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【完結】竜の国——記憶を失った平民の少女は侯爵令嬢になり、そして……  作者: 一理。
ヴァルム魔術学院

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ジークハルトの報告(2)


「さて、もう一つの話を聞こうか」


 ヘンドリックの声でジークの表情が引き締まった。


「父上、いえ国王陛下、私はヴィヴィアーネ・アウフミュラー嬢との婚約を早急に結びたいと考えています」


「ほお……ヴィヴィアーネ嬢から了承の返事は貰えたのか」


 ヘンドリックの問いかけにジークは少し顔を赤らめて答えた。


「はい。ヴィヴィから了承の返事がもらえたからには私は他の令嬢を娶るつもりはありません。ですからなるべく早く婚約者の発表をしてしまいたいのです」


「しかし殿下、ゴルトベルグ公爵とビュシュケンス侯爵が反対しているのです。ことはそう簡単に運ばないと思います」


 ノルベルトの言葉にジークは頷いた。


「アウグスト叔父上とアルブレヒト伯父上には言葉を尽くして理解してもらうつもりだ」


「殿下、あの二人はヴィヴィアーネ自体を忌避しているわけではないのです。ただあなたの身を案じている。殿下や陛下の、王家への信頼が失墜することを恐れているのです。今も流言やヴィヴィアーネを貶める噂が飛び交っている。噂の元は……ハンクシュタイン侯爵家、ランメルツ侯爵家およびその派閥の貴族と言ったところでしょう。強引にヴィヴィアーネを婚約者とすればその者たちが民衆にも噂を流す。貴族だけでなく民衆もヴィヴィアーネを王太子妃とすることを疑問視する声が上がれば国を二分しかねない。それを心配しているのですよ」


 ルードルフがジークを諭すがジークは気持ちを変えるつもりは無い。


「だから今なんだ。私が黒竜に乗って王都の空を飛んだ時民衆の歓喜の声が聞こえた。民衆が支持してくれている今だから婚約を発表したい」


「殿下、焦る気持ちはわかります。しかしまだ尚早です。今回殿下は黒竜と契約することが出来て王家に黒竜が戻って来た。それによって民衆の支持も上がるでしょう。しかし殿下に具体的な実績は無いのです。一年待って政務で実績を上げられてはいかがですか?」


 ノルベルトが提案するがジークは首を縦に振らなかった。


「今年中に婚約者を決めろと言ったのは父上です」


「殿下、あの時とは状況が違うのですよ。冬の時点ではヴィヴィアーネは私の庶子だと思われていました。それならば一応出自ははっきりしているのでアウフミュラー侯爵家の後ろ盾があれば不満を持つ者がいても抑えることが可能だったでしょう。でも申し訳ないがフィリップと私の話が漏れヴィヴィアーネが私の子供ではないという噂が広まってしまいました。この状況でヴィヴィアーネを婚約者にすればどこの誰の子供なのかをはっきりさせろと言ってくる者が一定数いるでしょう」


 ルードルフの言葉にジークは反論する。


「出自がそれほど問題か?」


 ルードルフはかぶりを振った。


「結論から言えば問題ではありません。少なくとも私はそう思っています。高位貴族にも品性が下劣だったり高慢だったりするものは多いですし、本人の資質や努力する姿勢の方が大事だと思います」


「だったら——」


「私は当然ですがヴィヴィアーネをよく知っていますから。私の娘はどこに出しても恥ずかしくないと思いますしそういう教育をしてきたつもりです。でもヴィヴィアーネのことを皆が知っているわけではない。知らない人間のことを判断するときに血筋は大きな判断材料になるのですよ」


 ルードルフの言葉をノルベルトが引き継ぐ。


「特に王太子妃の座を狙っている家はヴィヴィアーネ嬢のことを悪く言うでしょうな。平民が成り上がるために殿下に媚を売ったとか。ルードルフも篭絡されて養子にしたとか言われかねないでしょう」


「殿下の意志を通すためには殿下が力を持つ必要があるのですよ。その為に実績が必要なのです」


 フーベルトゥスも言葉を添えるがそれでもジークは納得しなかった。


「しかし……それでも……」


 今まで黙っていたヘンドリックが突然手をパン!と叩いた。


「ジークの気持ちはよく分かった。そして私はジークの意志を尊重する。王家はヴィヴィアーネ・アウフミュラー嬢を王太子の婚約者として発表するつもりだ。皆も協力してくれないか?」


