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【完結】竜の国——記憶を失った平民の少女は侯爵令嬢になり、そして……  作者: 一理。
ヴァルム魔術学院

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二年生(18)


 毎日差し入れを持ち顔を出してくれるエル兄様に私はこっそり聞いてみた。


「エル兄様、卒業パーティーまであと半月しかないわ。パートナーは申し込んだの?」


 誰とは言わなくてもわかっていると思う。でも申し込みされる本人はわかっていない。


「エルヴィンって妹思いなのねぇ、毎回差し入れ持って顔を出してくれるんだもの」


 と私に向かってしみじみ言っていたからだ。


「うーん……タイミングを計っているんだけどいまいちそういう雰囲気にならないんだよな」


 エル兄様の返事を聞いて私は思った。(ナターリエ様がそういう雰囲気になるのを待ってたら卒業パーティーに絶対に間に合わない!)

 なのでいつものようにエル兄様が差し入れをもって顔を出した時に話を切り出した。


「エル兄様もナターリエ様ももうすぐ卒業ですね」


「そうねー。私はこのまま学院に残るから卒業って気がしないけど」


「ナターリエ様は卒業パーティーのパートナーは決まったんですか?」


 私の質問にナターリエ様は目をパチクリさせた。


「……そんなものあったわねぇ」


 やっぱり忘れてたっぽい。私は早く申し込めと目でエル兄様を促した。


「コホン。ナターリエ、実は俺もパートナーはまだ決まっていないんだ。よかったら俺のパートナーになってくれないか?」


 私は撃沈しそうになった。その言い方だと余ったもの同士しょうがないからパートナーになるみたいじゃないの。

 大勢の女子からパートナーにしてくれという申し出をすべて断っているの知っているんだから。

 私はエル兄様を軽く睨んだ。


「えっ!エルヴィンも決まっていないの?あ!ヴィヴィちゃんに頼めば?私は魔道具のヒンメル先生にでも頼むわ」


 ナターリエ様はエル兄様の申し込みをいとも簡単に断った。ちなみにヒンメル先生は魔道具を研究しているおじいちゃん先生だ。


「あーーっと、ダメなんです。私他の人のパートナーになる事が決まっているので」


 私は急いで言ってこの場を去って二人きりにする作戦に出た。


「あ!私今日は用事があったので先に失礼しますね」


 そうして出ていくときにエル兄様にこそっと言った。


「エル兄様、はっきりと男らしく告白してね。ナターリエ様がOKしてくれることを祈っているわ」


 ナターリエ様はエル兄様のことをかなり気に入っていると思う。勝算ありだから頑張ってねエル兄様!








 旧校舎から出て寮に向かう道を歩いている時だった。


「ヴィヴィ!!」


 呼ばれた方を振り返る。西日が強くてその人の顔ははっきり見えない。

 でも声で分かった。私がずっと待っていた声。


 その人に向かって駆け出す。その人が両手を広げる。私は勢いよくその腕の中に飛び込んだ。


「ジーク!!おかえりなさい!」


 ジークは私を腕の中に閉じ込めると暫くぎゅっと抱きしめた後少し離して私の顔を見つめた。


「あーー、やっとヴィヴィの顔を見ることができた。足が治るまでこれ幸いと公務を入れられて仕事漬けだったんだ。癒されたくてもヴィヴィはいないし……」


「ふふっ私も課題やペナルティーで忙しかったわ。癒されたくてもジークの顔を見られないし……」


 歩きながら近況報告会をしていると女子寮の前あたりで声を掛けられた。


「まあ――殿下!!」


 駆け寄ってきたのはジモーネ様と取り巻きの令嬢たち。


 王都から帰ってきて以来ジモーネ様たちとは目立った諍いは無かった。

 というかジモーネ様たちは相変わらず高飛車だったがジークがいなかったせいか私に突っかかってくることが少なかった。私も色々と忙しかったので彼女たちと関わることがほとんど無くて精神的には安定した日々を送っていた。


 彼女たちは駆け寄ってくるとジークをぐるっと取り囲んだ。

 さりげなく私を輪から弾き出すあたり手慣れている。


「御公務で怪我をされたとか……心配しましたわぁ」


「殿下がいらっしゃらなくて学院も火が消えたようでしたわ」


「お元気そうで安心しましたわ。殿下が休まれている間心配で食事も喉を通りませんでしたの」


 令嬢たちの言葉にジークは「心配かけたね。怪我も完治したので私はもう大丈夫だよ」と返事をした後令嬢たちの包囲網の隙間から手を出して私を引き寄せようとした。


「すまないけど私は今ヴィヴィアーネ嬢と話をしているんだ」


「いけません殿下!」


 ジモーネ様がそれを遮った。


「殿下はお休みされていてお知りにならなかったかもしれませんが彼女は伝染病でしばらくお休みしていましたのよ」


 ジモーネ様の言葉を引き継いで取り巻きの令嬢たちも口々に言った。


「そうですわ。殿下に病気がうつられたら大変ですわ」


「何の病気か知りませんけど病原菌をまき散らさないで欲しいわ」


「平民のかかる病気かしら」


「あら、だったら私たちは安全ね。それで隔離から解放されたのかしら」


「でも殿下の近くに病原菌を放置しておくことなんてできないわ」




「———君達、いい加減にしてくれないか!」


 ついにジークがキレた。


「ヴィヴィアーネ嬢の病は伝染病ではないと発表されたはずだ。それに完治しているなら何も問題ないだろう」


「あ、あら、私たちは万が一の心配をしただけですのよ」


「そうですわ。殿下の尊い御身に万が一のことが無いように——」


 ジモーネ様の言葉をジークがぶった切った。


「学院の発表を君たちは疑うのか?それに今私はヴィヴィアーネ嬢と大切な話をしているんだ」


 え?大切な話なんてしていたっけ?近況報告だよね?

 首をかしげる私を引き寄せながらジークは言った。


「卒業パーティーのパートナーの件で重要な打ち合わせをしていたんだ。邪魔しないでくれ。では失礼する」


 衝撃を受けるジモーネ様たちをその場に残してジークは私の手を取りその場を後にした。

 ジモーネ様たちが悔しさのあまりハンカチを嚙み締めていたかどうかはわからない。興味もない。


 私を寮の入り口まで送り届けた後、帰り際にジークがぽそっと言った。


「怪我して休んでいて良いことが一つだけあったよ。卒業パーティーのパートナーにしてくれと無駄なアピール合戦をされなくて済んだ」


 私がぷっと吹き出すとジークは眉を下げた。


「本当だぞ。今までも卒業生でもないのにパートナーにしてくれと毎年アピールが凄かったんだ。今年は卒業だから春ごろからちらほらアピールされていたし。この時期居なくて本当に良かったよ」


 そうして「ドレスとアクセサリーはもう手配してあるから近日中に届くよ。僕の可愛い婚約者さん」


 そう囁いて帰っていった。






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