三年生(1)
三年生になった。二年生までのクラスメイトとはお別れで私は新しい教室に向かって歩いていた。
三年生からは進路に合わせコースに分かれる。
まず騎士コース。
これはその名の通り騎士を目指す人たちのコースだ。少数だが領地を継ぐ者が武力を求められて選ぶこともある。通常授業のほかに座学では戦術理論や過去の戦争の考察、実技では剣術、槍術、弓術、馬術は他のクラスもあるが騎士コースは馬に乗って戦う練習もする。四年生になってからはウォンドを使った戦いの練習もする。これは魔術の授業とは別だ。
次に文官コース。
名前は文官コースだが数学や地理、生物など幅広い知識を得られるため王宮の官吏を目指す者だけでなく領地もちの貴族の嫡男や家令の息子などもこのコースを選ぶものが多い。
それから研究コース。
研究コースはある一つの分野を突き詰めるコースだ。大まかには魔術、魔道具のコース、工学コース、生体医療コース、植物薬学コースに分かれている。好きな分野にしか興味を示さないちょっと変わった人種から医者や薬師を目指す人まで様々だ。もっとも医者や薬師は更に上の学校で学ばなければならないが。
最後に教養コース。
もっとも緩いコースだ。一般の授業のほかには礼儀作法やダンス等教養の授業も多く組まれている。爵位持ちの貴族令嬢や卒業後結婚が決まっている令嬢などはほとんどこのコースを選ぶ。
そして私も教養コースになった。
実は少し前までは文官コースに行くつもりだった。けれどジークの婚約者に決まり王太子妃教育のスケジュールの打ち合わせをしたときに教養コースにしてもらいたいと言われたのだ。
私は一般の授業や魔術の授業以外はパスしてその時間に王太子妃教育の補講が組まれるためである。
私は魔術の授業に続いて一人きりの授業が増えることになった。
わかってはいるけれど少し寂しい。今までのクラスが楽しくてクラスメイトと過ごす楽しさを知ってしまったから。
ちょっとしょんぼりしている私をアリーやカール達が「クラスは違っていても友達だから」と慰めてくれた。毎日お昼を一緒する約束をしてくれた。
教室に入るとリーネが「おはようございます、ヴィヴィ」と声を掛けてくれた。このクラス唯一の癒しだ。アリーもグレーテ様も文官コースだし男子は一人もいない。見知った顔はいるけれどジモーネ様と取り巻きの令嬢たちが幅を利かせているので話しかけてくれる人はいない。
そう考えるとグレーテ様がこのクラスでなかったのは良かったんだろう。このクラスだったらジモーネ様と行動を一緒にしなければならなかったから。
私も一人の授業が多くて良かったのかもしれない。ジモーネ様たちとずっと一緒は精神的にきつい。私がいないときはリーネに話しかけてくれる人もいるそうなのでリーネも一人になることは無いようだ。
「私、ご令嬢の皆さまからそんなに嫌われているのね」
と落ち込んでいたらリーネが笑って言った。
「ふふっそんなことありませんわ。ジモーネ様たちは色々悪口を仰っていますけどほかの方たちは違いますわよ」
なんと他の方たちは王太子の婚約者になった私に対して恐れ多くて近づけないらしい。
「私、気さくな方だから大丈夫よと申しているのですけど。でもヴィヴィの場合気さくを通り越してお転婆……あ、ごめんあそばせ」
私はジト目でリーネを見た。でもリーネがこうやって笑い話にしてくれるから気が楽になる。
本当に一、二年生の時はクラスメイトに恵まれた。
初日の午後は封印の解除だ。第二段階の解除が行われる。一年生の時とは違って魔力測定は無いので解除だけだ。
三年生は一年生の後。私たちがホールに着いたときは一年生の五組の生徒が数名残っていた。どの子も緊張と期待の入り混じった表情をしている。私は懐かしくその子たちを見ていた。
封印の解除はサクサク行われた。解除されて何か変わっただろうか?最初は何も変化がないと思ったが体内の魔力を循環させてみて驚いた。流れる魔力量が明らかに違ったのだ。アルブレヒト先生が最初にしつこく魔力制御を覚えさせた気持ちがわかるような気がした。
教養コースの座学の時はリーネが傍にいてくれてお昼にはアリーやカール、トーマスが一緒に過ごしてくれて魔術の授業や王太子妃教育は一人で頑張って……私はジークに会えない寂しさを何とか乗り越え日常を送っていた。
新学期が始まって一か月、私は薄暗くなった時間、校舎を出て寮への道を歩いていた。
実は去年課せられたペナルティー、古書の整理がまだ終了しておらず少々遅くまで居残ってしまっていたのだ。といっても分類は終わり後は系統別に収納していくだけなのであと少しだ。収納する際に目録も作っていくのでもう少し時間はかかるけれど。
ナターリエ様とゆっくりお話しするのもあと少しだと思うとなんか寂しい。でもなんとナターリエ様とエル兄様がこの夏に婚約を結ぶことになったのでナターリエ様は未来のお義姉様だ。
エル兄様が近衛騎士になってナターリエ様の研究に一定の成果が出るまで結婚しないそうなのでお義姉様になる未来はまだまだ来そうにないけれど。
寮への道を急ぎ足で歩いているとおかあさんが前方から早足で歩いてくるのに出くわした。
「お……マリア」
「ヴィヴィ様、お帰りが遅いので心配しましたわ。もう殿下やエルヴィン様が送って下さるわけではないのでもう少し早い時間にお戻りください」
おかあさんに心配かけてしまった。でももう少しで整理が終わるのでそれまでは頑張りたかった。「あと十日ほどは許して欲しい」と言うと「ではその間は私がお迎えに参ります」と言われてしまった。
おかあさんに負担をかけるのは申し訳ないなと思ったけれど二人でお散歩だと思うと楽しいかもしれない。結局お願いすることにした。
寮まであと少しというところで木立の中から話し声が聞こえた。
そこまで遅い時間ではない。夕暮れ時にデートする人たちがいてもおかしくはないだろう。
でも気になったのは女性の詰るような甲高い声と宥めるような男性の声。男性の声は何を言っているのか聞き取れなかったけど女性の声はところどころ耳に入ってきた。
「……どこに……心配……パルミロは……」
「……」
「……無実を……るわ」
「……」
私の足は女性の言った『パルミロ』という言葉に釘付けになった。
おかあさんも私の様子を見て息を潜めた。
そーっと木立の中に入り声の元を探した。
居た!
女性はアンゲリカ。これは暗くてもわかった。男性の方はよくわからない。でも制服を着ていないことはわかるし大人の男の人に見える。
アンゲリカが男の人に抱き着いた。二人は抱き合ってキスをしているようだった。
間違いない!男の人はパルミロって人だ。アンゲリカのキスシーンなんて見たくもないものを見せられてうげって思ったけどそれどころではない。
早くジークに知らせなきゃ!!
私はゆっくりと後ずさりその場から離れた。
パルミロが私が去って行った方向を見ていたことは知らなかった。




