ジークハルトの遠征と失踪(10)
川の浅瀬で黒竜を発見したもののジークの行方は杳として知れなかった。
「イグナーツ、ジークはどこに行っちゃったのかしら……」
イグナーツに問いかけてみるがイグナーツが答える筈も無い。黒竜の名前はフーベルトゥス様に教えていただいた。イグナーツは私が傍にいることは許してくれた。
捜索隊は拠点を河原に移し付近の捜索と共に近隣の町や村にも偵察を出し情報を収集していた。
もし河原までイグナーツと共にいてその後ジークだけ姿を消したならば誰かに捕らえられたか助けられたかという可能性が浮上したためだ。
しかしこの辺りは田舎町が多くよそ者は滅多に来ない為大人数での捜索や聞き込みは危険だった。竜騎士たちは田舎の行商や猟師と言った格好をして聞き込みに出かけた。
次の日、一人の騎士が耳寄りな情報を掴んできた。
この山から北西にある田舎町、そこに領主の別宅があり数日前山で見つけた怪我人が運び込まれたらしい。
「なんでもその怪我をしていた兄ちゃんは金色の髪をしたえらく見目がいいお人だっちゅう話だ」
「えー、そりゃあ何日か前にあっちの町に現れたっちゅう御使い様じゃあねえか?」
「御使い様が怪我なんかする訳ねえべ」
そんな話を竜騎士が聞きこんできたのだ。
捜索隊の面々は色めき立った。時期や髪色を考えてもジークに間違いないだろう。
早速その領主の別宅に乗り込もうということになった。
夜中にしのび込もうという意見も出されたが万が一見つかって騒ぎになるとジークの身も危険だし王都に連絡されたらことが大きくなってしまうため何かの業者に扮してまずは偵察をしようということで落ち着いた。
近隣にない業種ではるばる田舎まで取引にやってきてもおかしくない業者、加えて屋敷の内部にまで入り込めるようなものがないだろうかと皆で考えた結果、珍しい古書を探して取引している商会に扮することに決まった。
次に屋敷に乗り込む人選で私は手を上げた。
「私に行かせてください!」
「ヴィヴィアーネ嬢、今回は偵察だと言っても危険が全くないわけではないのです。未だウォンドも持っていないあなたが行くことはばれたときに危険です」
フーベルトゥス騎士団長が反対した。
「でも騎士団の皆さまは体格がいい方たちばかりでしょう?とても商人には見えませんわ。私も一緒の方が警戒心が薄れると思います」
「ふぅむ……」
フーベルトゥス騎士団長は考え込んだ。
フィル兄様は私が行くなら自分も行くと主張していたが、結局馬車を一台調達して私とフーベルトゥス騎士団長が商会の人間として屋敷に乗り込み御者に扮し馬車でフィル兄様とブルクハルト第一隊長が待機、それ以外の竜騎士隊員たちは町から離れた荒野で待機することとなった。
「今回は偵察です。くれぐれも無理をしないように。怪しまれていると感じたらすぐに引き上げます。良いですね?ヴィヴィアーネ嬢」
フーベルトゥス騎士団長に何度も念押しをされた。ヴェルヴァルム王国の王宮でどうしてもついて行きたいと我儘を言ったことで私はすぐ無茶をする人間だと思われているみたいだ……
今回はどうしても不安で無理を言って学院から王都に向かったしここ、トシュタイン王国までついて来てしまったが本来の私は無茶をする人間ではない……と思う。
ん?あれ?去年の夏も勝手に曲芸団のテントに忍び込んで誘拐されて怒られたっけ?その前も傷ついた竜に近づいて怒られた?ん?あれ?小さいころから池に飛び込んだり……んん?ゴホン。一年経ったので私も大人になってもう無茶はしないと思う。
フーベルトゥス騎士団長に散々言い含められて私たちは領主様の別宅に乗り込んだ。
恐ろしく友好的な領主様だった。
私たちを疑う素振りなど微塵も見せない。急な訪問であるのに快く会ってくれて書庫に立ち入ることも許してくれた。ジークだと思われる怪我人の話題も向こうから出してくれて部屋まで教えてくれた。
……何なんだろう?ここまで友好的だと逆に疑いたくなる。
書庫に私たちを案内したご領主様は暫く私たちが蔵書を調べているのを見学していた。
