初めての冒険 ① 石の地下神殿
冒険者の街ビアンツ。
この街がなぜ冒険者の街と呼ばれているかには理由がある。
ビアンツはアリアンデール王国統治下の街だが、ほぼ未開拓の地に位置する街だ。
東西南北各方面、多種多様な『環境地形』によって囲まれており、砂漠、雪原、大森林、果ては毒沼や大海への道もあり、冒険を始めるには打って付けの街。
それゆえに、冒険者が拠点を構えるようになり、冒険者の街と呼ばれるようになったのだ。
一瞬で冒険の地に飛ぶ『リフト』もあるが、これは特別な理由やランクでなければ使用を許されない代物だ。
解禁されるのはS級からなので、今は解説はよそう。
いつかその時が来たら、利用してみたいものだ。
俺達はそんな冒険者の街ビアンツを出て、目当てのダンジョンに潜っていた。
ダンジョンの名は、石の地下神殿アンテフィリッテ。
神殿は石で出来ているものが多いが、この神殿は地表部分はただの洞窟でしかなかった。
だが地下に進めば進むほど人工的な作りが垣間見えるようになり、今は完全に石材に囲まれている。
半分洞窟、半分石の神殿と、なかなか不思議なダンジョンだった。
壁にはたいまつが掲げられていて、探索はしやすかった。
「催眠スキルTier2、『物理攻撃強化』」
「んん、ムキムキっ! ――片手剣スキルTier3、『パワースラッシュ』!」
「わぁ、パチパチパチ。お二人とも、本当にお強いですねっ」
ダンジョン途中、俺達は魔物と遭遇したが、協力して撃破した。
A級帯の魔物なので、俺はバフに専念することにしていたが――うむ、この布陣は盤石だ。この辺りのランク帯ならば、崩されることはまずありえないだろうと実感していた。
「お嬢さん方、ケガはないな?」
「私は問題ない。マルクのおかげだ。……お、お嬢さんってっ」
「私もお二人のおかげで無事でございます。ヒーラー役を買って出ましたが、お節介だったようですね」
「いや、ヒーラーがいることの安心感は代えがたいものがある。気負うことなく戦えているのは君のおかげだ、オリヴィア」
「マルク様……お心遣い、ありがとうございます」
オリヴィアは目をつぶって祈る。
外に出る時の正装か、オリヴィアは修道帽を被っていた。
俺たちに祈りを捧げた後、倒した魔物にも祈りを捧げるオリヴィア。
本当に模範的な修道女だ。
「さすがに調査済みダンジョンということもあって、ここまでめぼしいアイテムはなかったな。たまに『再配置』されることもあるのだが」
ダンジョンとは不思議な力がはたらく場所のことを指し、その一つとしてアイテムが再配置されることがある。
少しだけそれを期待していたのだが、前回の調査からまだあまり間が開いていないらしく、その期待は外れてしまった。
「でもまだ序盤だし、魔物から手に入る素材もある、気楽に探そうじゃないか。私はマルクと、そしてオリヴィアと冒険出来て、それだけで楽しい!」
「フリーダ様の仰る通り、私も新鮮です。このような世界があったのですね……」
「オリヴィア、私のことはフリーダで構わないよ。今だけでも仲間なんだ、堅苦しいのはよそうよ」
「そ、そうでございますか。では……フリーダ、さんで」
「さん、か……まだ堅苦しいが、でもいいか! 少しずつ慣れてくれれば。ね、オリヴィアちゃん」
「俺のことはなんて呼んでも構わない、君の好きな呼び方で呼んでくれ。……ダンディズムとかそういうのは御免だが」
「では――マルク様。マルク様は、これが一番ぴたっときますです」
一緒に冒険をして距離が縮まる三人。俺の呼び名は変わらなかったが、それは確かに感じていた。
「しかし君も大した物だなオリヴィア。冒険は初めてなんだろう? 歩きやすい人工的なダンジョンとはいえ、曲がりなりにもA級のダンジョン。息も切らさずによくついて来られるものだ」
