口数が少ないのには理由がある。キザなのと、それと ⑤
「あなたはどうして、自分の能力にそんなに卑屈なんだ?」
名前のやり取りを終えると、フリーダは話題を戻す。
催眠術師である俺が、どうして催眠術を卑下するのか。
「卑屈にもなるさ。俺はそれが原因でパーティをクビになったんだからな」
マスターには話せなかったことを、俺はあっさり口にしていた。
あまりにガバガバな女騎士を見て、隠すのも馬鹿馬鹿しいと思っただけだ。
「あなたも……フフフ、奇遇だな。私もつい先日騎士団をクビになったんだ」
「ああ、昨日聞いたよ、催眠中にだがな」
デリケートな話題だ、これ以上は深く聞くべきではないだろう。
「俺は無能扱いされてクビになった。そっちは?」
だが酒の力もあってか、俺はついつい聞いてしまっていた。
「そう、だね……あなたと……似たような理由だよ、マルク」
「……すまない、立ち入ったことを聞いたな」
俺はそれだけで理解出来た。
――きっと理由は同じじゃない。
これ以上この話題が続けば、彼女は勝手に催眠にかかり、意図せずして理由を語ってしまうことだろう。
それは紳士的じゃない。
それにせっかくの美女との酒だ。
どうせならもっと楽しい話題を振るべきだろう。
俺は本題に入った。
「それでフリーダ。俺に会いに来たのは、わざわざ礼を言うためだけか?」
「フフ、察しが良くて助かる。実は、あなたに話したいことがあって」
美女に会いに来たと言われたのなら、多少は期待するものもあった。
だがこの口ぶりや態度から、俺の期待しているものではなさそうだ。
少し残念ではあるが、フリーダの理由は気になるところ。
フリーダは俺の方を真摯に見つめて、こう切り出す――と言っても、うっかりフリーダは催眠にかかってしまうので、俺は彼女の顔を見ていないが。
「さっき話した通り、私は騎士団をクビになって、今は冒険者として活動しているんだが……」
「ああ、ランクも俺と同じAランクらしいな」
「あなたもAランクか! ならばもう迷う理由はない。――私と、パーティを組まないか!」
俺は面食らってしまった。
なんとフリーダはこの俺をパーティに誘うつもりらしい。
昨日は冒険者ギルドでかなり派手なクビの切られ方をしたはずだが、まだ彼女の耳には入っていないのだろうか。
目立つ女騎士の格好だ、確かにあの場にフリーダはいなかったが……それにしても、正気を疑う。
なぜなら俺たちは――
「パーティのお誘いとは驚いたな……だが正気か? 俺と君は相性最悪だぞ」
そうだ、相性最悪なのだ。
ただでさえ催眠にかかりやすい女と、催眠術師としての腕だけは確かな男。
敵にかけたデバフがフリーダにまでかかったら戦闘どころではないだろう。
そもそも、俺のデバフがAランク帯の魔物に効くことは――
「それでも承知で誘いたい。私はこの弱点を克服したいんだ。だから一緒にっ!」
「……俺を利用するつもりか? 俺にメリットのない話なら、受けるつもりはない」
「ぇあっ、ち、違うんだ、そういうつもりじゃ……! 私は本気であなたの力に、ほ、惚れたんだっ! だから一緒に活動しよう、冒険しよう! 一緒に、お互いの夢を叶えようよ!」
「そうは言っても、そんな簡単にクリアできる問題でもないだろ」
「どうしてもだめかっ! 一緒に『女騎士仮面』になってはくれないかっ!」
「え、女騎士仮面? ――絶対いやだ。断る。」
いつから俺の夢がそんなおかしな活動にすり替わったんだ。
話を聞いていたわりに、フリーダはちんぷんかんぷんな誤解をしていた。
大体、フリーダ自身の夢も別物じゃなかったか?
「ダメか……そうか……残念……」
「落ち着いた女性かと思ったが、テンション爆上がりしたり、しょんぼりしたり、忙しい人だな君は」
「う、うぅ、恥ずかちぃ……」
催眠とは関係なく、俺の指摘にフリーダは顔を赤くする。
話題が少し変わって、フリーダがこんなことを聞いてくる。
「マルク、あなたは言葉少なで、その、『シブい』よな。カッコつけマンなのか?」
「妙なあだ名で呼ばないでくれ。……よく喋る催眠術師など、信用されないだろう。そういうことだ」
「おぉ」と、フリーダはすごく納得していた。
まぁ確かに、俺のことはキザったらしく見えても無理はないと思う。
ただそう見えてしまうのは、催眠術師がゆえ、口数の少なさが由来しているだけなのだ。
俺がキザでカッコつけマンでイキっているわけではないのだ、決して。うん。
「それにしても」と、フリーダは話題を戻す。
「私とパーティを組んではくれないか、はぁ……まぁでも、無理に誘っても楽しくはないだろうからな、潔く諦めよう。今回は」
「今回は、ね。あまり潔く聞こえないが、まぁ、君ならすぐに見つかるさ。俺なんかよりも強くて役に立つ、凄腕の冒険者がね」
フリーダはA級冒険者だ。
催眠には少々弱いみたいだが、俺ほどの催眠術師はそうそういない。つまり、敵はいないも同然。
そもそも、味方のバフや回復魔法で催眠などどうにでもなるだろう。
催眠なんてその程度のものだ。
俺は何よりも彼女のためにと、身を引くのが正解なのさ。
そんな、今日だけはまだ消沈中の俺だったが。
「マルク――これだけは言わせてほしい」
「ん」
彼女は声をかけてくれる。
俺の催眠に恐れることなく、真っ直ぐな目を向けているのを俺は感じながら、彼女の声に耳を傾ける。
「あなたと合う人だって、きっとどこかにいるよ。――きっと、どこかに」
「……ありがとう。そうだといいな」
その言葉は不思議と、酒のように心に染み渡るのだった。
「では私はお先に失礼するとしよう、仮面を被る時間だ。マスター、良いミルクだった。支払いはテーブルに――」
「ああいや、待て。金なら俺が払う」
「えっ、だ、男性からの奢り……は、初体験だが……だ、だめ、だめだよっ! そ、そういうのは順序があって、お付き合いをしてからだな……そ、それにそれに、あのあの……わ、『私は――お、堕ちない』!」
「舞い上がるな美人の分際で。そうじゃなくてだな」
俺は金の詰まった袋をカウンターにどさりと置く。
この店に来る前、俺は全財産を持ち出していた。
そう、これは装備も全て奪われた俺の全財産。
今までの冒険での稼ぎだ。
「君だけじゃない、今日来る客の分全ての飲み代だ。全部俺が払おう」
「え、えっ? ま、マルク、私にはあなたの考えがまるで読めないんだがっ。も、もしかして、お金持ちさんなのか!?」
「気持ちの問題だ」
フリーダのちょっと抜けた発言には顔を緩まされる。
そうではないぞと、俺は俺の行動について、きちんと説明する。
「これは、あいつらと一緒に稼いだ今までの依頼報酬さ。キレイさっぱり忘れたくてね」
この金が目に入ると、色々思い出す。余計な感情に囚われる。
だから今日、派手に使ってやろうと思ったのだ。
俺は紳士というより、やっぱりかっこつけマンなのかもしれないな。




