冒険へ行こう! ~にゅるにゅる系修道女との出会い ③~
争う声が聞こえ、俺たちは修道院の外に出た。
そこには如何にもなごろつきの男が六人がかりで、シスター達に言い寄っていた。
「ま、前に言ったはずです、この土地の権利書をあなた方に渡す理由はないと」
「けっ、別に土地がほしいわけじゃねぇ。祭壇のあるこの建物が気に入ったから、建物の権利書をよこせって言ってるんだ!」
なんとも横暴な輩だ。
こちら側も複数人のシスターで対応に当たっていたが、こういった荒事とは無縁な生活なのだろう、萎縮しきっていた。
「オリヴィア、こういうことは前からあったのか」
「いえ、あの方達は最近急に私達の家に押しかけるようなって……。私達の家だけではなく、他のお宅、建物にも厄介をはたらいているとか。なんでも、立派な祭壇のある建物を狙っているとのことです。……おお神よ、私たちをお守りください」
「祭壇? ……神なんて信じそうにない連中に見えるが、ただのごろつきではないのか……?」
オリヴィアの答えに、俺は頭をひねる。
よく見るとごろつき共は全員、鎖を体のどこかに巻きつけていた。
一三神教に鎖を扱う宗派なんてない。
宗教には疎いので、『見たことがない』としか俺には分からなかった。
全員男のごろつき共が怯えるシスターをねめつけて言う。
「しかしこの修道院、ババアしかいねぇじゃねえか。とびきりの女がいるって話はマジなんだろうな? その女を見るために、今日はわざわざ俺様が出てきてやったんだぜ」
「ええ、そのはずですぜ。そりゃもう、神さまだっておっ立っちまうような極上の女で」
「おい待て、建物から誰か出てきて――ぐへへへ、あいつか、桃色の髪をした極上の女ってのは! 田舎の雌牛並じゃねえか、一目見て分かったぜ!」
「アニキ、隣の女騎士も逸品ですぜ! 女神ってのは、いるもんだ、ぐへへへへ!」
ごろつき共が下品な言葉と共に俺たちに気付く。
正義に燃える女騎士が憤慨する。
「正当な理由もなく家を奪おうなど、見過ごせん! オリヴィア、安心してくれ。私が行ってぼっこぼっこにしてくるっ!」
「お、お待ちくださいフリーダ様っ。ここは神の家、神の御前で暴力をはたらくことは……!」
「そうだぞ、むやみやたらと人の事情に首を突っ込むんじゃない。事態がややこしくなる」
「で、ではどうしろとっ」
「何、簡単な話だ」
一度止めた俺だったが――ポケットの中からコインを取り出して言う。
「ちょっとだけ、彼らに言うことを聞いてもらう。それだけだ」
「マルク、そういうことかっ!」
「コイン……? え、えと……えとえと?」
オリヴィアが戸惑う中、ちょうどこちらを向いたごろつき共に、俺はコインを向ける。
そしてスキルを発動させる。
「催眠スキルTier2、『強制』。――立ち去れ。今日はもう帰って寝ろ」
「ぽわわわ……お、おう、なんだか眠くなってきたし、帰るか……」
「ですねアニキ……むにゃむにゃ」
見ただけで低レベルと分かる相手だ。俺の催眠はバッチリ効いて、ごろつき共は修道院から立ち去るのだった。
一瞬であしらった俺を見て、オリヴィアが感動した様子で言った。
「あ、ありがとうございますマルク様っ! なんと不思議なお力、いつもいつもしつこいあの方々を、こんなにも簡単に、しかも事を荒立てることなく帰してしまうなんて……」
「催眠だ、大した力じゃない」
「催眠……そのような力がっ……」
「大した力だぞマルク、あなたの力は唯一無二だっ!」
俺ほどの腕の催眠術師はいないので、まぁある意味唯一無二なのかもな。
オリヴィアはオリヴィアで感動に浸っているようで、俺は少しこそばゆい思いをしながら続ける。
「効果はそれなりに持つはずだが、一応衛兵や騎士団にでも連絡を入れておいた方がいい。ああいう輩は、いずれ暴走する」
「冒険者に依頼するのもいいかもしれないね!」
「ありがとうございます、マルク様、フリーダ様。他のシスターとも相談して、決めたいと思います」
オリヴィアは手を重ね、神に祈るポーズで礼を言うのだった。
「さて、問題は片付いたな。いい加減そろそろ、冒険に行くとしよう」
「はっ、冒険! な、なんか色々あって忘れてた……」
「お二人は冒険者さんですものね。……それにしても」
オリヴィアは祈りを解いて、俺たちにこう続けた。
「お二人だけで行かれるのですか? ヒーラーの方はいらっしゃらないように見受けられますが……」
「えっと、えへへ、そうなんだ。今はマルクと私しかいなくて、仲間を募集中でもあるのだよ。一人声をかけたんだが……本音を言えば、ジルのようなアタッカー職ではなく、オリヴィア、あなたのようなヒーラー職を最初に加入出来れば理想的なのだが」
ジルが聞いたら怒りそうなことだが、フリーダは正直者なのだ、本音で語る。
ちょっとだけ、うかがうような視線のフリーダ。
駄目もとで、オリヴィアを誘うつもりだったらしいが――
「分かりました。私も同行させてください」
「う、うん、ダメだよねー……って、いいのか!?」
「はい、これも神の思し召しです。ただ、ずっと一緒というわけではなく、今回だけ同行させてもらうという形ではございますが」
「いや、それでも驚いたな……どういう心境の変化だ?」
俺が聞くと、オリヴィアは再び神に祈る。
「助けていただいた方には恩を返すのが神の教えです。マルク様、どうか恩返しをさせてくださいませ」
「本当に敬虔なシスターだ。恩を受けたのは俺の方だったんだが――本当に良いのか? 俺たちが受けた依頼はA級だ」
「A級……とは?」
「危険を伴う。途中で引き返す予定もない」
「でしたら、尚のこと私をお連れください。ヒーラーの力が役立つこともあるでしょう。それに――」
一応傷薬系統は買い込んでいたが、ヒーラーがいると助かるのは事実。
いざ冒険に連れて途中で帰りたいと言われても困るので、俺は注意を促したが。
「神と、そしてあなた様が私をお守りくださると信じています、マルク様」
「俺は前衛職ではないが――そこまで期待されては、断るわけにもいかないな」
「大丈夫だオリヴィア、私は騎士。私も、あなたを守ってみせよう」
オリヴィアの『人を救う』という意思は堅そうだった。
すると、修道院から子供たちが出てきて、オリヴィアに抱きついた。
「先生、行っちゃうのやだーっ」
「またいい子いい子してよーっ、ママーっ」
「うふふ、先生はママじゃありませんよ。大丈夫、すぐに帰ります。マルク様とフリーダ様と、そして一三神様が私を守ってくださいますから。お勉強、サボったら『めっ』ですよ」
オリヴィアは、とても子供に慕われる良い先生のようだ。
俺はこの光景を見て、しっかり守らないといけないなと誓うのだった。
「さぁ行こう。俺たち最初の冒険だ」
「うむ! 幸先良く大成功を収めようじゃないか!」
「あのあの、お弁当とかいらないのでしょうか? よければ今からでも作りますけれども……」
なんか最後に気の抜けたことを言われたが、俺たちは冒険に出かけるのだった。




