ブサイク、ゴブリン相手にやっぱりビビる
正直、貞一はゴブリンとの戦闘をなめていた。
もちろん怖さはある。囲まれて襲われた時の恐怖は今でも身震いするほどだ。だが、貞一はこの世界では圧倒的強者である魔法使いであり、ゴブリンならば攻撃を受けても効かず、逆に問答無用に瞬殺できる魔法の所持者なのだ。さらに、シルバー級冒険者の蒼剣がゴブリンを間引き、周囲にはカッパー級の中でも優秀なシャドーフォレストが貞一を護ってくれている。
だからこそ、貞一は『はぁ・・・ゴブリン怖いでござるなぁ。蒼剣やシャドーフォレストの皆さんも大丈夫でござろうか・・・。・・・ま、ピンチになったら拙者の【フォカヌポウ】でゴブリン程度瞬殺でござるがねwwブヒヒwwwサーセンwwww』とちょずいていた。
そして実際に、魔法とシャドーフォレストのおかげで、貞一は無傷でいられた。貞一に近寄ってくるゴブリンはシャドーフォレスト達が斬り伏せ、矢を討とうとしているゴブリンには貞一の攻撃魔法を喰らわせ黙らせる。たまにホブゴブリンも現れるが、シャドーフォレストがすぐさま囲み削り倒すし、魔将軍級の身体強化魔法を受けていないホブならば貞一の魔法も効いたため、ゴブリン殲滅はすこぶる順調に行えていた。
しかし、順調かに思える貞一たちだが、貞一の精神力はガシガシ削られていた。戦場という非日常に対し、貞一はゲームと現実の違いをまざまざと感じさせられていた。
それもそのはず。貞一は今日初めて明確な殺す意思を持って魔法を使い、ゴブリンという生き物を殺しているのだ。ここはゲームではなく現実で、ゴブリンがあげる断末魔もむせかえるような血の臭いも眼前に広がる残虐な蹂躙の景色も、どれも全てが五感を通して感じ取れるのだ。
ゲームではどこまでも機械的に処理できた作業も、今は一つ一つが貞一の精神を揺さぶる行為となっていた。
今にも貧血でぶっ倒れそうになるのをなんとか抑え込んでいる貞一は、出来るだけゴブリン汁で汚れていない地面を選びながら、攻撃魔法を授けてくれたゴッドに感謝していた。攻撃魔法は離れながらゴブリンを攻撃でき、殺した感触をギリギリまで薄めることができる。遠距離から行う攻撃は、ぎりぎりだがゲームのように感じられるのだ。いや、かろうじてこれはゲームなんだと、自分に思い込ますことができた。少なくとも、貞一が躊躇せずゴブリン相手に使える程度には。
ゴブリン殲滅の直前までは、貞一も槍を握り1体くらい倒してみようかと思っていた。『拙者の槍の錆にしてくれるでござるよ!!』とも思っていた。そして、そのチャンスはすぐに訪れた。
シャドーフォレストが貞一を護っていても、ゴブリンの数は膨大。貞一が少しでもゴブリンたちに近づけば、攻撃することなど容易だった。戦いの余波で押し出され周囲から浮いていたゴブリンがいたため、貞一は槍を引き一思いに突き刺そうとした。
が、結果はビビってできなかった。
生き物を槍で刺すという行為は、想像以上に高いハードルを越える必要がある。
魚を捌いた経験があるだろうか? 一度もない人は、きっと生魚を3枚におろすということにも抵抗感が出てしまうだろう。
いやいや、魚なんて余裕で捌けるわ! という方。では、生きた鶏を殺せるだろうか? 鶏は血抜きのために首を斬り落とすというが、果たしてあなたは鉈を手に取り鶏の首に振り落とせるだろうか?