「御意」


「もちろん協力いたします」


「陛下、ヴィヴィアーネを認めてくださってありがとうございます」


 国王ヘンドリックの決定に皆は今までの意見を飲み込み二つ返事で了承した。


 ジークはホッと安堵の息を吐いた。

 エルヴィンは黙って話し合いの行方を見守っていたがジーク同様安堵の息を吐いた。


「ただし発表の時期に関してはもう少し猶予をくれ。アウグストやアルブレヒトを呼んで話し合いの機会も持ちたいのだが取り急ぎ片付けなければならない問題がある」


 ヘンドリックはそう言ってフーベルトゥスに「準備は進んでいるな?」と確かめた。ちなみにアウグストとアルブレヒトはゴルトベルグ公爵家とビュシュケンス侯爵家の当主だ。


「父上、片付けなければならない問題とは何ですか?」


 ジークが聞くとヘンドリックはにやりと笑って言った。


「ちょっとトシュタイン王国に行ってくる」


 吃驚してしばらく無言になった後ジークとエルヴィンは叫んだ。


「「どういうことですか!?」」


 フーベルトゥスが二人に説明する。春に竜の森で捕えた密猟者がトシュタイン王国の第三王子ガスパレの命令で動いていたこと。そのことを立証する動かぬ証拠が見つかったこと。その旨を書いた抗議文を隣国に送ったがのらりくらりと言い逃れをしていること。


「そういう訳で竜騎士団第一隊を連れてトシュタイン王国の王宮に殴り込みをかけるつもりなんだ。トシュタインの王は十二年前のことを忘れてしまったようなのでな」


 軽い口調で言っているがヘンドリックの瞳は暗かった。十二年前に最愛の妻を亡くしたこと、その時の怒りや悲しみは忘れることなど出来ないのだ。


「竜騎士隊とトシュタインの王宮に乗り込んで第三王子にきっちり責任を取らせるつもりだ」



 ヘンドリックの言葉を聞いてジークは暫く考え込んだ。


「父上、その役目は私に譲って下さいませんか?」


 おもむろにジークが口を開く。エルヴィンは呆気にとられた。


「おい、ジーク、本気か?」


「ああ」


 短く返事をしてヘンドリックに向き直る。


「私が竜騎士隊とトシュタイン王国に行って第三王子の身柄を拘束します。私が黒竜に乗って竜騎士隊を率いてトシュタイン王国の上空を飛んで行けばいい示威行動になると思うんです。トシュタイン王国にも竜神信仰は残っていますよね」


「ああ。竜神に対する信仰がこの大陸からなくなることはないだろう。トシュタインの王家は無くしたいようだがな」


 ヘンドリックの返事を受けてジークは更に言い募った。


「でしたら黒竜を見せることは効果があると思います。トシュタインの国民に対しても王家に対しても。

そうして第三王子の罪を認めさせることが出来たらその功績を発表していただきたいのです」


「さっき言っていた()()にするということか」


「はい。トシュタインに乗り込んで王族の罪を暴いたとするなら民衆は私を支持してくれると思います」



 ヘンドリックはしばし考えこみルードルフと視線を交わらせた。

 ルードルフが頷くのを見てヘンドリックは言った。


「わかった、許可しよう。トシュタインの王宮に乗り込んで相手の罪を認めさせて来い。ただし賠償や身柄の引き渡しなどの交渉の最終権限は王太子ジークハルトにあるが実際の交渉はフーヴに任せること。お前はにらみを利かせていれば良い」


「承知いたしました。フーベルトゥス、よろしく頼む」


「かしこまりました、殿下。陛下、このフーベルトゥス必ずや殿下の身の安全を守り使命を果たしてまいります」


 フーベルトゥスはヘンドリックの前に跪いて騎士の礼をした。

 




 それからは急遽決まった予定の変更のための準備に各々が忙殺された。


 そうして次の日の朝、ジークはフーベルトゥス率いる竜騎士団と共にトシュタイン王国に旅立ち、それを見送ったエルヴィンも学院へ報告のために二名の竜騎士と共に飛び立ったのであった。






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