冒険へ行こう! ~ツンツン系拳闘士との出会い編 ③~
「――今最もS級に近い冒険者だって、噂の方よ」
と、まだちょっと涙目のジルは言った。
「俺がS級に最も近いだと? なんだそれは、誰かと勘違いしているんじゃないか」
「さぁ……。あたしはまだここに来て日が浅いからよく知らないけど、ここにいる連中は最近そんな噂ばかりしてるわよ。近くS級が誕生しそうだという良い噂と、あたしが暴れているっていう悪い噂の二つがね」
ジルは「ムカつく噂よ」と、自分の噂にはご立腹だったが。
全く、何がどう誤解されたら、俺がS級に近いということになるのだろうか。
「その噂は大きな間違いだな。俺はただのA級冒険者で、催眠術師だ。やはり誰かと勘違いしている」
「ふぅん。でも、あんたしかいないんでしょ?」
「……何がだ?」
「A級までいってる催眠術師なんて」
確かに、そうだ。
高ランクの催眠術師は、少なくともこの街には俺しかいない。
勘違いの線はなくなった。
だが、なぜだ。
「なぜ俺が、S級に近いという話になる」
「だってTier5のスキルを開花させてあげたんでしょ? そっちの仲間の女騎士に」
「わ、私かっ!?」
「それが本当なら、スゴイバフ使いってことよ。ううん、凄いどころか前例がないわ、伝説級よ。そんな稀少性のあるスキル持ちなら、S級に近いって言われてもおかしくないわ」
そういうことかと、俺は少し納得出来た。
ロドフは長いことこの街を取り仕切ってきた裏の顔。
A級依頼だったとは言え、遂にそれが倒されたとなって噂が広まったのだろう。尾ひれ付きでな。
俺は視線を動かしてパーティメンバー募集の掲示板を見てみた。
つい一週間前は「催眠術師お断り」が決まり文句だった募集欄が、今や「催眠術師大募集」、「催眠術師緊急募集、低ランクでも大歓迎!」となっている。
これが手のひら返しというやつか。全く現金な連中だよ。
不要な職と忌避されていたのが、今や真逆の厚遇だ。
俺は苦笑いした。
――正直に言おう。初めてのこの感覚、悪い気分じゃないんだ。
まあ確かに、俺が第三者側に立ったとしたら、S級誕生を噂してる側だっただろう。
だが知っての通り、この話には裏があるのさ。
「全く、恥ずかしいからあまり事実は知られたくなかったんだが」
「ま、待ってマルク、私は言いふらしてなんかいないぞっ」
「分かっている、君は自慢するようなタイプじゃない。冒険者が噂好きなのさ」
俺はフリーダにフォローを入れつつ、視線を戻して真実の一部を語った。
「その噂は真実じゃない。確かに俺のバフ効果もあってフリーダはTier5のスキルに届いたが、催眠術スキルなんてたかが知れたスキルだ。誰でもTier5に送り届けられるようなスキルじゃないし、そんな神業、どこにも存在しない」
「じゃあ、どう説明するのかしら?」
「もちろん、企業秘密だ」
当然、フリーダの秘密は語らなかった。
彼女の致命的な弱点でもあるし、何より紳士が女性のプライベートな情報を話すわけないからだ。
説明は必要最低限に留め、後は企業秘密とする。
ここにいる冒険者は同業者、つまりライバルだ。企業秘密と言われたら、それ以上は聞き出せないと理解するのだった。
全く語らない手ももちろんあった。
そうすればS級になりたい冒険者が毎日俺に群がるようになり、一月もしないうちに大金持ちになれるだろう。だがそれでは困る。
俺の夢が叶えられなくなるからな。
噂は肥大化する。俺は自分の夢のために、大金を投げ捨てたのさ。
第一、フリーダ以外には大きな効果のないバフだしな。
「じゃあ、まだS級には遠いと認めちゃうわけ?」
「さて……方法がそれ一つとは言っていないさ」
俺の格好つけマンが発動すると、冒険者ギルドに感嘆の声が響いた。
……何だか段々、紳士じゃなくていけ好かないキザ野郎になっていってる気がしてきた。
「さてジル。俺が見た幻覚の話だが」
「なな、何よ」
「俺が見た君は獣人化していた。あれは、なんだ。俺の気のせいか?」
「そ……そうなんじゃない? あたしもあんなの、初めてだったし」
「君は嘘が下手だな」
『気のせい』なら、『初めて』と感じたことはおかしい。
俺だけでなく、ジル自身も自分の体の変化に気が付いたということだ。
誘導尋問でもなんでもないのに、ジルは矛盾する言葉を言う。
絶対に何か知っていると、俺は追及するが。
「教えてくれ、あれは君のレアスキルなのか、それとも――」
「き……」
「き?」
「企業秘密っ! もうこの話はナシナシ! あんまりしつこいと蹴り飛ばすわよっ!」
「おっと、それは困る。せっかく傷が治ったばかりだというのにな」
