三年生(3)
パルミロの部下に突き飛ばされてアンゲリカは倒れた。
土や下草が頬や腕を擦る。それでもアンゲリカはパルミロを追おうとした。しかし顔を上げた時パルミロの姿は見えなくなっていた。
「あいつのせいだ……あの女のせいだ……あの女が邪魔をした……」
アンゲリカは立ち上がるとブツブツと呪詛をまき散らす。ゆっくりとウォンドを取り出した。狙いを憎いあの女に定める。あの女は空を見上げていた。
自身の最大の魔力を込めてアンゲリカはヴィヴィに向かって光線を放った。
マリアはパルミロの部下に倒されたところを騎士に助けられた。手を借りて立ち上がる。衝撃で眼鏡が吹っ飛んでしまっていた。騎士がポカンとした顔でマリアを見つめている。
苦笑しながらふとアンゲリカを見る。
アンゲリカがウォンドを構えるのが見えた。その先にいるのはヴィヴィ。
考えるまでもなかった。マリアは走ってヴィヴィを抱きしめた。
直後に何かが光った。
「いや!いやーー!おかあさん!!」
泣き叫ぶヴィヴィを抱き留めながらジークが指示を飛ばす。
「その女を捕えろ!マリアに応急処置を!」
ジークの指示が飛ぶ前にアンゲリカは騎士によってウォンドを取り上げられ後ろ手に拘束されていた。
もう一人の騎士がマリアに駆け寄り応急処置を施そうとする。
ジークはマリアに縋りつこうとするヴィヴィを必死で止めていた。
マリアは俯せに倒れている。
アンゲリカの放った光線は背中に当たった筈だ。
マリアに駆け寄った騎士から戸惑ったような声が聞こえた。
「殿下……傷が……見当たりません」
マリアは倒れている。確かに光線が当たったのをジークは見た。そして辺りが白く光って……
ジークも駆け寄ってみるが衣服に穴さえ開いていなかった。
「どういうことだ?」
衣服に焦げや破れは見られないが内臓が損傷しているかもしれない。
マリアは学院の医務室に運び込まれた。
ジークが医師に説明する。
医師は難しい顔をした。
「とりあえず診察します。殿下や他の方々は廊下でお待ちください」
廊下で青い顔をしたヴィヴィを抱きしめるが大した時間も待たず医師はすぐに顔を出した。
「殿下は中へ——」
「私も入れてください!」
ヴィヴィがすかさず言った。ヴィヴィと一緒に中に入る。マリアは俯せに寝かされていた。
「彼女は怪我をしておりません。ショックで気を失っているだけです」
え?ジークは耳を疑った。
「多分光線は当たらずすんでのところで逸れたのでしょう」
いや、僕はこの目でしっかり見た。ジークが反論する前に医師は言葉を続けた。
「それより気になる事があります。本当は女性の肌を見せるのは気が引けますが……これを見ていただきたい」
医師が他の個所が見えないように注意してマリアの背中だけを服を捲って見せた。
「これ……は……」
「さよう、私には封印の印に見えます。どこの家の紋かはわかりませんが」
「そ……ん……な……」
ジークはショックを受けていた。まさか……そんな……でもそう考えればつじつまが合う。光線が当たったのに傷一つない身体。当たった時の白い光。見覚えのある紋章……
ヴィヴィもまたショックを受けていた。
おかあさんの身体に封印の印。おかあさんには魔力があった……
遠い昔、幼いころに一緒にお風呂に入った時に私はこの印を目にしていた。
「おかあさん、おかあさんのせなかになんかへんなもようがあるよ」
「ああ、なんか変な痣があるって人に言われたことがあるわ。自分では見えないんだけどね」
「いたくないの?」
「ぜーんぜん。何にも痛くないわよ」
「じゃあよかったぁ」
痣じゃなくて魔力封印の印だった。私も自分の背中は見えないから自分の封印の印がどんななのかは実際に見たことがなかった。だから気が付かなかったし幼いころの会話を思い出しもしなかった。
ジークが震える声でこの部屋にいた医師と看護師に言った。
「このことは他言無用だ。誰にも一切話してはいけない。王太子命令だ。急ぎ王宮に手紙を書く。この患者、マリアはあなたたちだけで責任もって看護してくれ。王宮から人が来るまで」
そうしてジークは手紙を書くと部屋の外に行き騎士たちに指示をした。
「急ぎ王宮に行ってこの手紙を渡してくれ。必ずアウフミュラー宰相か国王陛下に直接手渡しすること。この指輪を持たせる。これを見せればばどちらでも直接渡すことが可能だ。一人、いや二人で行ってくれ。……それから学院長と魔術のアルブレヒト先生を呼んできてくれ」
ジークが何をしているのか私には理解できなかった。陛下かお父様に手紙?どうしてアルブレヒト先生を呼んでくるの?
