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【完結】竜の国——記憶を失った平民の少女は侯爵令嬢になり、そして……  作者: 一理。
番外編

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ミルコの呟き(1)


 まったく何なんだあの女は……


 ミルコは一人ブツブツと呟く。行ってしまった彼女を想い一人呟く。


 彼女との出会いは最悪だった。

 

 ミルコはスラムに住んでいた。臭くて汚くて食べる物も着る物も満足に手に入らない場所。そんなスラムの片隅のあばら家に沢山の子供たちと住んでいた。

 徴兵で父親を取られ亡くした子、飢えて捨てられた子、盗賊に親兄弟を殺された子、物心ついたときからスラムに居た子……スラムの大人たちからも虐げられる彼らはいつしか身を寄せ合って暮らしていた。


 ミルコは同じ年の子供の中で一番強かった。いや二、三歳年上の奴らと喧嘩しても負けなかった。身のこなしも素早く頭の回転も速かった。

 いつしかスラムの子供たちはミルコを慕い身を寄せるようになった。

 大勢で居た方が大人たちも手を出しづらく互いに都合が良かった。ミルコは年の離れた姉を守りたかったからだ。子供たちで身を寄せ合い、小さい子供は少し年嵩の子供が面倒を見る。そして八歳ぐらいになれば一人前だ。かっぱらいや裕福な家の残飯漁り、スリ、恐喝、何でもやってミルコたちは生き延びてきたのだ。

 もちろんまともに荷物運びや掃除、農作業の手伝いをして賃金を得ることもあったが仕事自体が少なかった。


 姉が十五歳になりお針子としてスラムを出ることが出来たときは嬉しかった。なけなしの針や糸で子供たちの衣服を繕い皆の世話をしていた姉が下っ端とは言えまっとうな職に就くことが出来たのだ。


 姉はミルコもスラムを出て一緒にアパートに住もうと言ってくれたが断った。ミルコはスラムで身を寄せ合っている沢山の子供たちの面倒を見なくてはならない。

 


 転機は唐突に訪れた。


「大通りを沢山の兵が進軍している!」


「王宮に攻め入るらしいぞ!」


 そんな声がミルコの周りにも聞こえてきたが異変は空を見ればわかった。

 空を飛ぶ真っ白な竜と真っ黒な竜その後ろに赤と青の竜。

 竜なんてものを見るのは生まれて初めてだった。おとぎ話の生き物かと思っていた。その竜が何頭も空を飛んでいる。

 この世の終わりだという者もいれば新しい時代がやってくるんだという者もいた。でもそんなことはミルコには関係なかった。今日食べるものの心配の方がずっとずっと重要だった。


 この国の王様は殺されこの国はリード何とかという名前に変わったと聞かされた。

 その時もまだ他人事だった。

 偉い人の名前が変わろうが国の名前が変わろうがミルコたちには関係ない。底辺のスラムで生きる者たちに偉い人たちは興味がない。ミルコたちが生きようが死のうが偉い人たちがなんとも思わないように偉い人たちの名前が変わろうが国の名前が変わろうがミルコたちには関係ない。

 その時にはまだそう思っていた。


 それから数か月、スラムが解体されるという噂が聞こえてきた。

 新しい王様はこの街からスラムを無くそうとしているらしい。

 冗談じゃない!!そうしたら俺たちはどこに行けばいいんだ!!

 たまに仕事をくれる市場の荷運びのおっちゃんは新しい王様を褒めていた。悪徳貴族が居なくなって上前を撥ねられることもない。まっとうに商売ができるようになったと言っていた。

 王様は今まで私腹を肥やしていた貴族や商人たちの財産を取り上げて民のためにいろいろな事をしてくれるらしい。その一つがスラムの解体だという。

「良かったな坊主」とそのおっちゃんは言ったけど俺は信用できなかった。


 偉い人は俺たちの事なんか真剣に考えちゃいない。新しく王様になった人は人気取りをしているんだ。俺たちは信じたら酷い目にあう。ばらばらにされて強制労働か死ぬか……


 だからスラムの大人たちが一人また一人と療養施設とか職業訓練施設とかに移って行ってもミルコたちはスラムから動かなかった。

 スラムの人間は多かれ少なかれ悪事を働いている。そうしなければ生きていけなかったからだ。だから療養施設とか職業訓練施設とか言っても実際は牢屋かもしれない。強制労働させられて使い潰されるのかもしれない。



