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第02話 魔王

 ──『魔王』



 そう聞いて、善なる存在を想像する者は少ない。


 敢えてそう名乗る事を決意した、この男も例外では無かった。


 ──吉岡和彦(よしおかかずひこ)


 四十ニ歳。生前、一代で巨大ベンチャー企業を起ち上げた、やり手の若手実業家。だが、彼はその権力に溺れてしまう。酒と女という欲望が、彼の人生を狂わせた。一時の快楽に溺れ、刹那的に生きる人生。気が付けば彼は、最も信頼していた部下に裏切られ、その全てを失っていた。そして、初めて自分という人間の愚かさに気付く。


 金という魔力(ちから)で、人の心を弄んでいた自分。大切な妻と娘を(ないがし)ろにし、遊興に溺れてしまった自分。金と権力しか信じず、部下の進言にも耳を傾けなかった冷徹な自分。そう。彼は生前、金という魔物に取り憑かれていた。


 失意のどん底で自分の人生を振り返り、彼は後悔する。


 何もかもを失った。


 金や権力という砂上の城。仮初の快楽(幸せ)。そして、最も大切にすべき筈だった、去って行く妻と娘(たからもの)


 彼は初めて後悔し、涙した。もう、金や権力なんかはいらない。ただ、貧しかった頃に自分を支えてくれた、妻の笑顔が見たかった。脳裏に浮かぶ、無垢に笑いかけて来た娘の顔……会いたい。もう一度、会いたい……。


 だが、彼はその大切さ(たからもの)に気付くのが、余りにも遅過ぎた。既に、妻と娘は新しい人生を歩んでいる。決して、恵まれた環境という訳ではない。それは、最後まで自分が彼女達を、負債(不幸)に巻き込んでしまったから。だが、それでも彼女達は幸せそうに笑っていた……()()()()()と共に。そう。()()()()()という物を、今度の新しい家族は、ちゃんと初めから分かっていたから。


「すまねえ……亜香里、綾香。俺、もう駄目だ……死んで(逃げて)も……いいかな……」


 そんな、彼の抱えている絶望などには関係なく、世界は朝日の中、動き始める。自暴自棄にフラフラと街を彷徨い、彼は偶然、目にしてしまう。容姿こそ全く違う物の、自分の娘と変わらない年頃の、その少女を。そして、その少女が一台の軽トラに向かい、今にも飛び出そうとしている場面(ところ)を。少女はまだ、何も気が付いていない。どうやら、目の前のボールしか見えていない様だ。彼が思わず飛び出したのは、まさに無意識の行動だった。


 その軽トラは少女の存在に気が付いたのか、急ハンドルを切って方向を変える。そして、そのまま彼の方へ突っ込んで来た。登校中であろう学生までを巻き込み、軽トラはそのまま彼に激突する。大破した軽トラと電柱に挟まれ、彼は自分が死ぬ事を悟った。


「ちょうど死にたいと思っていた所だ……手間が省けた……」


 薄れゆく意識の中で、彼はそう呟いた。自分が救おうとした黒髪の少女が、不思議そうな顔で自分を見つめている──。




『──皆んな、お待ちかねみたいですよ?』


 ()()()()()()()()()()()、和彦はハッと我に返った。


 自分は今、リカーナ城のテラスにいる。見下ろすと眼下には無数の観衆が、城の周りに詰め掛けていた。


(そうだな……)


 頭の中でそう、その声に応える。和彦が話しているのは、()()()()()()もう一人の少女……クロエ。和彦がこの世界に転生し、憑依していた少女だ。和彦は既にその身体を譲り受け、彼女を魂の中に住まわせている。そう。真人と雪の関係と同じ様に。


 ──クロエ。


 一般的な商人の家庭に生まれ、幼少時にその身を奴隷として売り払われた少女。クロエはそんな、不幸な運命を背負った少女だった。そして、まるで自分の前世を思い出させる様なその生い立ちは、憑依した和彦を苦しめる。おそらく、自分と同じ様に親が商売に失敗し、売られるハメになった少女。和彦はそんなクロエと、前世に残して来た愛娘、綾香を重ね合わせていた。とても他人事とは思えない、その生い立ちに。