ジークが私を見て優しく言った。
「ヴィヴィはマリアの傍にいる?」
もちろん今はおかあさんの傍を離れたくない。
「わかったよ」
ジークはおかあさんのベッドの横に椅子を持ってきてくれた。私はそこに座っておかあさんの手を握っていた。
少し経つと学院長が急ぎ足でやってきた。
ジークはある事件の重要参考人を捕えてあるので王都から引き取りが来るまで監禁場所を提供して欲しい事。騎士と自分たちは暫く学院に滞在すること等を説明した。
学院長は青い顔をしていたがジークたちがこの学院に入るときにある程度は説明していたようでしっかりと頷いていた。
それから暫くしてようやくアルブレヒト先生がやってきた。
「ジーク!どうしたんだ?急に学院に来て私を呼び出すなんて」
「伯父上、来たのはある事件を追ってですが……とりあえず中に入って下さい。そしてこれを見ていただけませんか?」
おかあさんの封印の印をアルブレヒト先生に見せる。
私は背中とは言えおかあさんの肌を複数の男の人が見るのは嫌だったがあまりにもジークが真剣で深刻な顔をしているのでとても言い出せなかった。
その印を見た後、ジークとアルブレヒト先生は部屋の隅で話し合っていた。彼らの周囲に防音の結界が張られていたので話の内容はわからない。
結局その日は私はおかあさんの横にベッドを用意してもらって同じ部屋で寝た。
ジークたちは部屋を用意してもらったようだけど私たちのいる病室の前には騎士が二人護衛で立っていた。
次の日にはおかあさんはすっかり回復した。
もともとショックで気絶していただけなので怪我は無いと聞いていた。私は光線を放たれた瞬間は見ていないので「ああ、すんでのところで当たらなかったのね。良かったわ」と胸をなでおろしていた。
おかあさんもそれは同様なようで「当たらなかったのに気絶なんかして恥ずかしいわ」なんて言っていた。
医師の「もう大丈夫ですよ」というお墨付きをもらって私とおかあさんは支度を整え部屋の外で護衛してくれている騎士に話しかけた。
「あの、もうすっかり元気になったので部屋に戻りたいのですが……」
おかあさんがというべきかマリアがというべきか……なんて変なところで私は悩んでいた。対外的にはメイドのマリアがと言うべきなんだろうけど私は昨日は動揺してずっとおかあさんと呼んでしまっている。
私が話しかけると騎士の方は動揺して「王太子殿下に確認を取ってまいります」と一人が駆け出して行った。
程なくジークが来て私たちは病室を出ることができた。
でも連れていかれたのは貴賓室。学院に王族が来た時に滞在する部屋だ。
ジークは昨年までは寮に住んでいたが今回は貴賓室に滞在している。私たちが連れていかれたのはその隣の部屋だった。
「え?ジーク、私は寮の自分の部屋に戻るわ」
「うん、まあゆくゆくは戻るだろうけど数日はここに滞在して欲しい」
まだ昨日の犯人たちが逃げているのだろうか?私たちが襲われる危険があるの?
「昨日の犯人たちだが……二人は取り押さえて拘束中だがパルミロはまたしても逃してしまった。学院の敷地内をくまなく捜索中だが見つかっていない。もういないということも考えられる。僕の勘だが」
「でしたら私だけでも戻りますわ。お部屋に帰ってしなければいけない仕事もありますし」
「いや!!駄目だ!あなたもここにいてください。着替えや必要なものは急遽揃えましたが不足があれば私やドアの外の騎士に仰ってください」
おかあさんの申し出はジークに強く却下されてしまった。それにジークの丁寧な物言いがなんか引っ掛かる。私はおかあさんと顔を見合わせた。
結局その日は二人で室内で過ごした。
そして次の日、思いがけない訪問者が訪れた。




