってくれないんだからな。
段々と嘘が苦しくなっていって、俺は沼にでも引きずり込まれている気がしてきたが。
「ご安心ください。ジーク様の決定なら、私は無条件で従います。私は他ならぬジーク様の駒……ええそう、所有物なのです。ジーク様の気の済むままに、お使いください」
「ユ、ユーニス、ずるっ……わ、私もジークの決定に不服があるわけじゃないから。ちょっと疑問を感じただけで……ジークの決定なら、私は誰よりもあなたを信頼するわ」
「お、お前ら……あ、ああ、俺を信じてくれ!」
この女二人は俺を信じてくれた。
嘘に心を痛めている暇はねぇ。
ここから冒険を成功させて、全てなかったことにしちまえばいいんだ。
そしていずれは、あの無能野郎を見返して――
「ド、ドゥフフ……ベラちゃんとユーニスちゃんは、ジーク君のこと好きなんだね。フーン……ドゥフフ」
そんな時。
ブタドスはそう口にして笑った。
ブタドスは両手で口元を抑えながら笑い、喋るクセがあるらしい。
女がやれば上品だが、こんなクソ野郎がやると気持ち悪くて、奇怪で……とにかく不気味だった。
「気持ちが悪い……今後、私には話しかけないでください。私は人間語しか話せませんので、このブタ」
「いいねユーニス。こいつのことは今後ブタって呼ぶことにしようよ。私の前で息するんじゃないよ、マジで息まで臭い、このキモブタ!」
「ド、ドゥフフ……ひ、ひどいなぁ」
せっかくのパーティだというのに、連携が取れなさそうだが、まぁいいだろう。
こいつはデバッファー、デバフをかけた後はどうなろうと知ったことじゃない。
C級とも言っていたし、俺達が元のランクに収まったらまた追い出すだけだ。
「それでジーク、次の依頼も受けて来たんでしょ?」
「あ、ああ。そのことなんだが……」
「どうされました? ジーク様」
さて、ここからが問題だ……
俺は手にしていた依頼用紙に力を込める。
なぜなら俺が受けた依頼はC級。
上手く説得しないと、ここまでの嘘が全てバレちまう。
「ああそうだっ! じ、実は、適正ランクの依頼がなくて――」
「ドゥフフ、ちょっと待ってジーク君。受けるなら、こっちの依頼の方が、僕はいいと思うよぉ?」
「くっせぇ……! こっちの依頼って、てめぇ俺の決定に――」
「従おうか、僕に」
ブタドスの体臭のせいか、俺は意識がふわふわして――こう言っていた。
「――ああ、次の依頼だが、ブタドスが持って来たこれを受けようと思うんだ」
「え、こ、これって……A級の依頼じゃない! 私達、B級にも失敗したんだよ!? こんな、まだ新人入れたばかりのパーティで行けると思ってるの!?」
「ベラ、やめなさい! ……これはジーク様の決定です。それとも先ほどの言葉、早速違えるのですか?」
「っ、そ、そういうわけじゃ……で、でもA級は」
おい、待て。そいつは俺の持って来た依頼じゃねぇ。
「問題ないだろ。俺達はA級なんだぜ。それに新しい仲間のブタドスもいるんだ。問題ない、問題ナイ」
「ド、ドゥフフ、だ、そうだけど? ユーニスちゃん、ベラちゃん、どうするの?」
「話しかけんなって、このブタ! あぁもう、分かったわよ。やばかったら、また前みたいに逃げればいいだけか」
「弱気ですねベラ。大丈夫です。ジーク様のご判断は絶対に正しい。私達所有物は、ただ黙ってそれについていけばいいのです」
クソ、どういうことだ、自分の意志で喋れねぇ。
まさかこれは、催眠――
「ドゥフ、じゃあ行こうか。ジーク君、もういいよ。……『記憶』も改竄してっと」
「っ、はぁ……! あ、ああ。冒険に行くとするか。あ……っと、すまん、どこに行くんだったっけか?」
「ドゥフフ、A級依頼だよ。忘れちゃったの?」
「ああ、そうだった。俺達は、A級だからな」
「……ちょっと弄り過ぎちゃったかな? ドゥフ」
そうだ、俺達はA級なんだから、受ける依頼もA級だ。
俺は少し頭痛を感じたが――まぁ問題ないだろう、最近頭を悩ませる事が多いからな。
頭を悩ませる? 何にだっけ?
「そこのブタ。私に近寄らないでください。今夜もジーク様とお稽古する予定ですので、その悪臭を移したくはありません」
「ド、ドゥフフ……へぇ、ユーニスちゃん、ジーク君と夜のお稽古するんだ……それって、やっぱりそういう意味? いいなぁ、ベラちゃんもかな?」
「キッッッッモ! 私達で変なこと想像してんじゃないよ! それともまさか、お邪魔しようとでも思ってるの!?」
「ドゥフフ、大丈夫大丈夫、邪魔はしないよ。僕は人の幸せを見ているのが何よりの幸せなんだ。それに僕は、寛大なんだ」
「寛大? 偉そうな言い方しますのね、ブタのくせに」
「ドゥフフ、そう、僕は寛大なんだ。だって」
ブタドスは袖の下にあった鎖に触れて、最後にこう言った。
「それが僕の教義だから」
ここでまた一旦ジーク編終了。
マルク編を挟みまして、それが終わり次第、最後のジーク編が待っております。
ブタドス氏は薄い本とかに出てきそうな男そのまんまみたいなイメージですね。
この後どうなるか、お楽しみにでございます。
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