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メドューサ戦 ① S級とA級の差

「全員無事か?」

「う、うむ、なんとか」

「私も一三神様のお力で、大丈夫でした」

「ご、ごめんなさいにゃん……」


 全員無事そうだ。返事を聞く限り、消沈気味のジルもな。


 今度落ちた場所は暗くはなかった。

 先ほどの部屋では壁に火のついたたいまつが掲げられていたが、この部屋ではかわりに無数の人型の石像がたいまつを手にしている。

 落とし穴となった天井部分も開いていて、視界は良好と言っていい。

 ストーンバジリスクと戦った場所との共通点は、とても広い空間ということだ。


「嫌な予感がするな……ストーンバジリスクはA級帯のボスで、このダンジョンのボスだと思ったが……」

「それよりも下層に部屋があって、おまけにこの広々空間。そしてピリピリする空気感……うむむ」

「え、えとえと……つまり、どういうことでしょう……?」

「A級以上の隠しボスが――」


 ジルが最後にそう言った時、予感は的中した。


「チチチッ、久しぶりの獲物……それも四匹も」


 部屋の奥の方から、見上げる程に巨大な魔物が現れる。

 人の頭に人の胴体、だが下半身は蛇。そして驚くのは髪の毛一本一本が蛇そのもので、それぞれに個別の意志が宿っているかのように蠢いていたこと。


 いまいち集中力のなかったパーティは、一気に引き締まり、そして戦慄する。

 青ざめた顔で、フリーダが言う。


「こ、この……魔物はっ!」

「S級クラスの魔物、メドゥーサだとっ!」

「た、ただのS級じゃないわ、大物(ボス)級よ!」


 人語を介し、高度な知能を持つこの魔物はメドゥーサ。

 S級の魔物、それも大物(ボス)モンスターだった。


「チチチッ! 久しぶりにコレクションが増えそうだねぇ。女の石像は華やかになる」


 たいまつを持つ数々の石像――オリヴィア以外の全員が気付く。

 メドゥーサには、冒険者なら一度は耳にしたことのある有名過ぎるスキルが存在する。


「みんな、迂闊に奴の目を見るな! この石像は皆かつての冒険者、奴に石にされたものだ!」

「なんと痛ましい……! マ、マルク様、私は石化の解除魔法はまだ習得しておりません。一度でも石化してしまえば……」

「治す手立てはないということか……!」

 

 回復アイテムは買い込んだ。

 だが、石化解除用のアイテムまでは、金や持ち運べる量(インベントリ)の関係で手持ちゼロだ。

 もちろん俺の催眠スキルでは、石化を『誤魔化す』程度しか出来ず、解除なんて不可能。


「石化すればどうなるか分からない。考え得る最悪の状態としては、全身が石化した瞬間に心臓も止まり――死ぬ可能性だってある。一度でも食らうことは許されないぞ」


 S級ボス。

 居合わせるだけで外堀をじわじわと埋められている気がしてならなかった。


「な、何よ……適当に取った依頼(クエスト)で、あたしより強い魔物と鉢合わせるなんて……」


 いつもは強気でツンツンなジルもS級は初めてなのだろう、かたかたと震えている。

 が――しかし。


「すごく、ワクワクするじゃないっ……! マルク(あいつ)のバフはまだ乗ってる、今のあたしはTier(ティア)4.5まで届いた! S級くらいやれなくて、伝説の竜をやれるかって話よ! ――にゃん!」


 ジルは好敵手を前に、震えながらも戦意を高揚させていたのだ。

 そして、臆せず飛び込んでしまう。


「待てジル! パーティ戦を――」

「はああっ! 蹴撃スキルTier(ティア)4.5! 紅蓮脚・獅子――にゃん!!」


 俺の呼び声程度ではジルの苛烈さは止まらない。

 メドューサの胴体目掛けて、渾身の回し蹴りを放つ。

 炎が弧を描き、メドューサを丸ごと焼き尽くさんとする。


「チチチッ、軽い軽い。――子供の女、こいつは親子の団らんをイメージした作品に仕上げるとしようかねぇ」

「なっ……か、片手で受け止め――」


 だが、まるで通用しなかった。

 A級ボスすら一撃で仕留めた渾身のスキルが、まるで。


 ジルの蹴りは軽々片手で止められると、蛇の髪の毛に足を掴まれて宙ぶらりんになる。


「さぁ、私のコレクションに――」

「や、やだ、やめ――」

「――短剣スキルTier(ティア)2。『バックスタブ』」

「ぐぎゃっ!? チチチ、私の髪の毛を!?」


 ジルを救ったのは他でもない俺だった。

 短剣スキルでメドゥーサの髪の毛を一本だけ切り裂くことに成功した俺は、ジルを抱えてフリーダらのいる場所まで一気に後退した。


「や……やるじゃない催眠術師。さ、さすがはS級に最も近い男ね、このままメドューサも一人で倒せるんじゃない?」

「馬鹿を言え、髪の毛一本切るので精一杯だ。奴が俺達を敵とすらみなしていないから、その隙を突けただけだ」


 俺はステルス系のスキルを使う時、必ず敵に催眠をかけてから発動する。

 A級ですら通用するのか怪しい俺の催眠デバフ。

 それがS級のメドューサに通ったのは、奴が俺達を敵とすら見ていないから。


「敵とすら……? ち、ちょっと待って、どういうことよ。あいつはあたしのTier(ティア)4.5スキルを見切ったのよ。A級ボスだって一撃だった、あたしの最強スキルを!」

「奴はあれでまだ、戦闘態勢じゃない。誠に遺憾ながらな」

「う、ウソでしょ……こ、こんなに……」


 助け出したジルは立つことをやめるように、ぺたんと地面に座り込んでしまう。


「こんなに、A級とS級で――Tier(ティア)4.5と5で差があるの……!?」


 戦意喪失。

 語尾の「にゃん」すら忘れて、焦点の定まらない目で虚空を見る。

 ジルは格闘家から、ただの力なき少女へと成り下がってしまったのである。


「ジル、これはパーティ戦だ。不用意な行動はパーティ全体を危険に晒す。もう二度とするな」

「二度とって……何言ってるのよ……あたしの4.5スキルが片手で止められたのよ……あたし達に勝ち目なんてない……」


 ジルは今までずっとソロだったから、冒険中は人一倍気をつけていたことだろう。

 修行も気が済むまで行って、アイテムの準備も万端にして。

 だからソロで今までやってこれた。だからピンチとは無縁だった。

 今初めて命の危機を感じて――


 〝恐怖〟を、初めて味わった。


 ジルは腰が抜けて立つことすら出来なくなっていたが。


「勝てない、もう終わり……ここで、死――」

「――死なないよ、ジルちゃん!」


 そんなジルと俺の前に、一人の女騎士が立つ。


「私達には、マルクがいるっ!」


 どんな相手にだってその『信念』を曲げることのない、女騎士フリーダだ。


「フ、そして君もな。行くぞフリーダ、手加減なしだ」

「うむ! 目一杯の催眠で、私を『堕として』くれ!」

「催眠スキルTier(ティア)4――『全覚醒』!」

「んほおおおおおおおおっ! くりゅぅぅぅぅぅっ!」


 俺はフリーダに特上の催眠をかける。

 フリーダの体がビクビクと震え上がり、闘気を放つと――


「この感覚……クセになってきてる♡」


 その目にハートを宿す。

 本気のフリーダと、そして俺が動き出した。

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