ハイディの告白(2)
眠りから目覚めたアーベルたちは青い顔をしていた。でもハイディが『皆さまお疲れだったのですね。大丈夫ですわ、眠っていたのはほんの短い間ですもの。私が門を見張っていましたわ。何も異常ありませんでした』と言うと皆安堵の顔をした。パルミロが言った通りなかったことにするみたいだった。
「そうだよな。こんな短い時間に何かあるわけがない」
「ああ。それに森の内部は巡回の騎士がいる。大丈夫だ」
みんな無理矢理納得したようだった。しかし突然寝てしまった不自然さは拭えない。アーベルは何度もしつこくハイディに何も異常はなかったかと聞きハイディの作るお菓子を警戒した。次第に二人は口論が多くなっていった。パルミロはあれから姿を現さなくなった。どこに消えてしまったのか連絡もない。パルミロに貰ったお茶も切れてしまった。そのこともハイディのイライラに拍車をかけた。
ついにハイディは家を飛び出した。パルミロから連絡があったわけではない。でも王都に行けばパルミロに会えるかもしれない。そう思い王都を目指した。
王都で安宿に泊まりながら数週間、ついに冬の初めにパルミロを見つけた。急いで駆け寄るとパルミロは驚いたようだった。
「どうして連絡をくれなかったの?どこへ行っていたの?私はいつあなたと一緒になれるの?」
ハイディが詰ってもパルミロは苦笑を浮かべながら言った。
「君と一緒になるために準備が必要だったんだよ。でも驚いた、旦那さんはどうしたの?」
ハイディが家を飛び出してきたことを話すとパルミロは暫く思案した後小さい声で呟いた。
「まあいいか。もうこいつも怪しまれているだろうし潮時かな……」
そうしてハイディに向かって言った。
「子猫ちゃん、私の家へおいで。そこで待っていれば私が遠いところに連れ出してあげる。ソルドーの港から船に乗ろう。新天地が待っているよ」
ハイディはパルミロの屋敷に連れていかれた。前行ったところとは別の屋敷だ。そして地下室に入れられた。アーベルやハイディの実家から逃れるために地下室に隠れている必要があると説明された。
だけどパルミロはその後一度も来てくれなかった。常にパルミロに付き従っていた目つきの悪い大男が食事を運んでくるだけだ。そしてある日を境にその男も姿を見せなくなった。
地下室に入るときにウォンドも取り上げられていて地下室から脱出する術もなく数日は泣いたり喚いたり助けを呼んだりした。そのうちにその気力も無くなり自らが作り出すことができるわずかな水を頼りにハイディは生きていた。そうして騎士に発見されたのだった。
すべて話し終わったハイディ様はぐったりしていた。
お医者様が薬湯を飲ませる。
「今ならわかります。私は罪を犯しました。牢に収監してください。でも夫は、アーベルは何も知らなかったのです。アーベルとは離婚します。ですから咎が無いようにお願いします」
ハイディ様は私から目を上げ後ろの人々に気が付いたようにジークに向かって言った。
「今はゆっくり休んで体力の回復に努めてくれ」
ジークは具体的な回答を避けた。騎士たちは報告義務を怠った。お咎め無しというわけにはいかないのは私でも分かる。
私はハイディ様とトーマスのことを思い胸が痛かった。
でも私が口を出せる問題ではない。
「ハイディ様が生きていて良かったです。そのことだけでもトーマスは喜ぶと思います。一日も早く元気になって下さい」
そう言って病室を後にした。
ハイディ様の証言で様々な事がわかった。
これは後日判明したことだがソルドーの港に停泊していた隣国ヘーゲル王国籍の船が怪しいとの情報を得た。
ヴェルヴァルム王国は今では数か国と国交をし貿易もしている。その為の商船は国内の数カ所の港に出入りをしているが当然厳重に管理されている。
