初めての冒険 ④ なんかべた褒めされちゃう催眠術師
「なかなか助けが来ないな」
「結構深くまで落ちたからね。それにほら、天井も閉まっちゃってるみたいだし」
俺とジルは穴に落ちてから数十分と待ったが、フリーダの助けは来なかった。
ジルに言われて上を見上げるが、目に入るのは闇だけ。
俺たちを吸い込んだ罠は役目を終えて閉じてしまったらしい。
再配置にも時間はかかるだろうし、単純に引き上げてもらうというのは無理だろう。
「遭難者はじっと待て。これがセオリーなんだが、呼び声すら聞こえないなら仕方ない、俺たちも上を目指そう」
「そうね。ま、敵の処理なら任せてよ、全部あたしが蹴り飛ばしてあげるから」
「頼りにしている。俺は非力な催眠術師風情なんでね」
「よく言うわ、S級に近いくせして」
「買い被りだ。あと、先頭は俺が行かせてもらう」
「は? あんた後方支援でしょ? なんでよ」
「耳栓状態の君を先に行かせるわけにはいかないだろう。それと――」
俺はすっと彼女の前に立つと、背中でこう語る。
「俺の嗜みなんだ。麗しいレディを守るのは」
「きゅんっ!」
「出たな、ギルドで聞いた音」
俺が格好付けると、背後のジルからそんな音が聞こえた。
それはどうやら彼女の口からのようだが、今のはギルドに比べると小さめの音だった。
「な、なんでっ、耳栓してるのに!」
「あの音……いや声は、耳栓が関係しているのか。というか、また獣人化しかけているが。敵はまだどこにもいないぞ」
「あ、あたしだってこんな現象初めてよっ! お、収まれ収まれ……! 雨上がりの路上のうんち、雨上がりの路上のうんち……! あぁ……なんか萎えてきた……」
「何を想像しているのか知らないが……いつものジルに戻ったな」
妙なまじないの後、ジルは普段の姿に戻っていた。
「全く不思議な体質だ。とにかく上を目指すぞ。はぐれるなよ」
「わ、分かってるわよ! ……あぁもう、コイツといるとなんであたしはこんな……」
詳しく聞きたいところだが、今はそんな状況ではない。
早いところフリーダと合流しよう。
俺はたいまつを片手に先行する。
すると早速、魔物に行く手を遮られた。
「早速お出ましか。ジル、俺はバフに専念する」
「期待してるわよ、S級に導いたとされるあんたのバフ!」
魔物は巨大な目玉の化け物、ゲイザーだ。
「催眠スキルTier2――『素早さ強化』」
「んん、コレ……!? この感じなら、いきなり大技が出せるわ!」
ジルは飛び上がり、空中で横に一回転して――
「蹴撃スキルTier4――『紅蓮脚』! にゃん!」
ジルの脚に炎が巻き付いて、強烈な回し蹴りが炸裂した。
少女の華奢な脚から放ったとは思えない一撃。
ゲイザーはその一発で消し飛ばされるのだった。
「なんて威力だ、A級依頼の魔物を一撃とは。やはり君こそS級に近い――」
「な、何言ってるよのあんた! あんたのバフ、とんでもないじゃない! にゃんっ」
俺はジルを褒めたつもりが、逆にジルに褒め返されていた。
慣れない感覚に俺が戸惑う中、ジルは興奮気味に続ける。
「こんな大技ホイホイ出せるわけないじゃない! あんたのバフが乗っかった瞬間、あたしの体は羽のように軽くなった! どうなってるのよ、あんたのその力! にゃんっ!」
「いや、どうなってるも何も、ただ催眠術をかけただけなんだが。俺のバフなんて大したものじゃない、一度そう言われてクビになったことがあるくらいだ」
「あんたをクビ!? どこのパーティよそれ! こんな力を手放すなんて、野心なんて一切持たない慈善活動家か、引退前の老冒険者か――そうでなきゃただの大バカよっ。にゃんっ」
褒めすぎでは――とも思うが。
名うてのジルが言うのだから素直に受け取った方がいいのだろうか。