蔵書は一般的なもののほか竜神伝説や竜にまつわるものが多かった。
暫くするとご領主様はふと思いついたように言った。
「ああ、そうだ!明日王都から視察が来るんだ。私はその準備をしなくてはいけないのでここで失礼する」
「では私たちはお暇しなくてはいけませんか?」
フーベルトゥス騎士団長の問いかけにご領主様は首を振った。
「君達さえよければ作業を続けてくれ。ああ、バタバタしているからお構いは出来ないが」
そういうと足早に部屋を出ていった。
願ってもない状況だ。都合よすぎて薄気味悪い。それでも私とフーベルトゥス騎士団長は顔を見合わせそーっと廊下に忍び出た。
ジークがいると思われる部屋の扉をそーっと開ける。
素早く体を滑り込ませるとベッドの上にいた人から驚きの声が上がった。
「ヴィヴィ!!何でここにいるんだ!?」
「ジーク!!やっと会えた!!」
私はジークに駆け寄ると思わず抱き着いてしまった。
「心配したの……物凄く心配したの。無事で良かった……」
こんな場所で泣きたくないのに涙が止まらない。
ジークは私の涙を優しく拭いながら謝った。
「ごめんヴィヴィ、心配かけたね。僕は大丈夫だ。あっ……とちょっと怪我しているけどね。命に別状はないよ」
「ふふっ……良かった」
見つめあっていると咳払いが聞こえた。
「ゴホン!殿下、邪魔して申し訳ないがここから早く逃げましょう。今日は偵察のつもりだったが先ほど領主が明日王都から視察が来ると言っていた。早く逃げ出した方がいいでしょう」
振り向くとフーベルトゥス騎士団長がきまり悪そうな顔をして立っていた。
「殿下、ご無事で何よりでした」
「ああ、心配かけてすまなかった。詳しい話は落ち着いたらするが私も助けに来てくれるのを待っていたんだ。今は屋敷の者たちがバタバタしていて裏口に人がいない。この部屋から出て右手の階段を降りて更に右に行った厨房の奥が裏口だ」
「えっ!どうしてそんなに詳しいのですか?」
フーベルトゥス騎士団長は訝しげだ。私も。
ジークは私たちが来るのを待っていた。私が来たのは意外だったみたいだけどフーベルトゥス騎士団長は来ると思っていたみたいだ。それにこの屋敷から逃げるのに都合のいい経路も知っている。
「それについても後で説明するよ。とにかくこの屋敷を出て一刻も早くヴェルヴァルム王国に帰りたいんだ」
それについては私も同感だけど……
「あっ……それから私は右足にひびが入っていて歩けないんだ」
「それなら俺が背負うから大丈夫ですよ」
ジークがすまなそうに言うとフーベルトゥス騎士団長はこともなげに言ってジークをひょいっと背負った。
それから私たちは裏口から外に出て馬車に乗り荒野で待つ竜騎士団員たちと合流した。
屋敷を抜け出すまで私たちは誰にも会わずあっけないほど簡単に馬車に乗り竜騎士団員たちと合流を果たしたのであった。
物陰からラーシュがジークたちが去っていった方向を見守っていた。
ホッと息を吐いて屋敷に引き返そうとした時にこの屋敷に向かってくる馬に乗った人物がいることに気が付いて足を止めた。
その人物は門の前まで来てラーシュに気が付くと馬を下りた。
「視察に来る役人は君だったのか」
ラーシュがにこやかに話しかける。
「君だってわかっていたらお客人にもう少し留まってもらって君に会わせても良かったな」
「役人は私だけじゃないぞ。私はこの地方に知り合いがいると言って先行させてもらったけどな。残り三名は明日本宅の方に到着するだろう」
「そうか。あー、王宮からの視察の相手なんて面倒だ!」
ラーシュの言葉にその男は薄く笑った。
「あいつらはうまい酒と料理があれば満足だろう。視察は私が引き受けるから寛いでいてくださいと言えばなお満足だ。それより会わせたかった客人とは?」
「見目麗しい若者だよ。迎えに来た少女も可愛かったな。うん、君の本当の髪色に似ている銀髪に近い金髪でね。まあもう行ってしまったが」
ラーシュは黒髪の男の肩を抱いて屋敷に入っていった。