問題の商船は我が国の許可証を持っていた。ヘーゲル王国の王弟殿下の推薦状により許可が下りた商船だ。その商船に深夜人目を憚るように何かを持ち込んでいる姿が目撃されている。人が一人すっぽり入るくらいの大きな箱だ。目撃されたのは昨年の春。しかし港を管理する役所は腰を上げなかった。賄賂でも掴まされていたのかは調査中だ。
その商船は半月ほど前に急いで出港していったらしい。
それから竜の森に何者かが侵入したこと。
ジークとエル兄様は竜との契約時に森に入った時にその可能性に気が付いていたらしい。
目的はまだわからない。昨年掴まったジャンたちのように密猟が目的だったのか?でも不自然な竜の死骸などは発見されていない。
竜の森は手つかずの自然の森であるが放置をしているわけではない。空からは竜騎士が、地上からは王国騎士団と五つの門がある四つの領地(学院の門は除く)の領騎士団が巡回見回りをして異常がないか監視している。広大な竜の森なので隅々までは手が回らないが竜の森の中に馬で廻れるような街道もあり小屋も点在している。
それから今回の調査でウルプル伯爵の不正が発覚した。いえ、昨年の調査であらかた発覚していた。
賭博や浪費で借金が多かったウルプル伯爵家は国から支給される竜の森管理の補助金にも手を付けていた。その為何の経験もない素人を低賃金で雇って名前を載せていただけで巡回などの業務はまるでしていなかった。昨年ジャンの事件が起こり管理不行き届きとして罰金刑と行政指導が入ることになった。
ウルプル伯爵は急ぎ体裁を整えた。その時雇い入れた者たちはパルミロに紹介された者たちだった。見た目は統制の取れた動きをして騎士のような者たちを雇い入れることが出来てウルプル伯爵は大喜びであったらしい。しかも給金はパルミロが払うからいらないという。ウルプル伯爵一家はパルミロに完全に懐柔されていた。事件が発覚してウルプル伯領に調査の手が入った時、雇い入れたはずの騎士たちは誰一人残っていなかった。皆煙のように消え失せていた。
アンゲリカの起こした事件もありウルプル伯爵は爵位没収の上鉱山送りとなった。夫人、アンゲリカもである。しかしまだ事件の全容はつかめていないので今は王宮の牢屋に収監中である。もっともアンゲリカを始め三人とも未だに反省の色も見えないので相当長い年月送られることになるだろうとジークが言っていた。フィル兄様はアンゲリカが私の悪口を言うのを聞いていたらしく極刑でもいいと怒っていた。
ハイディ様の夫のアーベル様以下三名の騎士は除名を免れた。しかし訓練生に落とされ給金も半額になった。ただアーベル様は除隊した。自分の妻が事件を起こしたので責任を取りたいと言っていたそうだ。 ハイディ様は薬で操られていた被害者でもあり犯罪に加担した加害者でもある。殊勝な態度でもあり反省の色も見えるので体力回復後数年の懲役刑になりそうだ。
トーマスから手紙を貰った。王国に仇名す行為を姉がしてしまったお詫びとそれでも生きて見つかり、本来のハイディ様の姿を取り戻したことに対する喜びが綴られていた。刑期を終えて帰ってきたら家族みんなで支えるとつもりだと書いてあった。
パルミロの正体については謎のままである。
一番有力なのはトシュタイン王国の手の者だという線だが決めつけてしまう危険性もある。ヴェルヴァルム王国以外の国は全て魔力が衰退しており魔力豊富な貴族女性はどの国も喉から手が出るほど欲しい存在だ。国交のある国からは王族に迎え入れたいと度々婚姻の申し入れがある。公爵や侯爵令嬢だけでなく伯爵や子爵令嬢でも魔力が多ければ申し入れがある。国としては申し込まれた令嬢が余程望まない限り許可は出さないが。
同様に竜も素材として優良な存在だ。闇で高額で取引されている。
今回怪しい商船はヘーゲル王国のものだったそうだがヘーゲル王国が怪しいと決めつけるのも早計だ。ヘーゲル王国に使者を遣わして内情を探る必要がある。ということになったらしい。
わからないことだらけだがわかったこともありパルミロの事件は一応の収束を迎えた。




