ミルコの呟き(2)
「あなたはこれから私の奴隷ね!何でも言うことを聞くのよ!」
ヴィヴィはそう言って笑った後ミルコに向かって言った。
「あなたの名前は?」
「……ミルコ」
「これからよろしくねミルコ。私の事はヴィヴィって呼んでちょうだい」
ヴィヴィは後ろに固まっていた子供たちに向かって言った。
「あなたたちの家に案内してちょうだい」
それからヴィヴィは子供たちの住むあばら家に行くと
「不潔ねーー」とか「この床なんか腐ってて危ないわ!」とか言いながら兵士に指示して応急処置をさせた。
そして「外でいいか」と言いながら路地の真ん中に石を摘んでかまどを作らせどこからか持ってきた大きな鍋を乗せた。
さっきの杖みたいな棒を取り出し何か呟くと先端から水が噴き出し鍋にたまる。
今度はかまどに向けると火が出て集めていた木くずに燃え移った。
「お姉ちゃんすごーーーい!!」
「魔法使いだーーー!!」
小さい子は大はしゃぎで見ている。
「ヴィヴィ姉ちゃんって呼んでねー」
ヴィヴィは兵士に持ってこさせた野菜を次々に刻んで鍋に投入していく。
そうして懐から袋を取り出すと粉を鍋に投入した。
「それはなんだ?」
ミルコが聞くと
「塩と……なんか調味料?うちのシェフが適当に野菜を切って鍋に入れてこの調味料を入れればヴィヴィ様にも美味しいスープが作れますよって持たせてくれたの。だってクッキーとサンドイッチぐらいしか作ったことなかったんだもの。これなら失敗して材料を無駄にする心配もないしね」
そんなことを言っているうちに美味しそうな匂いが立ち上ってきた。
「みんな集まってーー」
ヴィヴィが声を掛けなくても美味しそうな匂いに誘われて家の中の子供は一人残らず出てきた。
小さい子たちは指をくわえてスープを凝視している。
「スープをよそる器ってあるの?」
あばら家の中からありったけの容器を出してくる。
兵士たちがもうすでに療養施設に移って人のいないあばら家から容器を探して持ってきてくれる。
「小さい子からねーーー」
ヴィヴィはスープを器に盛ろうとしたが苦戦しているのを見かねて一人の兵士が「私がやります」と代わった。
兵士がスープを盛るとヴィヴィが他の兵士が持っていたパンを一つつけて子供たちに渡してくれる。
「熱いから気を付けてね」
子供たちは受け取ると地べたに座って食べ始めた。
「美味しい!!」
「ミルコ!美味しいよ!!」
ミルコも貰って口をつけた。
今まで食べたものの中で一番美味しかった。夢中で頬張った。
「スープお代わりあるわよーー」とあの女が楽しそうに言っていた。
久しぶりに……もしかしたら生まれて初めて満足にご飯を食べ後片付けをした後にヴィヴィが言った。
「ミルコ、また明日来るわ。付き合ってもらいたいところがあるの」
ミルコが「もう来るな」という前にヴィヴィがもう一度言う。
「あなたに拒否権はないわ。私の奴隷ですもの」
愉快そうに言ってヴィヴィは去って行く。
それからはミルコはヴィヴィに振り回されっぱなしになる。
次の日にやってきたヴィヴィはミルコを王都の郊外に連れ出した。
「まだ建築中なんだけどね――」
やってきたのは木造の建物。
素朴な木の建物はそれでも真新しくいくつかの部屋と大きな広間、厨房などの設備が整っている。建物はあらかた出来上がり今は中を塗装している最中だった。
「ここにあなたたちに移ってもらいたいのよ」
ミルコはヴィヴィを睨んだ。こんな綺麗な建物に住めるなんて……話がうますぎる。大体この金はどこから出ているんだ?