貞一が狙った獲物は、異形とはいえ人型の生き物。槍を突き刺した時の感触や光景を想像してしまい、貞一にはゴブリンを槍で直接殺すことは生理的にできなかった。身体が拒否したのだ。
まごつく貞一に、逆にゴブリンが剣を振るって来た。ゴブリンの逆襲だ。だが、ゴブリン程度の攻撃は、魔法使いである貞一には一切効かなかった。剣ではなくてネコジャラシか何かかな? と思うほど痛くも痒くもなかった。
ただ、貞一は攻撃されたという事実に半ばパニックになり、『フォカヌポウ』を乱発したのはまた別の話だ。
ふぅ~。ゴブリンもこれだけ殺すと、感覚がマヒしてくるでござるね。今では抵抗なく魔法が撃てるでござるよ。あ、【フォカヌポウ】。
ようやくと言えばいいのか。数をこなせば慣れていくように、ゴブリンを今日だけで何十体も殺したため、貞一は敵を殺すという行為に慣れてきた。本当はそんなことは慣れないほうがいいのかもしれないが、これから先冒険者として生きていく貞一には重要なことだ。ゴブリンも殺せない冒険者など、自分が真っ先に死んでしまうのがオチだ。
魔法もわかってきたでござるし、こっちは順調でござるね! 呪文もずっと言ってたら気にならなくなったでござるし! 無詠唱で魔法が撃てる日も、そう遠くない気がするでござるよ!
徐々に冷静になってきた貞一は、【くぁwせdrftgyふじこlp】の対象とする相手の選び方や、【フォカヌポウ】の威力や密集した敵の1体を正確に殺せるかなど、自分の魔法を一つ一つ確認していった。
シャドーフォレストに護られながらいろいろ試した貞一は、自分の魔法が最強であると確信した。好きな数だけ一瞬で爆裂させられ、狙った敵だけ爆ぜさせる。【フォカヌポウ】と言った瞬間に倒せるのだ。無双である。身体強化魔法のおかげで反射神経もそれなりに上がっているため、敵が接近してきても焦ることもなく倒せるのだ。
ただし、雑魚に限る。
貞一はすぐにキングや強化されたホブにも魔法を試してみたが、うんともすんとも言わない。数撃ちゃ当たるとも思い結構連発したが、ただ魔力が減る感触しかなかった。ゴッドが言っていたように、貞一の魔法は魔法使いレベルには一切聞かないようだ。
せっかくの魔法使いなのに、雑魚には威張り散らせて強者にはへこへこするなんてカッコ悪いでござるよ・・・。それに、魔法使いクラスの敵は滅多にいないみたいでござるが、それでも何も攻撃手段がないのは不安でござるね。貴族が全員魔法使いってだけで注意すべきでござるし・・・。拙者強い魔法でいきりたかったでござる・・・。
戦闘の真っただ中でこんなことを考えていられるのは、シャドーフォレストがバッタバッタとゴブリンを倒してくれているからだ。シャドーフォレストはカッパーだが、シルバー級に近い実力を持っている冒険者パーティだ。いくら魔王による強化がされているとはいえ、一流の冒険者ならばゴブリンが湧き続けても問題ないのだろう。シルバー級の蒼剣なんて返り血でひどいことになっている。
ちらりと、より激しさを増して戦っているキングたちの方を見る。
あそこで戦っているのは、紛れもない一流冒険者だ。その戦いぶりはまさにアニメや漫画のようで、一撃一撃が疾すぎて見えないくらいだ。互いに身体強化の魔法を受けているため、バフによる防御はバフによる攻撃で突破されてしまう。つまり、バフの無い素の状態で戦っているようなもの。そのため、ゴブリンたちを相手にしたような雑な攻撃ではなく、慎重に、確実に相手を削る戦い方だ。
・・・うむ。全く参考にならないでござるね。とりあえず、身体強化の魔法は凄いってことだけは分かったでござるよ。
治癒姫や炎龍の牙たちもすごいが、その相手をするホブたちも手強い。魔物のくせに巧みに剣を操り、巨躯に見合う膂力で致命の一撃を振るっている。
勝負は白熱しており、一つのミスで勝敗が決まるような戦いだ。槍も使えず魔法も意味をなさない貞一は、冒険者たちを応援するしかできない。
「ティーチさん! 魔法撃ちすぎてませんか!? ゴブリン共は蒼剣の皆さんに任せて、魔力を温存してください!」
「わかったでござるよ!」
貞一の魔力切れで炎龍の牙の強化魔法が消えれば勝ち目がなくなってしまう。貞一もそれは理解しているため、最初ゴブリンに逆襲されて乱発して魔法を使った以外は、魔力量を確認しながら慎重に使った。
感じ的にはまだまだ余力は残っているはずだが、初めての依頼で興奮して多く感じているだけかもしれない。それに、魔力が全部使いきれるのかもわからない。残量が少なくなれば、魔法の打ち止めもあり得るのだ。
しかし、魔力がガンガン回復している感じもするのだ。ブーシィが魔境は魔力が濃いから回復も早いと言っていたのはこのことだろうか。
ただ、貞一は魔法使いとしても冒険者としても素人。先輩冒険者であるバッテラの言うことに素直に従い、邪魔にならないよう後をついていく。
みんな、頼むでござるよ・・・!