 和彦は、自分の運命を呪った。死して尚、自分の娘の様な存在、クロエの悲惨な人生を見せつけられる。毎日の様に繰り返される、暴力。人間らしい生活とは程遠い、飢餓と孤独……そして、差別。余りにも過酷なその人生を、()()()()()でこれでもかと見せつけられる。その上、最後はその身体まで、自分が奪おうというのだから。


 これは、前世での自分の行いに対する、罰に違いない。和彦は、そう考えていた。そう。気まぐれでクロエに施しをした、ある魔族と出会うまでは……。


『──本当に後悔なさいませんか?』


 想いに(ふけ)る和彦に、クロエが心配そうな声で語り掛けた。


(後悔? そんな物、とっくに前世でして来たよ。嫌と言うほどね……だからもう、二度と同じ過ちは繰り返さない。そして、今度こそ(お前)を幸せにして見せる! 今度こそ……必ず、俺の手で!)


 並々ならぬ決意を込め、和彦は拳を握りしめた。


クロエ(お前)はもう、現世(この世界)での幸せは叶わない。ならばせめて、クロエ(お前)が望んだ優しい世界……そう。クロエ(お前)みたいな悲しい子供が二度と生まれない、そんな世界を見せてやる! 俺の中から……俺の目を通して、その世界を見ているがいい。必ず俺が……必ず俺が、この手でそんな世界を作ってやる!)


「……クロエ()の為に」。和彦は敢えて、その言葉を付け足す前に飲み込んだ。無意識にクロエと前世での愛娘……綾香を重ねている、自分に気が付いて。今も脳裏から一時も離れない、娘の笑顔。和彦はそれを振り払う様に、敢えてその言葉を口にした。


「綾香はもういない。ならば、この世界での娘はお前だ……クロエ」


『……ありがとう』


 か細い声で、クロエは和彦の想いに答える。そして、和彦がこの世界に来てからずっと、思い焦がれていたその言葉を口にした。


『ありがとう……パパ』


 クロエがずっと言い出せなかった、その言葉。そして、和彦がずっと聞きたかった、その一言。クロエの気恥ずかしそうに呟いたその言葉に、和彦は頬を涙で濡らした。必死で()()()()()になるのを堪え、涙と共にグッと飲み込む。


 和彦は目を閉じ、静かにもう一度決意を固めた。


 ようやく手に入れた! もう、二度と離さない! (クロエ)を泣かさない様、(クロエ)を笑顔に出来る様……俺は、この世界を変えてみせる! 固くそう誓い、和彦はそっと目を見開いた。その眼光が、決意と覚悟でギラギラと鋭く光る。


 和彦は、その視線を再び眼下に向けた。大きな牙を持つ者、蝙蝠の様な羽をもつ者、異形の鱗に覆われた者……魔族。亜人と違い、人間とは大きく違う姿をした者達。集まっている観衆の、大部分を占めている種族だ。そして、その中にチラホラ見える、亜人や少数の人間達。そんな、前世ではあり得ないその光景を前に、和彦は更に決意を固めた。そして、大きく深呼吸を一つすると、よく通る声で観衆に向かって宣言する。



「──リカーナは我が手に墜ちた!! 今よりこの地は、この俺が新たな王として支配する! 皆の者、良く聞けぇえ!! 俺はこの世界を手に入れる! もう、魔族だからと遠慮する時代は終わりだ! これからは種族など関係ない、本当に平等な世界を、俺が作る! 魔族共(戦える者)は俺に続け! 俺はここに、魔族(お前等)の王になる事を宣言する!! よく覚えておけ! 我が名は和彦……魔族の王、『魔王』和彦だ!!」


 ──『魔王(和彦)』の誕生。


 この日、地鳴りの様な観衆の大歓声と雄叫びが、いつまでもリカーナ城を震わせていた──。




死神(真人)』と『勇者(拓海)』。これは、その二人の転生者が其々、雪とレオの死を受け入れて異世界(この世界)に顕現した、ちょうど同じ頃の出来事だった。



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