催眠術師は必要とされる ① ツンデレ娘の場合
「なぁ、ジルちゃん、オリヴィア。どうだろうか、私達のパーティに入ったりはしてくれないだろうか……?」
「パーティの勧誘、ね……」
「シスターの私が、冒険者に、ですか……」
フリーダは二人をパーティに勧誘した。
ジルは遠くを見て、オリヴィアは酒の入ったジョッキを見る。
どちらも思い思いの様子で、迷いを見せている感じだ。
「……俺からも頼む。相性は悪くなかったはずだ。こうやって他愛もない話をしている瞬間ですら、このまま解散するには惜しいパーティだと思っている」
俺も後押しした。
いつもはフリーダに任せっきりになっていた勧誘業務だったが、俺もやる時はやる。
この二人を逃すのは惜しいと、心から感じたのだ。
「ジルちゃん、あなたも私と似たような体質。ならばマルクの催眠に堕ちれば、全て解決出来るはず。堕ちやすい体質を、気にすることなく生きていけるんだ」
「そ、それは、もう聞いたけど……」
ジルはフリーダと体質について話したのだろう、解説は不要そうだ。
ジルはちらちらと俺を見て。
「……あたし、あいつに堕とされちゃうんだ……」
その瞳はうるうると涙ぐんでいた。
悩むのは当然だ。
信用出来る男かどうかしっかり見極めなければ、一生の後悔になりかねないのだからな。
「……あたしはさ、この体質で一回〝失敗〟してるんだ」
ジルは視線を俺から外して、もう一度上を見上げる。
木製のギルドの天井。少し染みのある梁。
『ちょろちょろ耐性-10000%』。
その体質による過去の〝失敗〟を、年端もいかない少女が語る。
「あたしはこんな体質だからさ、生まれた瞬間に、ある人に恋しちゃったんだよね。最初で最後の、あたしの恋……」
「ほう、恋の話か。フリーダは全く無縁そうだからそんな話はしてこなかった」
「う、うぅ……恋したことないから、話に入りづらい……」
「それで、君はどんな男に恋をしたんだ?」
「男? 違うわ――お母さんよ」
「……ああ、生まれた瞬間って、本当にそんな直後の話なのかい……」
あ、これはくだらない話だなと、俺は一瞬で冷めてしまった。
最初で最後と言うからには、恋の話はこれ以上ないことも確定している。
ただ、興味がないわけではないので、一応俺は聞く。
「君の体質、同性にも発動するんだな」
「同性というか、実のお母様ですよね? ど、道徳的に相当やばやばな気がしますが……」
「ああもちろん、何もないわよ。手繋いだりとかチューとかは親子のそれでしかなかったし。……そそそ、それ以上のことは、まだ知識なかったからしてないしっ」
「ヤバすぎるから次に進んでくれないか」
「コ、コホン……とにかく私は生まれてすぐにお母さんに恋しちゃったの! そしてお母さんには、すでに決まった相手がいたのよ……」
「だろうな」
「う、うむ。ジルちゃんのお父さん、だよね?」
「そうよ!」
なんだこの話はと、段々俺は思ってきたが。
ジルは自身で唯一の恋バナに、止まらなかった。
「あたしの恋はそこで終わったわ! もうこんな思いはしたくないって言ったら、ある物をあたしにくれて……すぐにコレを付けるよう義務づけられた」
「生まれた瞬間からませてるな……コレっていうのは、君の耳の――」
「そう、封呪の耳栓」
耳栓。紋の刻んである特殊な耳栓だ。
ジルはサイドの髪をかき上げて見せてみてから、髪を戻す。
その時前髪が乱れたのが気になったのか、少し手で梳いて見せた。
「あたしは特に耳が弱いみたいで、誰の言葉でもその……恋に落ちちゃうのよ。だからこの耳栓をお母さんからもらったの、普通の親子に戻りましょうって。なんでも、冒険者のお父さんがわざわざ依頼を受けて得た、唯一無二の報酬だとか」
なるほど。そこまで珍しい品ならば、恋に落ちない程度には、ジルの体質をカバー出来るのかもしれない。