貞一は、冒険者チームの勝利を願うばかりであった。
一方、シャドーフォレストのリーダーであるバッテラは、貞一に対して畏敬の念を抱いていた。
(これが・・・魔法使い様の力・・・・・・)
貞一が手を翳せばゴブリンが爆裂し、そのまま横に振ればゴブリンだろうとホブゴブリンだろうと問答無用に破裂していく。ゴブリンたちの叫び声と剣戟が響く喧騒の中、貞一が口ずさむ【くぁwせdrftgyふじこlp】という聞きなれない呪文だけがやけに耳に残る。
肉が弾け骨が砕け血煙が舞う。
ゴブリン掃討戦を支配しているのはシルバー級にも手が届きそうなシャドーフォレストでも、一流冒険者の蒼剣でもない。数日前に冒険者になったばかりという新人も新人の、アイアン級冒険者ティーチだ。
圧倒的な魔力量。そこから繰り出される抵抗すら許さない絶対なる魔法。
(ああ・・・羨ましい・・・)
バッテラは自分とは種族的に違うとすら思える絶対的強者に、ただただ憧れるのだった。
◇
「セリャァァアアアッッ!!」
上段から叩き潰すように放った斬撃は、ホブゴブリンの剣に簡単にはじき返されてしまう。ティーチにより身体強化の魔法をかけられたガドの一撃は、並みの魔物ならば抵抗すら許さず押しつぶせる。しかし、相手のホブゴブリンは同じく魔王による身体強化の魔法がかけられた魔将軍。元の膂力に大きな違いがあるため、どうしてもガドの攻撃は今一つ有効打を与えられずにいた。
「ギョアア!」
お返しとばかりに、ホブゴブリンは丸太のように太い脚で蹴り飛ばしてくる。態勢を崩された直後のガドは回避は不可能と判断し、とっさに後方に飛ぶことで蹴りの衝撃を吸収する。着地先にゴブリンがいたが、ゴブリンの攻撃ならば一切効かないため、ホブから目を離さず片手間で殺す。
(ティーチさんの強化魔法の方が、キングのよりも上手のようだな。蹴りの威力もほとんど防いでくれている)
ホブも強化魔法を受けているため、強化魔法の強さが同等ならガドの防御を突破できる。だが、先ほどの攻撃はガドの身体にダメージを通す前に、ティーチがかけた強化魔法によって大部分が削られていた。
それはつまり、ティーチの魔法がキングよりも上回っていることを意味する。
(ティーチさんがいてくれて助かった・・・。うちの連中も、ティーチさんの魔法に救われてる部分が結構あるからな)
予想外の魔将軍の数に、さらに魔将軍一体一体が高い技量を持っていた。時間稼ぎは簡単に出来るが、ケリをつけるとなると難しい。炎龍の牙の真骨頂は大味な武器の弱点をメンバーでフォローし合うことにある。隙が大きくなる大物の武器では、一人で戦う時に武器を思う存分使うことが難しい。特に、練度が高く隙がない相手ではなおさらだ。
ホブは人間のように武器を使い、頭も使って攻めてくる。さらに厄介なことに、奴らは魔力頼みではなく小手先の技術も使ってくるのだ。
(やはり泥臭い戦いも平気でこなしてくるか。俺たちは慣れてるが、治癒姫様たちは大丈夫か?)
