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冒険へ行こう! ~ツンツン系拳闘士との出会い編 ①~

「――よし、装備はこんなものでいいな」


 冒険者の街ビアンツ。多くの冒険者と、職人が住む街。

 高価な物から安価なものまで幅広く手に入るのはこの街のいいところだろう。

 俺は無駄な出費にならない程度に装備を調えるのだった。


「おお、様になったな! フード付きローブとケープと、それに腕輪か!」

「ああ、安くても質がいいやつをなるべく選んだつもりだ。肝心の武器は自分で作った。といっても、魔法の糸に、昔に使われていた硬貨を組み合わせただけだがな」


 それだけでもまずまずの催眠効果の上昇が見込めるのだから、安上がりな職業だ。

 催眠術師の数少ない利点なのかもしれないな。

 ちなみに購入場所は骨董品店と毛織物店だ。

 こんなものが武器屋に置いてあるわけないのである。


「フリーダ、君も盾を購入したんだな」

「うむ、安い物だから間に合わせだが、ないよりマシだろう。これで私の盾スキルも使えるぞ!」

「盾は正面から攻撃を受ける分、すぐ壊れる。それで今まで使っていなかった、そういうことでいいんだな?」

「……あ、あと、たまに落っことしてなくしたり……」


 しっかり見ていないと無駄な出費が出そうだなと、俺は思うのだった。

 俺達は店での購入後、広場で合流していたのだが、彼女はある集団を見かけるとこう言った。


「それにしても見てくれマルク! あなたの催眠紋もバリバリ効果発動中だっ! あの新興宗教、めっちゃくちゃ怪しい宗教だったと、本能で分かるようになったぞ!」

「そいつは良かった。『終末女神の生マシュマロおっぱい教団』……普通はそんな名前の宗教、催眠紋なんてなくても怪しいと感じてほしいものだけどな」

「ンフフフ、私は無敵だ! ゴクゴク」

「またミルク飲んでるのか……」


 フリーダは俺を待っている間、持ち歩いているマイジョッキにミルクを注いでもらっていたらしい、それを嬉しそうに飲んでいた。

 まあとにかく、催眠紋の効果は実証されたわけだ。


「準備は整った。いよいよ冒険に出かけるとしよう」

「ゴクゴクうむっ! 依頼(クエスト)を受けに、冒険者ギルドに行くのだなっ」


 依頼(クエスト)報酬には金だけでなく、装備やアイテム類が掲示されることもある。

 あてどなく冒険するのもいいが、より()()()冒険をするのも、冒険者の楽しみの一つだ。


 俺たちは何か良い依頼(クエスト)がないかと冒険者ギルドに向かった、が。


「お、おい危ねぇぞ嬢ちゃん!」

「ゴクゴクんえ?」


 ギルドに着くや否や、ガタイの良い冒険者にそんな注意を受けると。

 直後、ギルドのスイングドアが弾け飛んで、中から男数人が吹き飛んで来た。


「っと、今日はずいぶん繁盛しているな。ケンカか?」


 俺がちょっと小粋に聞いてみると、そのガタイの良い冒険者が答える。


「ケンカ? とんでもねぇ、ありゃあ……一方的な暴力さ」


 なんとも的を射ない答えだ。

 俺はひょいと、首を伸ばしてギルドの中を覗いてみた。


 そこには、蹴りの型でピタッと止まっていた少女がいた。


「勧誘なら余所でやって。あとナンパもお断り。今度あたしに言い寄ってきたら、両脚の骨をベキベキに折って、地面にキスさせてやるから」


 なんだかおっかない少女だ。

 年は相当に若く、一五前後といったところだろう。身長が低めなのもあるが、少女のあどけなさがまだまだそのままだ。

 目と髪は黒く、ショートヘア。耳にかかるサイドの髪が長めだが、左右で不揃いなのがオシャレポイントだ。

 膝丈ほどのスパッツ(レギンス)に、ヘソを露出した衣装。

 青を基本としたデザインは、爽やかな少女にぴったりだった。


 そんな少女が、男数人を蹴り一つで吹き飛ばしたというのか。

 それだけで理解出来る。

 彼女は間違いなくA級以上の実力者だ。


「見ない顔だな。あの少女は一体何者だ?」

「近頃この街に移ってきた冒険者さ。あんた知らないのか? ここ一週間で大きな噂が二つあって、一つは良い噂、一つは悪い噂って。……その悪い噂が、この『拳闘士』ジルの来訪さ」

「拳闘士ジル、か。なかなかなお転婆姫のようだ」

「はっ、そんな洒落たもんじゃねぇさ」


 ガタイの良い冒険者は鼻で笑うと、苦笑いでこう続ける。


「ジルはあの腕前を持ちながらずっとソロなのさ。だからこの街に来た瞬間から勧誘の手が止まらなくてね、人だかりが出来たくらいなんだが……その全てを断って、変わりに蹴りをくれてやってるのさ」

「ソロ専なのか。ランクはA級なんだよな、大した腕だ」

「兄ちゃん目利きだな、その通りだ。そしてあの見た目。ま、男ならワンチャンあるかもとナンパする奴も後を絶たなかったんだが……まぁ、後は説明しなくても理解出来るよな」


 蹴りをくれてやっているということか。


「とにかく、良い迷惑なんだよ、あの暴虐姫はな」

「君は蹴られたわけじゃないんだろ? 火中の栗を拾いに行かなければ、蹴られることもあるまい」

「はん、アレを見な。ジルが来てから、もう二七枚目だ」


 ガタイの良い冒険者が背後を指さし、俺は「ああ、なるほど」と納得した。

 吹き飛び壊れた、ギルドのスイングドアを指さしているのだ。

 すると、ガタイの良い冒険者は壊れたドアを取り付け始めた。

 工具も携帯していて、見かけの割りに意外とこまめな奴なんだなと思うのだった。


「A級冒険者で現在ソロ、か。求めている人材にピッタリだが……さすがに蹴りは食らいたくない。フリーダ、どうする――あ」


 ガタイの良い冒険者との会話に夢中で放ったらかしにしていたフリーダに、俺は意見を求めた。

 ずっと黙っていたフリーダを見て、俺はようやく気付いた。


「私の……ミルクがっ……」


 フリーダは、歩き飲みしていたミルクを零して、ドレスアーマーのミニスカート部分に引っかけてしまっていたのである。

 どうでもいいが、良くこぼすなこの人は。


「さっきのでこぼしたか。前衛職なら、今のくらいよけてもらいたいものだが」

「よけたよっ、というかそもそも当たらなかった!」

「なんだって? じゃあどうしてこぼした?」

「あっ、えっと……た、単純にその、ビックリしちゃいまして、その……」

「お茶目さんめ」


 少女な一面を見せるフリーダだが、とにかく。


「すまんマルク、私は行くぞ! この一件、さすがに見過ごすことは出来ない!」

「お、おいよせフリーダ、同じ女性と言えど、蹴られないという保証はないぞ」


 フリーダは好物のミルクを台無しにされてご立腹だった。

 ガタイの良い冒険者が扉を直している横をずかずかと通って、席に座っていたジルに向かう。

 バン! と、ジルの座っていたテーブルに両手を叩きつける。


 そして――大きな声でこう言った。


「私達のパーティに入らないか!?」


 それは、勧誘のセリフだった。

 フリーダは怒ったわけではなかったのだ。


「なんだ、勧誘か。てっきりケンカするのかと……いや待て」


 ほっとした俺だが、すぐに気付く。


「どちらにしても蹴られるのでは?」


 すまないガタイの良い冒険者。ドアの修理、もう一枚追加だ。

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