これは一本取られたな。
まぁあまり少女に体の変化を聞くのは無粋かもしれないな、紳士的ではない。
「それに、君とは仲間でもないしな」
「そういうこと。どうしても知りたいのなら、このあたしを仲間にでもしてみることね」
「フ、それは難しそうな依頼だ」
俺はまたキザな台詞を吐くが、ジルの耳にはもう届いていないようだ。
彼女は席を立ち上がって、依頼掲示板に向かうが――
「だ、だめかぁぁぁジルちゃんんん! どうしても私たちのパーティに入ってはくれないかぁぁぁっ!」
「ちょっ、何すんのよ女騎士、話聞いてた!? もうこの話は終わったの、分かったらガッチリホールドしてくんな!」
フリーダはみっともなく腰にしがみついていた。
そして押しがだめならと、一旦身を引いて――捲し立てた。
「ジルさん! 今私たちのパーティに入ればなんと収入10000%アップ!! おまけに学業・恋愛・家庭・交通安全と全ての御利益付き! これを逃していつ入るのか! しかもしかも、あのマルク大先生のバフ付きだぁっ! 君もTier5のステージに昇らないか! S級になれば、バストアップにダイエット効果、身長だって伸びまくりますよ~っ!!」
「新興宗教の勧誘みたいになってるぞ」
この女騎士は一度走ったら止まらないタイプなんだなぁと、俺は思う。
こんなんで押されるわけないだろとジルの方を見ると。
「ちょっ、早口過ぎて何言ってるんだか……唇が読めないっ」
「唇が読めない……?」
何か不思議なことを言いながら、顔のサイドの長い髪をかき上げる。
そこで見えた物を、俺は呟く。
「耳栓……? 今までもずっとしていたのか……?」
彼女は耳栓をしていた。しかも普通の耳栓ではなく、何か特殊な柄――
まるで魔法陣や、催眠紋のような模様が施された耳栓を見たのだ。
我ながら、中々目ざとい発見をしてしまうのだった。
「ええと、ふむふむ……バストアップ、ダイエット……身長が伸びる!? は、入ろかな」
「そして入るんかい」
「はっ! う、嘘でーすっ! んもうどいてどいて! こいつらと一緒に居るとペース乱される、さっさと依頼受けてバイバイしよっ!」
ジルは適当に依頼を引っぺがすと、足早にギルドを去る。
ギルドには、嵐の後の静けさが訪れるのだった。
俺は最後に、フリーダに言うべきことを言うため、彼女を睨む。
「あのなぁ、フリーダ」
「ご、ごめんなさい……」
「良い仕事だ。惜しかったぞ」
「ま、マルク大先生ぃぃぃ」
ちょっとからかい気味に、俺はフリーダを褒めるのだった。
◇◇◇◇◇
「仲間は残念だったが、まあ当初の予定通り、まずは冒険で装備を調えることにしよう」
「うむっ。調査済み遺跡の再調査、期限は特になし! この依頼ならあまり危険はなさそうだなっ!」
「おまけに、報酬の一部は催眠術用の術具。それもコインタイプだ。んん、楽しみだ」
俺たちはギルドで依頼を見繕った後、街の中を歩いていた。
受けた依頼はA級ではあるものの、期限がなく楽そうなもの。
おまけに報酬がショボい――いや、俺にとってはウマい。
高ランク帯で催眠術師の術具なんて俺にしか旨みはなく、楽な依頼内容に適したショボい
報酬だ。だがその俺にとっては、最高の報酬なのだった。
俺は柄にもなくテンションを上げていると。
「さぁ始まるぞ。俺たちの冒険がドバドバドバ」
「え?」
言葉の最後に妙な単語が混じってしまった。
格好つけるところなのに噛んでしまったかなと思っていたが――
フリーダが、叫んだ。
「うぉぉぉいマルク大先生ぃぃぃ! 口から血がドバドバ出ているぞぉぉぉぉ!」
「何を言って……あれ、目が回って……」
「うわわわわ脇腹からもだぁぁぁっ! も、もしかしてこれって、ロドフ戦で私がやっちゃった傷――ち、ちゃんと治療したんじゃなかったのっ!?」
どうやら傷が開いてしまったらしい。
俺はその場で倒れ、ギャラリーが覗き込む中フリーダが介抱する。
治療はしっかりとしたと、俺はそのことをフリーダに伝えようとするが。
「もちろん治療したぞ。すり下ろした薬草を傷口に塗った」
「そ、それでっ!?」
「終わりだ」
「えっ」
「それで終わりだ。金がなかったからな。それで治ったし」
「治ってないよっ! お金なら私のお金があったのにっ!」
「それは俺があの最高の店で払った金か? ならダメだ、きれいさっぱり忘れたい……ああ、意識が」
「とことん格好つけマンだなあなたはっ!」
一難去ってまた一難。
一体冒険はいつ始まるのだろうか。
まぁこの傷が治ったら冒険に出られるだろうと、治療方法はフリーダに任せて、安らかに意識を失う俺なのであった。




