俺以外の催眠にかからないようにする。君の体に催眠紋を刻んでな ④
「お、教えてくれマルク! 催眠にかからないようにするにはどうすればいい! 私はもう、あなた以外の催眠にはかかりたくないんだ!」
「女性受けは悪いが……」
俺は前置きして、こう続けた。
「『催眠紋』を書く。君の体に、直接な」
「さ、催眠……もん? あっ! ひょっとしてコレのことか!?」
催眠の知識だけはまあまああるフリーダは、俺に一冊の本を渡してきた。
俺は叫んだ。
「コレって、さっきのエロ本じゃないか! なんてものを見せてくれる!」
「ち、違うぞ薄い本だ! 学術書だ! ここのほら、八ページから出てくる『淫紋』! これと同じやつのことだろうっ?」
「そんなわけあるか! 俺が苦労して習得したスキルがこんな――いや、作りは似ているな、驚くほどに」
フリーダの言うとおりこのエロ本はしっかりとした本なのか、俺の言う催眠紋に割りと似ていた。
――いや待て、騙されるな、細部の作りはやはり全然デタラメだ。
これが学術書だとしたら大問題だ。やはりこの薄い本とやらは、俺がこの世から末梢せねばなるまい。
「コホン。とにかくだ」
と、仕切り直して俺は解説する。
「催眠紋とは、魔法使いなんかで言うところの魔法陣だ。それを君の肉体に直接書き込む。それによって俺以外からの催眠を防ぐんだ。床に伏せている間色々考えたが、これが対策だ。というか、これしかない」
「なるほど。……ん? ちょっと待ってくれ、肉体に直接書き込む……?」
初心なフリーダでもさすがにピンと来たか。
「ってとこは、わ、私の裸を……ははは、裸を見られるのか!? あなたにっ!? 男性のあなたにっ!?」
「言っただろ、女性受けは悪い。まぁそういうことになる」
前のパーティ――光の翼にいた時も、一度だけ三人に書き込んだことがある。
まあ非難ごうごうの雨あられだった。
当たり前と言えば当たり前なのだが、多少は強くなるのだから受け入れてほしいとも思う。
「ほ、本当に他の方法は……ないのかな」
「ない。もっと詳しく解説すると、俺でも-10000%の耐性を補う催眠はかけられない。俺がかけられる催眠耐性アップは、催眠紋と、さらにその上からかける一時バフ。併せても120%のプラスが限界だ」
耐性計算は加算式だ。
-10000に+120を足したところで大差なんてない。
「だから考え方を変えた。常に俺の催眠がかかっている状態にすればいい。Tier1スキル、『暗示』。『君は決して堕ちない』という暗示をかけ、催眠そのものを無効化する。ま、君がやっていたやり方だな」
「な、なるほど! 催眠術師であるあなたの暗示ならば、私の自己暗示の何百倍も強力!」
「加えて『耐性無視』の暗示も入れ込む。これによって、もしも俺を上回る催眠術師――そうそういないだろうが、そんな物好きが現れたとしても、破られることはなくなる。-10000%の補正が効いた『君は決して堕ちない』という暗示を、耐性補正無視の状態で解除しなくてはならなくなるからな。そんなことは、絶対に不可能だ」
「お、おお……???」
俺の解説にフリーダは軽く混乱してしまったが。
とにかく、フリーダが他の誰かに堕とされることはなくなると理解してくれればいい。
とはいえ『無敵』というわけでもなく。
「ただ、催眠術は低位のスキルだ。術者の俺が倒れた場合は、覚悟を決めてもらう必要があるが」
術者の身に何かが起きれば解けてしまう可能性がある。
命を落とそうものなら、確実にだ。
「マルク……そんな悲しい心配はしないでくれ、私が絶対に守ってみせるからっ」
「もちろん。頼りにしているさ」
そうならないためにも、俺自身もしっかり鍛えねばならないな。
もう一つ、俺は彼女にこの方法の危険性の面を伝える。
「これは一種の賭けだ。通常、催眠紋に痛みや副作用はない。ただ……君の過敏な体が持つかどうかはやってみないと分からない。始めに言っておこう、危険はある」
「な、なるほど……力には代償がつきものか……そ、それに、裸も……」
彼女にとっては裸の方がウェイトは重そうだが。
「それと最後にもう一つ。これが一番大事なことだ」
「ま、まだ何かあるのかっ」
――これから話すことが、一番重い選択だ。
「『全ての催眠』にかからない状態では、俺のバフも効かなくなってしまう。それでは……相性最悪の俺たちがわざわざパーティを組む意味がない。俺の催眠だけは除外する必要がある。つまり――」
「つ、つまり?」
「つまり今からかける暗示は、『マルクの催眠のみにだけ堕ちる』という暗示になる……それでも、いいか」
俺達が最大限に力を発揮するには、俺のバフと、フリーダの催眠耐性-10000%が噛み合わなければならない。
だから、俺の催眠にだけは無防備になってもらうしかない。
『誤催眠』を避けるためにも、デバフにはかからないようには細工するが……何もかも初めてのことだ。それこそ、薄い本のような淫靡な催眠がかかってしまうかもしれない。
何より。
俺という一人の男を信用しなければいけない。
「そんなの問題ない! 私は、いつだってあなたを信じている」
「そう答えてくれると――俺は信じていたさ」
ひとひらの迷いもない言葉。
声の感じから、彼女はこちらを向いて言ってくれたのだろう。
もし今、俺の催眠にかかったとしても、信じているから構わない、と言わんばかりに。
俺は仲間から向けられたその信頼が、嬉しくて、ただ嬉しくて。
ひどい笑顔になった。
背中を向けていて助かった。彼女には――内緒だ。
「さ、さぁ……刻んでくれ、私のに、肉体に、『淫紋』をっ!」
「ああ、最高の仕事をすると約束する。……いやだから催眠紋な」
俺は顔を普段の状態に戻して、背中で純潔の女性に誓った。
「服を脱げ。-10000%の催眠紋は俺も初めてだ、大掛かりなものになる」
「ふ、服を……ま、待ってっ」
服を脱げと言われたフリーダは一旦待ったをかけた。
純真な乙女だ、心の準備は必要か。
「い、一度体を洗いたいな。見られるなら……キレイな状態を見られたいから……」
「……分かった」
これから仕事をするだけなのだが。
俺はなんだか罪悪感を感じながら、彼女の肌に催眠紋を書き込むため、その準備を始めて彼女を待つことにした。