人間の序列は魔力量によって決められているといっても過言ではない。上位者たちはすべからく豊富な魔力を持っている。いや、豊富な魔力を持っているからこそ、上位者なのだ。
逆に魔力が少なく強化魔法も常時展開できない者たちは、生き残るために技を磨く。魔法を使わずとも、鋭く重い一撃を繰り出すために鍛錬するのだ。
しかし、そんな努力も魔力の前では無意味なもの。圧倒的な魔力の差の前では、魔力無し―――弱者がいくらあがこうが覆せない壁がある。
そのため、相手を翻弄し手数を増やすような剣術や泥臭い戦法は弱者の証とされている。そして、その弱者の証である泥臭い戦いを、目の前のホブゴブリンは使ってくる。
炎龍の牙のメンバーは、並みより少し多い程度の魔力量だ。リーダーのガドやサブリーダーのネーキストなどはメンバー内では多い方だが、どんぐりの背比べレベルだ。そんな炎龍の牙は、シルバー級となるために泥臭いこともいとわず、手段の一つとして選んできた。生き残るために、敵を殺すために、勝つために、必要だと思えば魔力持ちたちが忌避するようなことも平気でやったし、武器をよりうまく扱うために剣術も学んだ。炎龍の牙は、見栄よりも生き残ることの大切さを知っていたのだ。だからこそ、シルバー級にもなれた。
こういった思想を持つ冒険者は例外中の例外であり、全体の1割にも満たない。彼らがそんな邪法ともいえる手段をとってきたのは、ネスク・テガロのギルドマスターであるラーテラが深く関わっている。
冒険者にとっては力こそ全てだ。年齢も性別も関係ない。当然、それはまとめ役であるギルドマスターにも当てはまる。どの支部のギルドマスターも豊富な魔力を持ち、現役冒険者たちでも歯向かえないほどだ。
そんな中、珍しいことにラーテラは並以下の魔力しか持っていない。そういった冒険者はどんなに頑張ってもカッパー級が限界であり、夢を見て冒険者になるがすぐに現実にぶつかり辞めていく。しかし、ラーテラは諦めなかった。知識を蓄え鍛錬し、弱者の戦法だと罵られようと剣術を学び、数多の魔境へ挑み続けた。そして、気づけばシルバー級の中でも指折りの実力者に数えられるようになっていたのだ。
そんなラーテラがギルドマスターを務めるネスク・テガロには、比較的そういった弱者の戦法を扱う者が集まっている。ネスク・テガロの守護者であるブーシィ・ディーエンが魔力至上主義の貴族でないことも、それを後押ししていた。
とはいえ、ネスク・テガロであっても魔力でゴリ押す強者の戦い方の方が根強いし、魔法使いであるブーシィ率いる治癒姫もまた、強者の戦いを信条としていた。魔力が勝っていれば、重戦車のように突っ込んで蹂躙できる。長く辛い鍛錬を積んで僅かに強くなるよりも、生まれ持った魔力に頼る方が何倍も楽に強くなれるからだ。
実際、ゴブリンたちとの開戦時では、相手の策ごと力技で突破していた。これは長年の鍛錬からできたものではなく、魔力という圧倒的な力によって成しえたことだ。
炎龍の牙と治癒姫たちには、そんな根本的な違いがある。弱者の戦法を厭わず使ってくる魔将軍に、同じ戦法で挑める炎龍の牙。しかし、治癒姫たちはどうだろうか? 魔法使いという圧倒的魔力量を持つブーシィをはじめ、構成メンバーは侯爵家お抱えの精鋭たちだ。泥臭いことなどまずありえないし、そもそも選択肢として思いつかないだろう。
相手が雑魚であればそれで押し切れる。しかし、相手が自分たちと同じ強化魔法を受けた同等な者ならば、よりどん欲に勝つことを求めている者に軍配が上がる。ガドは治癒姫たちがホブゴブリンの泥臭くも合理的な戦法についていけているか不安であった。
しかし、ガドの不安は杞憂に終わる。身体強化の魔法というアドバンテージが無くなったところで、地の魔力量の差は変わらない。ホブゴブリンと騎士では、魔力量は騎士に軍配が上がる。
実際、キングたちと戦っている治癒姫たちは優勢だ。キングの魔法やホブの泥臭く予測できない攻撃のせいでまごついているが、治癒姫たちが有利に展開していた。
そんなことは知る由もないガドは、ホブゴブリンを睨みつける。今は目の前の敵以外を考えている余裕はない。ガドにできることは、仲間を信じ剣を振るうだけだ。
「ギャギャ! ギガッギャギャギ!!」
「おいおい、慌てるなよ。自分の攻撃が効かなくてイラついてんのか?」
魔将軍であるホブは、強化された自分の攻撃が効かないことにイラ立っていた。ホブは人間並みに頭が良いとされているが、狡猾さ、残虐さに加え気性の荒さも目立つ存在だ。群れのボスであるキングがいるため大人しく従っているが、ホブ自体がゴブリンのボスになることはよくあることだ。
そんな自分の力に自信のあるホブが、さらにキングの魔法によって強化されたにもかかわらず、矮小な人間如きに手こずっている事実に、我慢の限界が近かった。他の炎龍の牙たちと戦っているホブが優勢な者が多いのも、このホブにさらなるイラ立ちを与えていた。