「確かに私も感じていた。日頃から何か鍛錬でも積んでいるのかな?」
「いえ、特には……あっ、でも」
「おっ、何か心当たりがあるようだな」
オリヴィアは人さし指を口元に当てて、思い出すように言う。
「子供たちのお世話や、おもちゃのお片付け、修道院の整理整頓とか……そういった日頃の生活で、鍛えられたのかもしれませんね」
「いや、いくらなんでもそれだけでは無理だろう。……それがどれだけ重労働かは分からないが」
「何か隠しているなオリヴィアちゃんっ」
「い、いえ、隠し事なんて、神に誓って――いえ、すみません、神に誓ってしまっては、嘘はつけません。……私、すぐ肉がついてしまう体質みたいで……少しだけ、ダイエットの方を……」
「ダイエットでも無理だぞ」
これが新人向けのF級依頼ならまぁギリギリ納得も出来たが。
これはA級だ。ダイエットでも軽々こなせるものならば、冒険者というライセンスなんていらなくなってしまう。
別の理由があるのではと、俺はもう一つ聞く。
「神聖術スキルの腕はどこで磨いたんだ? 見事なスキルだったが」
「最初に覚えた時は他のシスターからの教えでしたが、後は独学でございます」
「独学であそこまで効果を高めたのか? それはすごいが……誰の教えも請うことなくやれるものだろうか。妙な詠唱はそのためなんだろうが……」
俺は治療の時の光景を思い出す。あんな詠唱は見たことがなかった。
なんだか謎が深まってきたな。だが今は仕事中だ。
オリヴィアというシスターが事故なく家に帰れるよう、俺達がしっかりしなければならない。
「話込んでしまったな、調査を再開しよう。道は明るいが、十分に注意を――」
「はい。あら、こちらにも小部屋が」
「待て、動くなオリヴィア! ……脚はそのまま。ゆっくり、俺の方に倒れ込め」
「えっ、えっ、ど、どうしたのでしょう?」
「罠だ。前の冒険者が見落としていたらしいな。大丈夫だ、受け止めてやるから来い」
「は、はひっ……えいっ」
オリヴィアがふらりと俺たちから離れようとした時、俺が呼び止める。
オリヴィアは一瞬の迷いを見せたが、指示に従って俺にもたれかかってきた。
しっかりと体を支えてやる。
想像以上に大きな胸に少し驚きつつも、難を逃れた。
「し、失礼しましたマルク様。重くはありませんでしたか? 私最近また太って…………ああ神よ、私をお守りくださったマルク様に、ご慈悲を」
「問題ない。フリーダ、君は大丈夫だな」
「ああ、これでも元騎士で現冒険者だ、こういうのは慣れている。慣れているが……なんかフクザツっ!」
なんか複雑な心境になっているフリーダ。
腕の中のオリヴィアを離すと、不思議そうに尋ねてくる。
「あ、あの、どうして気付かれたのでしょう。私にも見分け方を……」
「音だ。空気の抜ける音が床板の向こうから微かにしていた」
「そ、そんな小さな音で……」
「楽な部類とはいえ、A級依頼だからね。罠が再配置することもあるし、用心は必要だ。大丈夫、私とマルクで守るさ!」
宝だけでなく罠も再配置することがあるから、ダンジョンは厄介だ。
まぁ今回のは見落としだ。再配置するくらい長い間隔が開いていた、というわけではなさそうだったからな。
「とにかく、俺たちから離れないようにな。さぁ潜るぞ」
今回の依頼は再調査、一つ仕事をこなしたとも言えるだろう。
俺たちは先へ進もうとしたが――こんな地下ダンジョンで聞くことはないだろう声を耳にする。
「うげっ! なんであんたたちがここにいんのよっ!」
「何、ジルじゃないか。まさか、君の依頼もこのダンジョンにあるのか?」
ツンツンにゃんにゃん拳闘士ジル。
小さな少女と、俺たちは遭遇したのである。




