第15話:嫉妬とレベルアップ その4
自分ばかり嫉妬してるのが気に食わないのか、俺にも同じ思いをさせようとしてるんだろうけど――
「それに私も初めての表紙だから、ちょっと頑張って脚とか結構出しちゃったりしてるしぃ……やっぱり、男の人だとそういうところに目がいっちゃうよね~……」
させるの下手か?
「まだ見てないけど中はもっと過激だったりして……それも全部、日本中の色んな人に見られちゃうんだよね~……」
いや、女子向けのファッション誌にそんな過激なもんは載らないだろ……。
と、心の中ではツッコミを入れつつも口には出さない。
せめてもう少し自然に嫉妬させてほしいが、ここは乗っかってあげるべきなんだろう。
「……なら、せめて他の人に見られる前に俺が先に見てもいい?」
「え~……見たいの~……? どうしよっかな~……」
「そっかー……じゃあ、俺も後で読者の一人として見ることになるのか~……それは残念だなぁ……」
なんだこの茶番は……と思いながらも続けていく。
「も~……そこまで言うなら仕方ないなぁ~……」
残念な感情を演出すると、機嫌良さそうにページが捲られた。
開かれた巻頭の特集には、表紙の女子モデルたちのスポーティな夏コーデが数ページに渡って掲載されている。
女子のファッションそのものには興味がないので、自然と視線は光に吸い寄せられる。
「……どう?」
俺の感情を探るように聞かれる。
プロの手によってコーディネートされた服装と、それに合わせてメイクやスタイリングもされている好きな人の姿。
正直言ってめちゃくちゃ可愛いし、綺麗だし、似合っていると思う。
褒める言葉なんて名前の付いた部位と同じ数だけ存在している。
けれど、それ真っ向から言えるだけの『度胸』のステータスは今の俺に備わっていない。
実行するには『ライオンハート』とまでは言わないが、『筋金入り』くらいは欲しい。
そう考えて、いつものように無難な言葉で濁そうとするが――
『悩むのは構わんけど、それが光の好意にめっちゃ甘えてるのは忘れたらあかんで?』
ふと、緒方さんの言葉が頭をよぎった。
これだけお膳立てされた状況。
そこでまだ甘える奴が、対等を目指すなんて言えるわけがないよな……。
「その……かわ、いい……んじゃない……かな?」
今持てる精一杯の度胸を振り絞って、攻撃を放った。
「具体的にどういうところが……?」
なんなく凌がれて、反撃される。
「……全体的に?」
「も~……それ、全然具体的じゃないじゃん」
コロコロと笑いながら言われる。
当初の予定とは少し違ったが、多少の効果はあったようだ。
「じゃあ、次のページはどうかな~……」
光の白くて細長い指が、色鮮やかに印刷された紙を捲る。
次のページも同じように、女子モデルたちがまた違うファッションで並んでいた。
見開いて左側のページの上段に光の姿を発見する。
眩い笑顔を浮かべて、カメラに向かってピースしている。
やっぱりとんでもなく可愛いな……と思いながら、続けて彼女の服装へと意識を向ける。
タンクトップの上に薄手の上着を羽織っただけのコーディネート。
過激……という程ではないけど、少し露出が多くないか……と思ってしまう。
上着は着崩しているから肩は丸出しだし、首元もがら空きで素肌は胸元にまで差し掛かろうとしている。
服装の特性上、上半身のラインというか膨らみも明瞭だ。
女子はともかく、男が見れば邪な気持ちを抱いてもおかしくない。
……と、いつの間にか自分がしっかりと嫉妬心を抱いてることに気がつく。
「ん~……どうしたのかな~……?」
俺が自分の写真を凝視しているのに気がついたのか、光が意地の悪そうな笑みを浮かべながら顔を覗き込んでくる。
「別に、最近の印刷技術は発色が鮮やかですごいなー……って」
「ほんとにそれだけ~……?」
「それだけ。モデルの仕事をしてるのは知ってたし……今更何も……」
俺が敗北を認めなければ敗北じゃない。
余裕を装いつつ、机上の雑誌をパラパラと自分で捲っていく。
ページを捲る度に、異なる服を着た光の姿が目の前に現れる。
「ふ~ん……じゃあ、水着の仕事も打診されてたの受けよっかな~……」
「えっ!? み、水着!?」
それは流石に何か嫌だ。
と慌てて顔を上げると、光はニタァっと悪戯な笑みを浮かべていた。
「ん~? どうしたの~? そんなに慌てちゃって~……」
その顔を見て、以前に同じようなことをされたのを思い出した。
やっぱり、兄妹だ。
「さーて、ゲームやるかー……」
「あ~……ごめんってばぁ、怒んないでよぉ~……!」
立ち上がろうとすると、服の裾を掴んで止められる。
「うそうそ、嘘だから……私、水着はちゃんとNG出してるから安心して?」
「安心って……別に俺は――」
「ほらほら、もっといっぱい見せてあげるから機嫌直して? ねっ?」
慌て気味に謝罪の言葉を重ねる光。
ここで張り合ったところで益体もないなと、もう一度ベッドに腰を落とす。
「えっと……これが今年の春ので……こっちは去年の夏のだったかな~……」
鞄の中から、別の雑誌が次々と取り出されていく。
ナナティーン以外にも、色んな雑誌で中学時代から合わせて数年分の量を二人で肩を並べて読む。
春夏秋冬――季節に合わせて様々な服を纏った光の姿が目の前に現れていく。
その全てが、紙面越しでも普段と変わらない輝きを放っている。
そんな全国区で人気者の彼女に対して、不安や嫉妬は確かにある。
けれど、一番大きな感情はどこまでいっても『畏敬』だった。
本業のテニスがすごいのは知っていたけれど、副業のモデルでもこれだけ実績があるのは改めて驚かされた。
自分が必死に這い上がっている高峰を、生まれ持った巨大な翼でひとっ飛びされているような気分にもなる。
この先、自分は彼女の一冊分に相当する実績を積み上げられるだろうか。
堂々と隣にいたい。
ただ、それだけの望みが途方もなく悠遠な目標にさえ思えてくる。
そんなことを考えながら漫然と雑誌を眺めていると――
「……ん?」
光の全身写真が載っている隣のページに、あるものを見つけた。
「これって……桜宮さん?」
ストリートスナップのコーナーに、街で見かけたオシャレ女子としてクラスメイトの桜宮京の姿があった。





