Aグループ 第六試合
『第五試合はローズ選手の勝利で終わりました!そして、次の組み合わせはこちらです!』
和人達がローズの説教を行っている時と同時刻、司会による次の試合の組み合わせが発表された。
「ああ、この試合の勝者がローズと闘うのか……仕方ない、説教はこの辺で終わりにしてやろう」
「そうじゃな。ローズ、次の試合でも同じような事したらこんなもんじゃ済まんからな」
「そうですね。和人様達がそう言うならこの辺で終わりましょう」
「ローズ、以後気をつけるのですよ?」
「……………」
「ふぇぇん……ごめんなさ〜い……。ミセバは何か言ってよ〜……」
説教を受けて涙目になっているローズを尻目に、和人達は次の試合に出る選手に興味を移した。
『クール&ビューティー、「冷徹の秘書」ナタリア・フェイク選手VS毒舌&ドSと言う事でも有名なSSSランク冒険者「暴風」ケリアル・ゼフィルス選手!』
「私は別に冷徹でも秘書でもありません」
「毒舌&ドSだなんて酷いな〜」
名を呼ばれた二人は司会に向けて文句を垂れながら舞台へと上がった。
ナタリアはキリッとした目に眼鏡を掛けて、スーツに似たマジックアイテムを身に付けており、確かに秘書っぽい。だがそれを担いでいる巨大な槍が台無しにしている。恐らくあれがナタリアの武器なのだろう。
対するケリアルはと言うと、明らかに強力な魔物から作られたようなデザインの革鎧に、背に風を象ったと思われるエンブレムが描かれているマントを付け、腰には二本の剣がぶら下がっている。
「出てきたかSSSランク冒険者……ローズ、お前の相手は恐らくあのケリアルとか言う奴になると思うぞ」
「そうじゃな。そもそもあの程度の相手に負けるならSSSランク冒険者になれるわけなかろう」
「ほらローズ。そろそろ泣き止んで試合観よ?」
「うん、観る……」
「カレンはローズに少し甘過ぎますよ。まぁそれは昔からですがね」
「…………」
「ミセバはそろそろ何か言ってよ〜!」
舞台の外で和人達がそんなコントのような事をしてい中、第六試合が始まった。
***
「よろしくお願いします」
「こちらこそ♪」
舞台の上ではナタリアとケリアルが相対し、各々の武器を構えて相手の隙を探っている。
ナタリアはその身の丈を越す程の大槍を、ケリアルは左右のそれぞれの手に剣を持ち何時でも行動に移れるようにしている。
「行きます!」
数十秒の睨み合いの末、先に動いたのはナタリアだった。
ナタリアは本当に巨大な槍を持っているのかと思わされる程の速度で踏み込み、一瞬でケリアルを自分の間合いに捉えた。
「中々の踏み込みだね」
だがケリアルは繰り出される槍の全てをいなし、自分からナタリアの元へと突き進む。
「流石ケリアルさんですね。ですが私も自分の力には自信があります。そう簡単には負けませんよ」
槍はその特徴から、自らの懐に潜り込まれると脆い。使用しているナタリアは勿論、ケリアルもその事は承知している。ケリアルの動きそれ故の行動であったが、ナタリアは懐に踏み込んで来るケリアルに目掛けて、槍を引き戻しながら柄を後頭部に柄を叩き込む。
「うぐっ!」
柄では殺傷能力は皆無な為、倒す事は出来無いが、ケリアルの動きを止める事はかろうじて可能だ。ナタリアはバックステップで距離を取り、そのまま槍の突きでケリアルを襲う。
「アイタタ、君見た目の割に凄い怪力だねぇ……まさかそのサイズの槍をあんな速度で引き戻すなんて、油断したよ」
突きを双剣で弾きながらそう語るケリアルに、ナタリアは間断無く次々と槍を繰り出す。
ナタリアの槍いなしながら進むケリアルは、徐々にナタリアとの距離を詰めて行った。そして遂にその剣の範囲にナタリアを捉えた。
「まだまだだったね〜」
ケリアルがナタリアに向かい剣を横薙ぎに振り被ったその時ーー
「不用意に近付いて来る瞬間を待ってました!『水の鎧』」
「なっ⁉︎」
ケリアルの剣がナタリアを斬り裂こうとしたまさにその時、ナタリアは膨大な魔力で水を纏った。
纏われた水にはナタリアのほぼ全ての魔力が注ぎ込まれており、その防御力はSSSランク冒険者たるケリアルてさえもそう簡単には破れ無い。まさに水の鎧と呼ぶのに相応しい。
「うわぁ、面倒くさそう」
「これで私は殆ど魔法を使えなくなりましたが、後は鍛え上げた槍術だけで十分闘えます。行きますよケリアルさん!」
水の鎧を纏った後であっても、ナタリアの動きに鈍りは無い。どうやら水の鎧に使った魔力は普段通りに動くには何の問題も無い程度であったらしい。
「おっとと、どうやらその水は攻撃性も秘めているようだね」
ケリアルは回避した筈の攻撃で僅かに切られた頬の傷を撫でながら感想を述べる。
「その通りです。私の水は守りと責め、両方の性質を持っています」
ナタリアは笑みを浮かべながら答えた。そこからは自信の力への絶対な信頼を感じる。
ナタリアは槍を振り回し、構えを取りながらケリアルに穂先を向ける。
「例えSSSランク冒険者の貴方が相手でも私は勝ちに行きます!」