「この建物の建築費用は国から出ているの。不当にため込んだ貴族の財産の一部ね。もっともそんなに資金があるわけではないのよ。この国を立て直すにはお金が沢山かかるから。だからここも建物の建築と周囲の土地代で資金は終わり。後は自分たちで作らなくちゃ」
「……お前……誰だ?」
「私はヴィヴィ。この国の第一王女……になったばっかりの小娘よ」
「王女!?」
ミルコは吃驚した。王女なんて見たことは無いが王宮の中で綺麗な格好をしてあははおほほとお茶でも飲んでいるんじゃないか?確かに肌や髪はいつも手入れされているように綺麗だし護衛の兵士が沢山ついて来ている。でもこの女はミルコと喧嘩したしミルコや他のスラムのガキどもと平気で話をする。兵士と一緒にかまどを作ったりスープを作ったり……
「ねえミルコ、とりあえずみんなを連れてここに移ってくれない?これからあなたたちが使う家具とかカーテンとか手作りしなきゃならないのよ。畑も耕さなきゃならないし果物を収穫したりやることは山積みだわ。それならここに住みながらの方が便利でしょ」
「畑?」
「うん、小さいけれど家の裏手に畑があるわ。果物の木も数本。あ、畑はあなたたちで耕すのよ。種は支給するけど。残念ながらここに下りる補助金はそんなに多くは無いのよ。だから自分たちで少しは食料を自給して欲しいの」
それは物凄く魅力的な申し出だった。ミルコたちは街の底辺の仕事をして日銭を稼いできた。当然足りないので犯罪まがいのこともして何とか自分たちと幼い子供たちを食わせてきたのだ。
雨風がしのげるこんな立派な建物があって食料を調達できる畑がある。働いた分は自分たちの使う道具や食べ物になり上前を撥ねられることもない。
「俺に拒否権は……」
「無いわ」
ヴィヴィはさも当然のように言った。言ってから心配そうにミルコを見る。
「しゃーねーな。俺はヴィヴィの奴隷だし」
ミルコが言うと「初めて名前を呼んでくれた!」と大はしゃぎした。
スラムのみんなを連れてくるとみんなは口を開けてポカ――ンと家を見ていた。
「ミルコ、僕たちここに住んでいいの?」
「すっごーーーい!!綺麗!」
「ねえねえ、床に穴が開いていない!壁から風がぴゅーーって入ってこないよ!」
「これなあに?」
小さい子供たちはお風呂も知らなかった。ミルコも知っているだけで入ったことは無かったが。
薪でお湯を沸かし女の子はミルコと同い年のアイーダがリーダーになって、男の子はミルコが世話を焼いてお風呂に入る。
石鹸はヴィヴィが用意してくれて風呂焚きは兵士たちが手伝ってくれた。
お風呂に入るとどこからか調達してきた古着が用意されていた。
そうしてミルコたちはこの家での生活をスタートさせたのだった。
椅子や家具などはこの家を作ってくれた大工さんが指導してくれた。近所に住む家具職人も手伝ってくれてティーノとリコは親方に「素質があるぞ」と褒められ十五になったら雇ってやると言われた。
カーテンなどはミルコの姉が指導して女の子たちと縫った。ミルコの姉はそのままこの『希望の家』に住むことになり子供たちの面倒を見てくれることになった。
そしてもう一人、近所の農家のおばさんも姉と一緒に面倒を見てくれることになった。
ミルコたちに畑の耕し方や作物の育て方を指導してくれた農家で二人の息子と嫁が畑や家の事をやってくれるようになったので「あたしゃ暇になったんだよ。息子が徴兵にとられる心配もなくなったしねえ」と笑っていた。
『希望の家』の隣に掘っ立て小屋のような作業場を建てそこで家具を作ったり色々な道具を作ったりしていたら王都の工芸品の職人が偶に教えに来てくれることになった。才能がある子がいれば成人したら雇ってくれるという。
職人も農家もヴィヴィが頼んできてもらったということを後で知った。
「私はきっかけを作っただけよ。親方もおばさんも善意で来てくれたの。農作物を不当に搾取されたり低賃金で物を作らされたり徴兵に若手を取られることも自分が戦争に行くことも無くなって生活に余裕が出来たから恩返しですって。そう考えると国王陛下の功績かもしれないわね」
ヴィヴィはそう言って笑った。
王様なんて誰でも同じだと思っていた。雲の上にいる人たちは俺らの事なんて考えないと。
でも違った。この国は確実に良くなってきている。
生活が安定すれば俺たちみたいな孤児にも手を差し伸べてくれる人がいる。
俺も何かしたい……その時は漠然とそう思っただけだった。
本日の夜もう一話投稿してお終いになります。