ジルもジルでずっとソロだったので、『バフを受けたのが初めてだから』、なのかもしれないが……なかなか判断が難しいところだ。
「……というか、また体が獣人化しているが」
「はにゃっ!? なんでよもーっ! にゃんっ」
俺はこそばゆくなって、ジルの体の変化を言った。
言葉尻に現れていた通り、ジルはまたも獣人化していた。
「夏の石畳の上で干涸らびたミミズ、夏の石畳の上で干涸らびたミミズ……」と、またも萎えそうなワードをブツブツと口にして、ジルの体は元に戻るのだった。
「こ、コホン……とにかく! あんたのスキルはとんでもないの! 今のバフだってTier2スキルでしょ? ――もしもTier3、Tier4のスキルなんてかけられたら、あたし……あたしは、本当にTier5・S級冒険者になっちゃうんじゃないのっ」
「うーむ……この感じ、ちょっと心当たりがあるんだが」
夢見るジルに、俺は一つ指摘する。
「君はもしかして、『催眠耐性-10000%』とかではないだろうか」
そうだ、フリーダの時と同じなのだ。
俺自身はそんな突然覚醒するような奇妙な体はしていない。
となるともう、ジルの体を疑うしかない。
彼女の体の変化も、能力の向上も、そういうことなのではないだろうか。
「ドキっ、-10000! ……って、催眠耐性? な、なんだ、あたしの耐性じゃなかった、ほっ」
「む、違ったようだがその反応、何らかの耐性が-10000%レベルなのか?」
「ち、違っ……あ、あーっ! あっちちょっと灯りが差し込んでるわよ! ほらさっさと先導して!」
ジルは強引に話を打ち切って、俺の背中を押した。
分かりやすいなジルは。これは十中八九当たりだろう。
ただ、フリーダと違って『催眠耐性』ではなさそうだったが――
ジルの言う灯りが見える場所はでたらめではなく、ひとまず俺達はそこを目指した。
そこで、しばらくぶりの声を聞いた。
「おお、マルクにジルちゃん! 良かった、無事だったぁ!」
声の主はフリーダだ。
階段が見える下層の階段広場で、俺達は合流を果たすのだった。
「フリーダ、それにオリヴィアも無事だったか。ケガはないか?」
「はい、大丈夫でございます。フリーダさんと、一三神様が守ってくださいました」
「女騎士はこなれた感あるけど、大した物ねそっちのシスター。この辺りはもう未調査の下層よ、B級、C級くらいだったら、息切らしてもおかしくないのに」
ジルはA級冒険者、観察眼も鋭い。
脳筋のフリーダが平然としているのは当然として、オリヴィアまでそんな状態なのは意外だった。
「日々子供たちとの格闘に、整理整頓をこなしておりますから。これも全て、一三神様のおかげです」
「いやいや~、それだけで出来るわけないでしょ。何か隠してない?」
「……すみません、あとダイエットも少々……ああ神よ、隠しごとをしてしまったこと、どうかお許しくださいっ」
「フ、一つ言えることは、オリヴィアは本当に神を敬愛しているということだな」
こんなにも祈りを捧げる人間には、本当に神の祝福でもあるのかもな、と俺が思っていると。
オリヴィアを除いたA級冒険者達は一斉に気付く。
「マルク、ジルちゃん。今のは――」
「あんたも気付いたのね、女騎士。ここらは未調査区域、もしかしたらと思ってたけど」
「いるみたいだな、大物が」
「え、えと、えとえと?」
オリヴィアだけが話に乗れずにわたわたしていると――
俺やフリーダが歩いて来た方向とはまた別の方向から、一匹の魔物が現れる。
おあつらえ向きなこの広い空間にぴったりな、巨大な魔物。
「バジリスク、それもストーンバジリスクか! 気をつけろ、奴は強力な毒を持っている!」
蛇型の大物が、迷い込んだ俺達を食わんと長い舌を踊らせていた。