「へぇ……そこまで言われちゃ黙ってらんないね〜。じゃあ僕も少し本気出しちゃおうかな〜」
直後、ケリアルの雰囲気が豹変した。
「ーー⁉︎」
ナタリアはその危険な気配をいち早く察知し、全力で横に転がった。
その瞬間一瞬前まで自分の居た場所にケリアルの剣が軌跡を描いた。
「目で追えて無い筈なのによく避けたね……でもそれでこそ甚振り甲斐があるってものだよ♪」
ケリアルはペロリと唇を舌で舐めるような仕草をした後、再びナタリアの視界から消えた。
「くっ!」
背後に嫌な予感を感じたナタリアは咄嗟に槍を背中で構えるようにして立てると、次の瞬間にはナタリアが立てた槍に二発の剣戟が走った。
「はぁっ!」
ナタリアはその剣戟を受け止め、自慢でもある怪力で押し返しながら槍を振るうも手応えを感じる事は無く、攻撃を放ったと思われるケリアルの姿すら見つける事が出来無かった。
「何処にーー⁉︎」
何処に行った。その言葉が言い終えられる事は無く、その代わりだと言うように、腹部を剣が貫いた。
「つーかまーえた♪」
腹部から生える剣は水の鎧をいとも容易く貫き、剣先から根元まで深々と咥えこんでいる。
「ごめんね、君中々間合いに入れてくれ無いし、その水の鎧もめんどうだったからちょっと強引な手段を取らせて貰ったよ♪」
「「暴風」と言う名の由縁でもある風魔法ですね……まさか姿を消す事まで可能だとは思いませんでした……」
「まだまだだったねナタリアちゃん♪
さて、本当はここからがお楽しみなんだけど……流石にこんな観衆がいる大会で普段通りやると引かれちゃうから、取り敢えず降参してくれる?」
それはまるで悪魔の囁き。
ケリアルは獲物を捉えた後手、足を削いでゆっくりと仕留めて行く癖がある。
彼がドSと呼ばれるのはその癖によるものが大きい。
しかし彼の真価は社会に反する組織の組員に対する拷問の時である。
ケリアルの所業にはこんな話がある。
それはケリアルがまだSSSランク冒険者になる前の話。
当時世間に暗躍していたテロ組織があった。その組織の構成員は口が堅い事で有名であり、それは仮に捕らえたとしても情報を引き出すのはほぼ不可能と言える程の口の堅さであった。
そこにふらりと現れたのは当時Sランク冒険者であったケリアル・ゼフィルスであった。
彼はギルドの依頼で件の組織の拷問に参加する事になっており、その時丁度捕らえられていた女性の構成員の尋問が有り、それに参加する事となった。
女性は何を聞かれても、何をされても決して口を開かなかった。ケリアルはそんな女性に対して喜色の笑みを浮かべ、暫く二人で話させてくれと言い、1時間程女性と二人きりになった。
そしてケリアルが女性との対話を終え、尋問室から出て来ると、テロ組織の対策に集められた人々に対して組織の構成員、組織の目的、組織の拠点、組織の背後関係の全てを伝えた。
あまりにもあっさりとし過ぎていると考えたテロ組織対策のメンバー達であったが、現状それ以外に手掛かりが無かった為半信半疑であるが、言われた通りの場所に行ってみると、そこには確かにテロ組織の拠点が有ったと言う。
そして目出度く組織は壊滅、そして背後関係に上がった貴族や商人達も全て検挙したと言う。
女性曰く、「思い出したくも無い出来事だった……」と。
因みにその女性は今やケリアルの奥さんだったりする。どうやらその女性もラーシャ達と同類であったらしい。
それ以来、ケリアルには毒舌、ドSと言う不名誉な謂れが出来た。
「私の負けです……降参します」
そんなケリアルに捕まっている以上ナタリアに選択肢等あるわけもなく、悔しそうに顔を歪めながら降参を宣言した。
『ナタリア選手降参!勝者ケリアル・ゼフィルス選手!』
司会が叫び、会場が大きく湧いたら、
***
『あのケリアルとか言う男……全然本気を出していないな……』
『そうですね……精々5割と言ったところでしょうか』
『先のレイと言う大男もその程度の力しか出していなそうだし、ユタネとか言う女も良いとこ7割でしょうね』
念話で会話する和人と世界神の二人。
三人は口笛を吹きながら悠々と舞台を降りるケリアルの背をギラギラとした視線で睨み付けていた。
「?」
その様子を不思議そうに眺めるのはヴェルこと神竜ヴェルフェン。
だがその彼女をしても和人に対する絶大な信頼故に和人の様子にもさして疑問を抱く事無く直ぐに疑問に思った事すら忘れた。
『取り敢えず次のローズの相手はケリアルと言う奴だ。そこでローズにはケリアルをギリギリまで追い詰めて貰う』
『了解しました。では僕達はその様子を注意深く観察するとします』
『僅かでも神力を感じたら直ぐに念話を入れます』
『ああ、任せたぞファルシオン、レティ』
『『はい!』』
念話を終えた和人は誰にも気付かれる事無く、獰猛な笑みで笑った。
(さぁて……俺の予想は当たっているのかな?)
次の試合の連絡が流れる中、和人は内心自分の予想が当たっている事を確信しており、来たる時をゆっくりと待つ。




