第131話:プチ同棲 その3
「一線……?」
「だから……お前と朝日さんが遂にシたんじゃないかって……」
修が更に声を低くて、神妙な面持ちで二の句を告げる。
「し……いや、いやいやいや……! ない! ないから!」
思いもよらなかった言葉に、手と首を全力で降って否定する。
「まじか!? 嘘ついてないよな!?」
「ついてないついてない! むしろ、なんでそんな噂になってるのか全く分からないくらいなんだけど……」
確かに今朝は一緒に登校してきて、ちょっとした騒動を引き起こした。
けど、あの場はあれでなんとか乗り切ったはずがどうしてそんな話に……。
てか、さっき日野さんが言ってた自分では言いたくない噂ってこれのことか……。
「それはお前……今朝から朝日さんが尋常じゃないくらい浮かれてるから『あれは帰国の勢いで遂に一線超えたな』って噂になってんだよ……」
「あぁ……なるほど……」
「なるほどってことは何か心当たりはあんのか?」
「いや、ないないない! ひ、久しぶりの日本に帰ってきたから嬉しいだけじゃない?」
追求の視線を向けてきた修に、もう一度手を首を振って否定する。
俺と光がその一線を超えていないことは俺が一番よく知っている。
ただ、当たらずとも遠からず。
傍から見ても分かるくらいに浮かれている原因があれにあるのは明らかだ。
「まあ、そうか……久しぶりに帰ってきて、友達とか黎也に会えて嬉しいだろうしな」
「そうそう、だから舞い上がってるだけで……」
舞い上がりすぎて、その日に俺の家に一週間も転がり込むことになったのは言えない。
「じゃあ、噂は所詮ただの噂ってことか……すまん! 早合点して!」
「べ、別に謝るほどのことじゃ……」
「いやぁ……まじで先を越されたかと思って焦ったわ……」
「ははは……」
安堵の息を吐き出してる修に苦笑いする。
後は俺の準備だけで、する約束自体はしてるなんて尚更言えないな……と考えている間に、昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴る。。
「んじゃまた、作戦会議も兼ねてダブルデートでもしようぜ!」
予鈴に合わせて教室に入ってきた先生と入れ替わる形で、修はそう言い残して去っていった。
まさかそんな噂が広まってるなんて……。
授業の準備をしながら前列の光を一瞥する。
彼女の耳にはまだ届いていないのか、あるいは気にしていないのか。
普段通りに隣の日野さんと何か話している姿が見えた。
そんなこんなでその日の学業は終わり、放課後を迎えた。
放課後は光と二人で帰路につき、約一ヶ月半ぶりの楽しい放課後デート……といきたいところだったが、残念ながら今日はバイトの日。
まさか一週間限定の同棲生活が始まるとは思っていなかったので、今週は多めにシフトを入れてしまっていた。
依千流さんに事情を説明すれば融通を利かせてくれるかもしれないが、流石にそこまで迷惑はかけれない。
それに光の方もメディアからのインタビュー等々の予定が山積みになっているらしく、今日はクラブの方へと向かわないといけないらしい。
というわけで今日は一度学校で別れて、個々で帰宅するという味気のない同棲生活一日目となってしまった。
***
「もうこんな時間か……いつもより遅くなったな……」
バイトを終え、自宅マンションの階段を登りながら独り言つ。
スマホで時間を確認すると、時刻はもう九時に差し掛かろうとしていた。
依千流さんがスープ鍋をひっくり返すという大やらかしをしてしまったせいで、掃除に随分と時間がかかってしまった。
「光は多分もう帰ってきてるよな……」
扉の前に立ち、カバンから鍵を取り出しながら部屋の様子を伺う。
暗い廊下に、扉の隙間から僅かに光が漏れ出ている。
こんなに遅くなったし、もう先にご飯を食べてしまっただろうか。
せっかくの同居生活が、初日から微妙にズレてしまった。
玄関の鍵を開けると、向こうも気づいたのか部屋の中からバタバタと音が響いてくる。
靴を脱いで、土間から室内へと上がったところで――
「おかえりー!!」
間仕切りを開けて、満面の笑みを浮かべた光が現れた。
瞬間、心の中にこれまで感じたのことない暖かさが生まれる。
「た、ただいま……」
返事を口にすると、それは更に大きくなって全身を包みこんだ。
『おかえり』と『ただいま』
なんてことはない普通のやり取りが、まるで太陽のような煌めきを放っている。
「どうかしたの?」
「い、いや……なんでも……」
部屋の方で不思議そうに首を傾げている光から目線を逸らして口元を隠す。
やばい……ニヤけが止まらない……。
同棲って……めちゃくちゃいい……。
新作を二作投稿したので良ければそちらも読んでみてください。
『Re:二度目の青春でやるべきたった一つのこと ~高校時代にタイムリープした俺は未来の知識で隠れた才能を持つ同級生たちをプロデュースする~』
https://book1.adouzi.eu.org/n2476lm/
『白河真白は清く気高く、そして淫らである』
https://book1.adouzi.eu.org/n2467lm/