「だがデメリットもあるんじゃないか。冒険先では聴力を頼りにすることもあるはずだ。ソロならば、特に危険だ」
「その通り。ま、まぁ、今回のミスも正にそれだったしね。メリットがあったとすれば、唇を読めるようになったのと、他の感覚が鋭くなったことかな」
今もジルは耳栓をしているわけだが、三人の唇を読んで会話している。地味に凄い特技だ。
感覚の鋭さはまだ実感出来ていないが……獣の型はそういったところから着想を得たのかもしれないな。
「まぁとにかくそれが、あたしの初めての恋で、初めての失敗――失恋だったってわけね。……ふぅ、すっきりした!」
「こ、これが恋バナ……参考になるぞジルちゃん!」
「ええ。私も神に仕える身ですから、未体験の話。この胸に刻み込んでおきます……」
「いや今の話を常識みたいに捉えないでくれ」
結局なんの話かよく分からなかったが、とにかくジルの耳栓と体質の話はそういうことらしい。
多分、ジルもフリーダと同じで家系や呪いの類ではないのだろう。
お父さんお母さんは常識人っぽいし、聞かなくても直感で理解出来た。
「ここからが本題。あたしには夢があるのよ」
「次はなんだ……」
俺は稀有な体験をしたジルに恐れすら抱いていたが、ジルは真面目に語る。
「世界最強の竜をこの手で倒す。最強になるために、冒険者になったのよ」
「ほう、壮大な夢だな。ますますさっきの話はなんだったんだってなったが」
「待ったジルちゃん。最強の竜っていうと……ま、まさか」
「そうよ。世界最強の竜の名は――バハムート」
「バハムート……! 私も知っております、神話で神々と戦ったとされる、あの……!」
ジルはダンジョン攻略中もぽつりぽつりと漏らしていたが。
少女の夢は、世界最強の竜を倒すことだったのだ。
そして――
「しかしバハムートか。もし実在するとしたらSSS級――神話レベルだ。Tier5の使い手を大勢集めないと倒せないなんて言われる、天上のレベルだぞ」
「そうね。そのくらいの方が、名を残せる」
「名を、ですか?」
「そう。あたしの夢は、世界最強の竜をこの手で倒して、一生語り継がれる格闘家として、名を残すことなんだから!」
名を残すことが、一番の夢なのだった。
勝ち気で活発な少女らしい、野心溢れる夢だった。
「良い夢だ。君らしい」
「でしょ? ――だからそのためには、もっともっと強くなる必要があるの。そのためには、Tier5は絶対条件」
「Tier5が……だ、だったら!」
フリーダが何か言う前に、ジルは俺の方に向いていた。
そして、視線を外しながら――耳栓をその耳から抜いた。
「し、仕方ないから、仲間になってあげるわ。あんたの催眠は信頼出来るって、体で理解したし……あ、あたしには、あんたの催眠が必要なの、マルク!」
「いいんだな、ジル」
「きゅ、きゅんっ! はっ! ――か、勘違いしないでよね! あ、あんたは、あたしの夢を叶えるための踏み台なんだから!」
「フ、伝説の格闘家の踏み台ならば、喜んで」
「きゅぅぅぅぅぅん!!!」
利用されるのは嫌いと過去に言ったが、俺は受け入れた。
なぜ今回は受け入れたか。理由は簡単だ。
ジルの言葉は、額面通り受け取るようなものじゃないからだ。
照れ屋でツンデレで――
本当は仲間がほしいとずっと思っていただけなのだ、この少女は。
「おほおぉぉジルちゃんが仲間になってくれたぁぁぁ嬉しいぞ私はぁっ!」
「こ、こら抱きつくな女騎士――じゃなくてフリーダ! ミルクで酔っ払ってんの!?」
「フリーダにはきゅんきゅんしないんだな」
と、思ったらジルはもう耳栓をつけていた。
この耳栓の件も、後で俺がどうにかするとしよう。
催眠紋――でな。
さて、残るはもう一人。
「オリヴィア、君はどうかな」
「マルク様……私は……」