(いいぞ、いい傾向だ。イラ立てば攻撃も雑になり、必ず隙が生まれる。大物と渡り合うには、この隙を逃すわけにはいかんからな)
焦りそうになる自分を必死に抑え、冷静を装う。ガドとネーキストはホブたちと渡り合えているが、他のメンバーは不安の残る戦いぶりだ。キングが護衛に選ぶだけあって、強化されているホブたちは強い。2人もいれば一体狩るのにそう手間取らないが、一対一ではギリギリの戦いだ。
ガドたちは治癒姫たちと比べ魔力が少ない分、純粋な戦闘力で競り勝つしかない。強引に行けばガドならば倒せるだろうが、深手を負えば仲間の援護にも行けなくなってしまう。
焦らず冷静に、それでいて迅速に殺す。
一瞬の隙さえ逃さぬようにホブを観察する。イラ立ち地面を蹴り上げ、威嚇のために唾液を撒き散らしながら叫ぶホブ。一見余裕を失い動きが雑になっているのだが、ガドはその様子に何か違和感を感じた。
(なんだ、この違和感は? ホブの動きが雑になりすぎではないか? まるで俺が襲いかかるのを待っているような・・・)
油断なく剣を構え、違和感の原因を見つけるべくより深くホブを観察する。
(動きは単調。地面を蹴り上げてはいるが、砂ぼこりを目くらましに使うわけでもない。叫んではいるが、威嚇というよりも苛立ってるようにしか見えんし、眼には冷静さが・・・いや、眼かッ!? 奴の行動と眼の色が一致していないぞッ!!)
ホブは誰が見ても荒ぶっているようにしか見えず、冷静さを欠いていると判断できる。しかし、その眼は怒りで我を失っている者の眼ではなく、冷静にガドを見据え策を練り上げているように感じられる。知性。そう、知性が感じられる眼をしているのだ。
(やはり苛立ち雑な動きはフェイントか! では何が奴の狙いだ? 俺が襲いかかるのを待っている? それとも単なる時間稼ぎか?)
ガドはサッと周囲を見回す。治癒姫たちは優勢、ネーキストは拮抗、他の仲間はやや劣勢。
(魔王であるキングさえ討てれば強化魔法も解けるためこちらの勝ち。ならば、治癒姫様たちが押している以上、時間はこっちに有利でもやつには不利なはず・・・いや、それは違うか。こっちが一人でもやられれば形勢は傾くな)
そして、ガドのもう一つの不安材料は、自分を何段階も上に押し上げてくれているティーチの魔法だ。ティーチは魔法使いとはいえ、冒険者としては新人。魔力量の把握や、分配がどれだけ上手くできているかには不安が残る。特に、これだけ質の良い身体強化魔法なのだから、消費する魔力も相当なものだろう。治癒姫たちはそのあたりは問題ないだろうが、もしティーチの魔法が切れれば一気に不利になってしまう。
時間はお互いに利があり不利がある。よって、時間稼ぎの線は薄いと結論付けられる。
(ならば、やつの作戦にハマってみた方がいいか? 乱戦で奥の手を使われるよりも、来るとわかっていた方が対処できるというものだ)
キングが健在であれば、強化魔法を他のホブゴブリンにかけることで魔将軍を即座に復活させることはできる。だが、新しく魔将軍になるホブは練度も装備も前任の魔将軍よりも劣り、なおかつ魔法をかけ直す隙が生まれる。多少の危険はあるものの、ここで一体でも討ち取れれば戦況はほぼ決する。ティーチがかけた強化魔法の強さもあいまって、ガドはここを正念場にする覚悟を決めた。
体内にある魔力を身体強化魔法にあてがい、ゆっくりと循環させてゆく。
一つ、大きく深呼吸しガドは意識を研ぎ澄ます。深く深く意識を集中させ、少ない魔力をより効率的に力に還元してゆく。
準備は整った。後は、ホブの策もろとも切り伏せ、この戦いの幕を閉じるのみ。
大剣を脇に構え、腰をおろし重心を下げていく。普段は正眼に構えるが、ティーチと自分の強化魔法で身体能力が底上げされている今なら、巨大な大剣であろうとも片手剣の如く扱うことができる。
「いくぞッ!! 貴様の策ごと食い破ってやろうッ!!」
強化を重ねたガドは、小さな爆発でも起こしたように土を舞い上がらせ突き進む。踏み込みは鋭く、あまりの初動の疾さにガドの姿が掻き消えたように錯覚させられるほどだ。
この疾さをもってしても、ホブはギリギリ対処してくるだろう。だが、ガドはその防御ごと叩き潰すつもりだ。
ニチャァア。
圧倒的ともいえるガドの突撃を目にし、ホブはあろうことか嗤った。怯えから引き攣った笑みではなく、己が描いたとおりに物事が進んだ者が浮かべる顔だ。
次の瞬間、ガドめがけ大量の矢が襲いかかってきた。周囲にいたゴブリンどもが、準備していたのだろう。ちょうどガドがホブと激突するであろう地点に、矢が密集するよう放たれている。
(矢だと? こんな攻撃が効くとでも思っているのか? めくらましか?)
