メドューサ戦 ② あまりにも有名過ぎるスキル
「行くぞメドゥーサ! マルクの催眠に堕ちた私は、誰にも負けない♡」
「チチチ、変わったね。こりゃ、ただの人間ではなさそうだ」
それまで隙だらけだったメドューサの態度が変化する。
互角の実力者だと肌で感じ取って、戦闘態勢に移行したのだ。
「フリーダ、奴の目にだけは気をつけろ! 全覚醒に耐性アップはないからな!」
「分かっているとも! 行くぞメドゥーサ――Tier5、グランドクロス!」
「チ、チチチッ!?」
十字に切り裂く風の刃がメドゥーサを直撃する。
とてつもない威力でダンジョン全体が振動した。
ここはS級ボスがいたダンジョン、耐えうるように出来ていたが――
「チチチ……に、人間風情にしてはよくやる……グゥっ」
「う、ウソ……あたしのスキルは片手で受け止めたのに、効いた――!?」
メドゥーサの胴体には十字の傷が付き、そこから出血するのだった。
致命傷にはほど遠いが、フリーダのスキルはS級のメドゥーサに間違いなく効いていた。
「あ、あれがTier5、S級のスキルっ……! う、うぅ、あたしの4.5なんて、まだまだ足元にも及ばないじゃないっ……」
「いや、君のスキルは見事だ。獅子の型なんて特にな」
ジルは地面にへたり込んだまま、涙目で悔しがっていた。
まぁ、同じ冒険者なら悔しがって当然だし、そのくらいの方が見込みがあるというもの。現に、ジルの目には光が戻りつつある。
俺が立てないジルの様子を見ていると、そばのオリヴィアは手を重ねてこう言った。
「す、すごいです……これが、これがマルク様の催眠っ。なんと神々しい力……まるで、一三神様の神話をこの目で見ているかのような光景が、目の前にありますっ」
「Tier5のスキルはそれだけ飛び抜けたスキルだからな、そう例えられてもおかしくはないか。使ってる本人はハート目だがな」
「……本当に凄いのね、あんたのバフスキル。――にゃん」
「俺は催眠をかけただけに過ぎない。本当に凄いのはあっちさ」
俺は謙遜するように、事実を告げる。
ジルは思い出したかのようににゃんを付けるのだった。
「オリヴィア、ジルを治療してやってくれ。メドゥーサに引っ張られたときに足を少しやっているようだ」
「は、はい神様――じゃなくて、マルク様。――さわさわ、こしょこしょこしょ」
「ん、なんかキモチイイ……って、変わった詠唱ね、あんた。にゃん」
「そうなのですか? 独学で学んだことですので、私には分かりかねますが」
「独学なの? こんな効きの早いスキルを、独学……。あんた、ここまで平然と着いてきたり、スキルは独学だったり……マジで変わってるわ。にゃん」
光明が見えたからか、ジルは精神を持ち直しつつあった。
俺は会話する二人に言う。
「俺はフリーダの補佐に回る。二人は下がっていろ。――もう無茶はするなよ、ジル」
「わ、分かったっ……にゃん」
「それと、オリヴィアに治療の礼も忘れるな」
「うっ! ……あ、あり、あり、ありありあり……ありがとにゃんっ!」
俺は二人を背にし、フリーダへと視線を戻す。
フリーダはメドゥーサに対し優位に立っているようで、敵に傷が増えている。
このまま勝負が決すれば話は楽だが――そうはいかないだろう。
「チチチッ! ポージングが決まらないから使用は控えていたが、仕方ないねぇ!」
メドゥーサには、一発逆転の切り札がある。
「魔眼スキルTier5――『石化の魔眼』! チチチチチッ!!」
あまりにも有名過ぎるスキル。
そう、Tier5・石化の魔眼だ。
メドゥーサはかっと目を見開いて、フリーダを睨み付ける。
フリーダ一点に集中することで、効力を高めているのだろう、俺達には影響は出なかったが――このままではまずい。
「撃つか! ――フリーダ、俺を見ろ!」
「マルク!? ぁ、き、来てる来てる……!」
「催眠スキルTier――4! 『基本異常耐性全アップ』!」
「んんん! 来ちゃったーっ!」
俺はコインを手に、こちらを見たフリーダに催眠をかけた。
催眠スキルTier4・『基本異常耐性全アップ』。
スキル名だけはご大層だが、これも全覚醒同様微々たる効果のスキル。しかも耐性上昇というより、『暗示をかけて気のせいにする』とかいう、精神論でどうにかするスキルだ。
ロドフ戦で使った痛覚カットのスキルに似たような役立たずスキルなのだ。
だが――
「カキーン! マルクの催眠に堕ちた私には効きません♡」
「チチィッ!? 私の最強スキルが完全に防がれた! こいつ、本当に人間かい!?」
「違います、神です! マルク様の啓示には、神々の力が宿っているのです!!」
「なんか予想外だな、オリヴィアがテンション上がってるのは」
フリーダの力――いや、俺の催眠に誰よりもテンションが上がるオリヴィアに、俺は困惑した。
ともあれ、予想通り敵の石化は完全に防いだ。
これなら勝てる、俺は勝ち筋を見出したが――
「チチッ! お前に効かないのなら、こっちはどうかな!?」
「なっ、私に背を向けて――」
メドゥーサはフリーダに斬りつけられることを恐れず、背を向けて別の方を向いた。
それは、俺やジル、オリヴィアのいる方だった。




