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逆襲の夜盗団と、逆転の催眠術師 ①

 良い店だった。また来よう。

 一人酒――途中から美女も加わったが、一人の時間を堪能した俺は、店を出ていた。


 昨日と違い、まだ時間は午後で空は明るい。鐘が三回鳴ったということは、三時ちょうどだろう。

 大金を使い果たしたのだから、もう少し居座ってもよかったが、長居はあまり紳士的ではない行為だ。

 それに、明日からまた冒険が待っている。

 今日は早く帰って、これからの展望を考えたいところだったのだ。


 そんな昼下がり。

 俺は不意にそばを歩く女騎士に礼を言われた。


「すまないマルク、ご馳走になって……うぷっ、もう食べられない……」

「気にするな、気持ちの問題と言っただろ。……というかフリーダ、君は女騎士仮面の仕事に行くって話じゃなかったか? 結局今の今まで店にいたわけだが」


 それは催眠()()()()なフリーダだった。

 なるべく『誤催眠』にかからぬよう、物陰に隠れながらちょこちょことついてきている。

 フリーダは自身の仕事に戻ると言っていたはずだが、おごると言われてからきびすを返して、結局店に残り続けたのである。


「い、いいじゃないか、もうっ。あの店は良い店だ。あんなにおいしいミルクは初めて飲んだんだから」

「酒も上手いぞ」

「うっ、酒は……ほら、私は催眠に弱いだろう? そのせいかどうかは分からないけど、すごく酔いやすいんだ、すぐ赤くなっちゃうの」


「飲めないわけじゃないんだけど」とつけ加えるフリーダは、ちょっとだけ少女の顔に戻っている。

 酒が苦手なんて、なんとも不幸な体質だなと俺は思った。


「しかしすごい大金だったなマルク! マスターが言っていたよ、こんな大金今日一日じゃとても使い切れませんよ、って!」

「おいやめろ、格好つけた男の目の前でそれを言うのは。使い切れないから当分ツケでいいですよとまで言われたんだぞ」


 少し格好つけすぎたかなと内心思っていたのだが、あまりに額が多すぎてそんなオチがついてしまっていたのだ。格好のつかない話である。


 本当はその金で新しい装備でも見繕った方がよかったのかも知れないが。

 また一から始めるには、あれくらい景気よく使った方がいいに違いないさ。


「また来てくださいとも、言っていたよ」

「ああ。あんな良い店、一度きりじゃもったいない。冒険の後にでも、また行くさ」


 マスターなりの気づかい、だろうか。

 大通りから外れた寂れた道で、俺は明日からの冒険に胸を弾ませるのだった。


「冒険……なぁマルク、どうだろう。先ほどの件、もう一度考え直してもらえないだろうか」


 するとフリーダはそう切り出した。

 先ほどの件とは、アレのことだろう。


「絶対にいやだね。誰が女騎士仮面なんてなるか。そもそも俺は男だ」

「えっ? ああいや、そちらではなくて、一緒に夢を叶えるため、冒険に――」


 女騎士仮面とは別の勧誘だったのだろうか、フリーダは言葉を続けようとしたが――


「そこのお二人さん、そこで止まりな!!」


 少し広まった道の先、おんぼろな家の屋根上に。

 巨大な人間が一人、立っていた。


「むむっ、なんだ、マルクと話しているというのに」

「君の知り合いではなさそうだな、フリーダ。俺も巨人族の女性に知り合いはいない」


 立ち塞がるように現れたのは、二メートル以上の体長を誇る巨人族の女だった。

 年は四〇くらいだろうか、おんぼろ家屋の屋根はその体躯によって悲鳴を上げていた。


「知り合いみたいなもんさね。――女騎士、あんた、あたいの顔に見覚えないかい?」

「むむ? ……むむむむむっ!? まさかあなたは――いや貴様は、A級依頼(クエスト)、『賞金首』の、女巨人ロドフかっ!?」

賞金首(バウンティ)依頼(クエスト)の対象だと? ロドフ……その名だけは聞いたことがある。冒険者の街ビアンツの裏社会を仕切る、夜盗団の一角、その頭だと」


 突如俺たちの前に現れたのは、どうやらこの街のお尋ね者らしい。

 それも――A級の。

