初めての冒険 ③ ラッキースケベは紳士にとって――『死』
落とし穴に飛び込んだ先は、真っ暗だった。
「いつつ……どうやら、死んではいないようだ」
「マジでもう、あんた達といるとサイアクよ。……ま、まぁ、さっきのはあたしが悪いんだけど。ご、ご……ごめんなさぃ」
真っ暗でよく見えない中、ジルは俺に謝った。
手探りで今の状況を確認すると。
「やんっ! ちょ、ちょっと、どこ触ってるのよヘンタイ!」
「仕方ないだろう、いつまでもこうしているわけにもいかない」
「な……何する気よ、蹴り飛ばすわよ!」
「何をする気? ――決まっている」
「えっ、ちょ……マ、マジなのっ。男はこういう時に子孫を残そうとするって聞いたことあるけど……や、やだっ、あたしまだそういうことしたことない――」
「まずは灯りをともすんだ。安全第一だぞ」
「あっ、ふーん」
ジルはなんかもぞもぞしているが、今は安全を優先しよう。
冒険に出る前、回復アイテムの他に探索に必要なアイテムも買い込んでいた。
たいまつもその一つだった。
腰に提げていたそれにどうにか火を灯すと、ぼうっと周りの景色が晴れていく。
「あっ……なんか柔らかいと思ったが……」
「おっぱいから手どけてよぉ……あと近いっ……」
どうやら俺の一方の手が彼女のバストを鷲掴みしていたらしい……
しかも押し倒すような形で、顔と顔が近かった。
「ああ……すまない、本当にすまない! ――クソぉぉぉぉっっ!!!!」
「ちょっと! なんであんたの方がリアクションデカイのよっ!」
「す、すまない取り乱した……紳士の俺が……こんな外道をはたらいたと思うと、鳥肌が……ぐっ」
「わ、分かったから早く手をどけてよヘンタイ紳士!」
真っ暗でよく見えなかったので今のはセーフのはずだ。
紳士協定違反ではないはずだ、と、俺は俺に言い聞かせる。
こんなラッキースケベ、紳士の俺には耐えがたい屈辱なのだった。
とにもかくにも、俺はジルの柔らかい部位から手を離す。
小さい体で、見かけも一見小振りなのだが、並の女性よりはあるのではないかという大きさのそれだった。
――いかん、紳士協定を思い出せ!
「結構落ちたわね……即死トラップじゃなくて良かったわ、針山だったら全身グッサグサの穴だらけよ」
「君ほどの冒険者だからと俺も油断して目を離していた。こんなミスもするんだな」
「えと、ちょっと待って……ああもう、暗くて唇が読みづらいわね」
「なぁ、どうして耳栓なんかするんだ。よっぽど俺達がうるさいか?」
お互い座った状態で話を始める。
俺はずっと気になっていたことを口にした。
ジルは少し時間かかってから俺の唇を読んで、答えた。
「耳栓には……事情があるのよ。その、あたしの『体質』っていうか」
「体質……別の女性からもそんな悩みを聞いたな。それもごく最近だ」
「へぇ、誰なのその女。な……なんだか気になるんだけどっ」
「君のよく知ってる人だ。騎士をやっていて冒険者もやっていて、たまに激しい勧誘をする」
「それ、あんたの仲間のフリーダじゃない! な、なんかちょっと安心。ていうか、あいつにも悩みとかあるんだ……」
意外とあるもんだぞ、それも重いな。
と、言いたいところだったが、人のプライベートな情報を俺が口にするのはマナー違反だろう。フリーダの話はそこまでに留めておく。
代わりにと、ジルの体質について踏み込んでみる。
「それで、その体質ってのはなんなのか、教えてはもらえないのかな」
「言うわけないじゃない。……どうでも良い体質だったらあんたにだって話したけど、これはあたしの――欠陥だから」
「欠陥、か。自分の体だというのに、ずいぶんひどい言い草だ」
「当然よ。この体質のせいで『封呪の耳栓』をさせられてるわけだし。この先だってずっと……ぼっちで活動しないといけないだろうし」
耳栓は特注の品のようだった。
暗い景色のせいか話まで沈んでいる気がする。
俺は、彼女に元気を取り戻そうと話題に変化を加えてみた。
「あまり自分の体を卑下するな。君の体は立派なレディだ」
「そそ、それ、セクハラよっ!」
「な、何ぃっ!? そんな馬鹿な、紳士のこの俺がセクハラなど――」
「あんたあたしのお、おおお、おっぱい揉んだじゃない! つまりそういう意味でしょ、セクハラでしょっ! このスーパーヘンタイセクハラ紳士っ!」
「ぐがぁっ! くそおおおおっ! 俺を殺してくれぇぇぇっ!!!!」
紳士の俺がセクハラと訴えられたらもう耐えられない。
俺は両手で頭を抱えて大げさに振った。
――するとジルが噴き出した。
「ぷっ、あははっ! 何よあんた、クールぶったキザ野郎かと思ったら、結構面白いじゃない! もういいわよ、おっぱ……胸の件は。特別に許してあげる。……あ、あんただけの、とと、特別なんだからねっ」
「ハァ、ハァ……いや、こっちは大真面目なんだが……」
別に冗談でも何でもなく俺は取り乱していたわけだが。
ともかくジルは許してくれたらしい。
「まぁその、耳栓の件だけど、あんた達がうるさいとかじゃないからさ。気になるとは思うけど、あんまりその、気にしないでほしい。……そ、それに」
ジルは頬をかきながら言った。
「あ、あんた達とのお喋り……あたし、結構好きだし」
ちょっと、照れくさそうにして。
冷静さを取り戻した俺はジルに返す。
「実は俺も結構好きだ」
「きゅんっ! ちょ……何、はぁ!? っ、そ、そういう好きじゃっ」
「俺もぼっちみたいなものだったからな。パーティの会話があんなに楽しいものだとは思わなくて、実は感動を隠している」
「あ、そ、そういう意味ね……か、勘違いしないよーにっ!」
「勘違いしていたのは君の方っぽかったが?」
ジルはツンツンの態度に戻って、最後に言い放った。
「そ、それにあんた達とはこれ以上の関係になるつもりもないから! 今日はたまたま一緒になっただけなんだからねっ!」
果たして本当に、仲間にするのは難関依頼なのだろうかと、俺は疑問を感じるようになるのだった。