ティーチの強化魔法により防御力が大幅に上がっているガドは、襲い掛かる矢を避ける必要すらない。よく見れば矢じりに何か塗ってあるようだが、毒矢であろうとも魔法による防御で飛沫さえ肌に触れることは無い。
(目くらましなら、次に何が来る? 上に視線を誘導させ足元からの奇襲か?)
効くはずのない弓矢での攻撃を視線の誘導だとすると、注意が散漫になる足元に本命があるのが常だ。しかし、ここは先ほどからホブと戦っていた場所。奇襲するために隠れ潜む場所も、落とし穴も存在しない。足元への攻撃ならば、ホブの攻撃以外はないだろう。
高速に思考するガドだが、ホブの狙いが読み切れない。
(難しく考えるな。下段の攻撃に備え、やつの挙動に注意しておけば問題ないはずだ)
周囲にガドへ攻撃を加えられる者は、目の前のホブだけだ。ならば意識を散漫させるよりも、ホブに集中したほうが得策だ。
ホブも剣を構え、今までよりも一撃に集中している様子がわかる。何らかの奥の手を使うここが勝負の山場だと感じているのだろう。
ホブに意識を集中し矢の攻撃を無視しながら突き進むガドは、ホブと激突する瞬間、視界に眼を目掛け飛来する矢を捉えた。
それはなんてことない、いつも通りの感覚だった。ガドは反射的に矢を避けようとしてしまったのだ。
「ッッッ!!?? そういうことかッ!!!」
ギリギリ、本当に寸でのところで、ガドは反射的に動こうとする意志をねじ伏せ、眼に飛び込んでくる矢を無視する。長年培ってきた冒険者としての経験があればこそ、反射神経すら抑え込むことができた。
今のガドは、矢を避ける必要がない。ティーチによる身体強化の魔法があれば、たとえ柔らかな眼であろうとも強靭な防御で護られているためだ。
一挙一動ですらミスの許されない極限の勝負において、矢を避け攻撃のタイミングを遅らせることがどれだけ致命傷になるかは、ガドは己の経験を持って深く理解している。
魔法使いによる強化魔法など受けたことのないガドは、普段通りに矢を避けようとしてしまった。そんな隙ともいえぬ僅かな挙動であろうとも、同じく強化魔法によって底上げされているホブならば見逃さず攻撃してきたことだろう。まして、この意味のない攻撃がそうなるように導かれているのだからなおさらだ。
「見破ったぞッ! これで終わりだホブゴブリンッッ!!!」
矢を無視し突っ込むガドに、ホブは渋面をつくり迎え撃つように剣を振るう。
(やはりこれが狙いだったか!! この勝負もらったぞ!!!)
ホブの繰り出す攻撃は、矢が眼に当たるタイミングで振るわれる鋭い一撃だ。ガドの片目は矢によって一瞬途切れるが、片目さえ視界が残っていれば問題ない。
そして、ガドの眼に矢がぶつかり、矢じりに括り付けられていた毒袋ごとはじき返した。毒袋に入っている液体は少量ではあるが、ガドの視界を遮る程度には飛沫が舞った。
「なっ!?」
視界が毒で覆われる寸前に目にしたホブゴブリンの顔は、渋面ではなく勝ちを確信した狡猾な笑みだった。
(これが狙いだったのかッ!!!)
