第132話:プチ同棲 その4
「どったの? ぼーっとして」
入口で呆然と立ち尽くしていると、光が心配そうに顔を覗き込んでくる。
「い、いや……なん、でも……ないけど……」
幸福感に浸っていたとは言いづらく、途切れ途切れの言葉でなんとか誤魔化す。
「ふ~ん……なら早く入りなよ」
……と言いながら、じっと俺の顔を見たままでいる光。
この距離で顔を見つめるのは別に初めてのことじゃない。
なんなら、もっと間近で何度も唇を重ねたことだってある。
なのに……なんで……どうして……。
こんなに可愛く見えてしまうんだ……!?
いや、そりゃ光は元からすごく可愛い。
それだけで好きになったのかと思わせたりするかもしれないから本人に直接は言いづらいけど、顔だけでも超絶に爆裂に可愛い。
アイドルや本職モデルの女子と並んでも遜色がないどころか逆に食ってしまうレベルで整ってて、そこに親しみやすさ全開の所作が加われば一目惚れしない男はいないと言っても過言じゃない。
だから、見た目が可愛いなんてのはごく当たり前の朝日光を語るに当たっての大前提ともいえる情報なわけなんだが……。
「おーい。早く上がりなよ~」
今日はなんで、それに輪をかけて可愛く見えてしまうんだ……!?
今、世界で一番可愛い女子が俺の眼の前にいると言っても過言じゃない。
本当に、それくらい可愛く見える。
「あ、ああ……うん……上がる上がる……」
「変なの」
クスクスと笑っている光の前で、靴を脱いで部屋へと上がる。
心臓がずっとバクバクしているのが止まらない。
まさか、これがキーワード能力『同棲』の効果なのか?
元からほとんど最大値と言っていい究極的な可愛さ値がオーバーフローして、俺の身体に重大なバグを引き起こしているのかもしれない。
「そういえば、ご飯は食べてきた?」
「いや、まだだけど……」
「じゃあ、ご飯にする。あー、それとも疲れてるなら先にお風呂かな?」
ドッタンバッタン大騒ぎしている俺の内面なんて知る由もなく、新婚夫婦コメディの定型文のような言葉を紡いでいる光。
「それとも~……」
ま、まずい……!
今、俺の頭が完全に《《仕上がって》》しまっている。
こんな状態では、『それとも……わ・た・し?』なんて古典的な誘惑でさえ痛恨の一撃になりかねない。
「ご飯! ご飯にしよう!」
先んじて、向こうの攻め手を潰す。
「ご飯? ゲームじゃなくていいの?」
「げ、げぇむ……? あっ、そっちね……ゲーム、ゲーム……」
「そっちって? 他に何かあったっけ?」
「い、いやなんでもない! ご飯にしよう! 光もまだ食べてないんじゃないの?」
「うん、黎也くんが帰ってくるの待ってたから実はペコペコなんだよね」
墓穴を掘ってしまった自傷ダメージを光の笑顔で回復しながら部屋着に着替える。
キッチンに戻ると、エプロンを着けた光が冷蔵庫から食材を出しているところだった。
「食材、買ってきてくれてたんだ」
「うん、とりあえず今日と明日の分だけだけどね。今日は豚肉が安かったからいっぱい買っちゃった」
「豚肉か……じゃあ、生姜焼きにする?」
「それは良き提案! じゃあ、豚肉を~……」
冷蔵庫から豚肉を取り出している光。
……なんか、今の会話めっちゃ同棲っぽかったな。
そんなことを思いながら、二人で一緒に少し遅めの夕食作りに取り掛かる。
「生姜焼きのタレって、このくらいの味付けでいい? 薄いかな?」
「どれどれ……俺はこのくらいが好きかも。生姜の風味もしっかり感じられるし」
「じゃあ、これでいこっと! 次は~……」
「あっ、野菜は俺が切るから光は火の方を見といて」
「りょうか~い!」
二人で調理するには少し手狭なワンルームマンションのキッチン。
本当なら一人でやった方が効率が良いのかもしれない。
けれど、二人で一緒に何かするという行為にお互いがすごく価値を感じていた。
そうして三十分程で、料理が完成する。
「盛り付けて~……出来た! 運ぶからテーブル用意して~」
「了解。おっと……コントローラーのコードが……」
折りたたみテーブルを広げて、二人の共同作業の成果を並べていく。
茶碗に移したパックご飯に、メインとなる自家製タレを使った豚の生姜焼き。
そこにシンプルな温野菜サラダと味噌汁。
すごく豪勢な料理……とは言えないけど、俺の目にはどんな料理よりも輝いて見える。
だから、二人であっという間に食べ尽くしてしまった。
「ごちそうさま~。美味しいからちょっと食べすぎたかも……お腹いっぱい……」
「俺も……」
小さなテーブルを挟みながら互いに膨らんだ腹を擦る。
紆余曲折あったけど、こうして何気ないことで笑い会えるのが元の日常が戻ってきたのを一番実感できたかもしれない。
「お風呂、どうする?」
「あー……俺が先に入ろうか? 多分、続きをやりたいだろうし」
「あっ、バレた?」
俺の気を利かせた返答に、光がバツの悪そうな笑みを浮かべる。
さっき、コントローラーがベッドの上に置きっぱなしになっていた。
俺が帰ってくるまで、かなり熱中してプレイしていたのは明らかだ。
「じゃあ、先に入ってるからやってていいよ」
「ありがと。向こうだとガッツリできなかったからゲーム欲がもうパンッパンに膨らんじゃってて……よーし、やるぞー!」
腕まくりをしながらコントローラーを取った光に苦笑しながら浴室へと向かう。
後は光のプレイでも見て、日付が変わる前に寝るかな。
頭から温水を浴びながら呑気にそんなことを考えていた俺は、後に大きな衝撃を受けることになる。
「お上がりなさ~い。ちょっと早いかもしれないけどお布団準備しといたよ」
タオルで頭を拭きながら部屋に戻ると、コントローラーを手にした光が言った。
「ありが……ん?」
俺の疲労を察して、そこまでしてくれてるなんて本当に最高の彼女だ。
そんな惚気思考がよぎったのも束の間、おかしなことに気がつく。
いつも布団を敷いてある場所には、カーペットしか見えない。
今、『お布団準備した』って言ったよな……?
コントローラーを両手に握りながら、ニコニコと笑顔を浮かべている光。
その姿を通り過ぎて、ベットの方へと視線を移す。
そこには、これ見よがしに二つの枕が並べられていた。
新作を二作投稿したので良ければそちらも読んでみてください。
『Re:二度目の青春でやるべきたった一つのこと ~高校時代にタイムリープした俺は未来の知識で隠れた才能を持つ同級生たちをプロデュースする~』
https://book1.adouzi.eu.org/n2476lm/
『白河真白は清く気高く、そして淫らである』
https://book1.adouzi.eu.org/n2467lm/