 俺は身構えると、近くのフリーダが問いただす。


「闇に潜む夜盗が、自ら太陽の下に出てくるなんて、私になんの用だ。まさかとは思うが、自首するつもりか?」


 女巨人であり夜盗のロドフは、否定と言わんばかりに片腕を持ち上げた。

 それが合図だったのか、建ち並ぶ家屋の屋根に、続々と人が集結していく。

 全員短剣を手にした、種族もバラバラの女達。

 全て、ロドフの部下だった。


「昨日はあたいのカワイイ娘達を可愛がってくれたようだねぇ。今日はそのお礼を言いに来てやったんだよ、あたい自らねぇ!」


 一家総出のお礼参りというやつだった。


「俺は丸腰だというのに、部下達はナイフで完全武装か。フリーダ、悪いが俺は力になれそうにない」


 俺は戦闘態勢に入るが――参ったな。

 ただでさえ丸腰だというのに、相手はA級賞金首。

 装備があったところで、あの敵には俺の催眠術は効かない。

 ロドフだけは余裕からか武器を取っていなかったが、その部下達は皆きっちり武装していた。


「問題ない。ここで奴を捕まえて、今度は祝勝会としよう! 大丈夫、私は強い。信念もある!」


 白銀のドレスアーマーに身を包んだ彼女は、腰の剣を引き抜いた。

 全く頼もしい女性だ。

 それに引き換え俺という男は。


 窮地であればあるほどに、自分の無能さが色濃く目立つものだ。

 そう思っていると、フリーダが最後にこう言った。


「それに相手は見るからにパワータイプ。マルク(あなた)のようなタイプでなければ、私の敵ではない!」

「フフン、それはどうかな――『女騎士仮面』!」


 俺はそれを聞いた瞬間、背筋がぞくりとした。

 剣を構えて斬りかかろうとしていたフリーダに、「待て、フリーダ!」と慌てて止める。


 そして、看破する。


「ロドフ! どうして仮面を脱いでいる彼女を女騎士仮面と見切った!?」

「アハハハハっ、やっと気付いたかい! 調べはついているのさ、女騎士仮面、いや――」


 ロドフだけはまだ武器を取っていなかった。

 だが今この時、巨人の女は武器を取る。

 その巨体に似つかわしい、小さな武器。

 糸に吊されたコイン――催眠の武器を。


「――『催眠耐性-10000%』さん!」

「し、しまっ――」


 フリーダの悔恨の言葉が聞こえてくるが、彼女自らの意思で発した言葉はそれが最期だった。

 次の瞬間には彼女は――


「ワタシは、催眠耐性-10000%の、フリーダ。あなた様の下僕です、ロドフサマ」


 自慢の信念を突き破られて、ロドフの催眠術に操られてしまうのだった。

 状況はあまりよろしくない。

 だが焦っては見誤ると、俺は努めて冷静に対処しようとした。


「催眠耐性-10000%、か。なるほどよく効くはずだ。――仕方ない、非紳士的だが、俺が上から催眠をかけ直す。――催眠スキルTier3、『強制解除』」


 相手より上位であれば、催眠は解ける。

 催眠の腕だけはある方だと自負していたが。


「ワタシは、ロドフ様の僕。ロドフ様、ロドフサマ……」

「くっ、解けない……! 『素手催眠』の状態では相手の方が上位なのかっ。せめてコインだけでも手元にあればなっ」


 装備は奪われ、金は使い果たした。

 今の俺は、装備も、そして術具もない靴磨き同然の男なのだった。


「グフフ、本当によく効くねぇ。近頃あんたは派手に暴れすぎたのさ女騎士仮面、あたいの娘達を散々捕まえてくれてさ。さぁて……あたいの娘はそっちの男にも可愛がられたようだし」


 獲物を前にほくそ笑むロドフ。

 出遅れた。全てが遅かった。

 全く自分の無能さには呆れを通り越し憎悪すら感じるが。


「仲間同士、仲良く殺し合いな! ショーの始まりだ!」

「趣味の良い貴婦人だ。これは……まずいな」


 状況はそれどころではない。

 丸腰の俺と、フル武装のフリーダ。

 勝ち目のない戦いが始まってしまった。


敵の催眠にかかるのはこれが最初で最後です。

以降の主要仲間キャラはかかりません。


敵も女なので許してください!

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