弓矢による意味のない攻撃だと思わせておき、その実、眼を狙った致命的な攻撃を織り交ぜることで反射的に避けるよう促す。避ければその隙を突き確実にダメージを与え、避けなければ視界を奪い致命傷を負わせる。
見事に、完璧に、予定調和の如く魔将軍の策は嵌ってしまった。それも必勝のパターンであろう、この近距離で視界を奪ったのだから。
「う、うぅォぉぉオオおおおオおおオオオッッ!!!」
しかし、ガドは諦めることをしない。
炎龍の牙は、数え切れないほどの修羅場を経験しシルバー級へと成ったのだ。幾度となく死の淵にたち、乗り越えてきたからこそ今がある。どんなに泥臭くとも、ロストの悪あがきと馬鹿にされる剣術だろうと、生き残るためにどん欲に学んできた。
諦めたやつから死んでいくことを知っているからこそ、ガドは最後まで足掻き続ける。
弱者の証と揶揄される剣術の経験が、視界を毒で覆われる前に眼にした剣の軌道を予測してくれる。
(剣の軌道は首筋。だが、正確に撃ち返さなければ押し切られる・・・か。博打を打つには悪すぎる)
泥にまみれようとも生にしがみついた経験が、活路は後ろではなく前にあると教えてくれる。
(ならば倒れ込むのみ!! 奴の剣が先か、俺がそれを掻い潜るのが先か、勝負と行こうかッ!!)
ガドは眼前に舞う毒の飛沫に自らぶつかるように前へ踏み出し、倒れ込む。
キンッ―――
次の瞬間、ホブの剣が振るわれガドの髪が数本宙を舞った。
「ガギャッ!?」
必勝の確信を持って振るわれた剣が空振り、驚愕し叫ぶ魔将軍ホブゴブリン。剣を振るいがら空きになった隙だらけの胴体を、ガドが見逃すはずがなかった。
「残念だったな。賭けは俺の勝ちだッ!!」
倒れ込んだ姿勢から起き上がる反動を利用し、強化魔法がかけられたはずのホブですら霞む疾さでもって斬り上げる。
「ギギャ―――」
断末魔すら発する暇もなく、ホブゴブリンの胴体は切断された。呼吸を整えるころには、ガドを窮地に追いやったうっとおしく降り注ぐ毒矢の雨も止んでいた。
「なんとか勝てた・・・か。魔将軍であるホブがここまで厄介だったとはな」
野良のホブやゴブリンのリーダーとしてのホブとは何度か戦ったことがあったが、ここまで苦戦することは無かった。野良一匹程度であれば、やれることは限られる。今回のように大勢のホブにキングという知恵と力を手にすると、ありえないほど強化されるようだ。ゴブリンは単体では弱い生き物だが、集団になると急速に知恵をつけ何倍も強くなる魔物ということを、再認識させられる。
「落ち着く暇はなし。加勢し、一気にケリを付けるぞッ!!」
ホブは厄介な魔物であるが、それはあくまで一対一での場合だ。治癒姫たちに加勢し数の利も奪えれば、キングもすぐに討てるだろう。
「がぁあああ!!」
ホブを倒した流れのまま一気にキングを畳み込もうとしたガドだが、メンバーの叫び声を聞き足を止める。
「すまねぇ!! ミスった! 止めれそうにねぇッ!!!」
叫び声のしたほうを見れば、仲間の一人であるチェイスが利き手を深く怪我し、盾で必死にホブを抑えている様が見えた。戦局は圧倒的に不利で、いつホブの攻撃が盾をすり抜けてもおかしくない状態だ。
しかし、不利な状況はそれだけではない。他の仲間たちもチェイスほど致命傷は負っていないものの、少なくない血を流している。唯一対抗できているのは、サブリーダーのネーキストだけだ。
「ックソ!!」
ガドは治癒姫たちのほうへ向けていた身体を反転し、仲間たちのほうへ駆け出す。キングを倒せば終わりの戦いだが、ガドが加勢しキングを討つよりも、仲間たちの拮抗が破られるほうが先だと判断したためだ。
こうして、戦況はより混沌としたものへと変わってゆく。