 スラムに解体業者が入り薄汚れて不衛生な建物を壊していくまさに直前、その女は現れた。


 小汚い路地の真ん中にその女は仁王立ちに立っていた。


 上等そうな服を着てつやつやすべすべの頬、輝くような金髪は日が射さない薄暗い路地では銀色にも見える。


「お姫様みたい……」


 ミルコの隣のまだ幼いエルマが呟いた。


 その女の後ろで兵士に捕らえられたウーゴとピッポが藻掻いている。


「二人を放せ!!」


 ミルコは怒鳴った。


「この二人はヴィヴィ様に対しスリを働こうとした。捕らえられて当然だ」


 兵士が言うがその女は「放してあげて」と兵士に言った。


「お前、俺に恩を売ろうとしているのか?俺に恩なんか売ったって———」


「一文の得にもならないわ。ねえ、それよりこの子たちのリーダーはあなたなの?」


 ミルコの言葉を横からかっぱらってその女は言った。ミルコは渋々頷く。


「私、あなたに話があってきたの。私はヴィヴィ、よろしくね」


 ミルコは解放されたウーゴとピッポを背中に庇いできるだけ低い声で凄みを利かせるように言った。


「俺には話すことなんてねえ。どこの誰様かは知らないがとっとと帰ってくれ」


「だからヴィヴィだって言ってるのに。あなたの名前は?」


 ミルコが凄んでもちっとも意に介さぬようにその女は話を続ける。もっとも十二のガキが凄んでも後ろに控えた兵士たちの十分の一も怖くなかったが。


「ねえ、あなたたちはこのスラムが解体されるって知ってる?それでね、私あなたたちを———」


「とっとと失せろよ!お貴族様が何の用なんだ!俺たちを奴隷にでもしたいのか?」


「おい!お前!ヴィヴィ様になんて口をきくんだ!この方は―――」


「いいの。ごめんねもう少し話させて」


 そのヴィヴィとかいう女は兵士を黙らせまたミルコに向き直る。


「私はあなたたちを奴隷になんてしないわ。それよりここに居てもあなたたちはどうしようもないでしょう?今王都の郊外に孤児たちの施設を建設中なの。そこにみんなで移って欲しいのよ」


「はあ?信用できねえ。何が目的だ」


「目的?目的はうーーん、未来のリードヴァルム王国の人材確保かな?」


「やっぱり奴隷か」


「違うって言ってるのに……まあ急にそんなこと言われても信用できないわよね。とりあえず今日はパンや野菜の差し入れを持ってきたの」


 パンという言葉にエルマが反応した。


「ねえ、ミルコ、パンだって!」


 ごくりと唾を飲み込むエルマを押しやってミルコは叫んだ。


「信用できねえっていってるだろ!!とっとと帰れよ!!食いもんで小さい奴らを手懐けるな!!」


「ふう……じゃあ勝負しましょう」


 ヴィヴィとかいう女はため息を一つ吐くとミルコに向かって言った。


「勝負よ、あなたと私の。負けた方が勝った方の奴隷になるの」


「やっぱり俺たちを奴隷にしようと……」


「あなたが奴隷奴隷って言うからご希望に沿ってあげようと思って。でも奴隷になるのはあなただけよ。他の子に手出しはしないわ」


 やっぱりこの女の目的は奴隷だった。でも俺だけで済めばこいつらに手出しはしないようだ。


「本当だろうな?こいつらに手出しはしないんだな。いいだろう勝負受けてやるよ。どのおっさんと戦うんだ?」


 ミルコは女の後ろの兵士たちを見回した。

 兵士になんて敵う筈はないがそれでも一矢報いてやると拳に力を込めた。


「あなたと私の勝負だって言ってるじゃない。あなたの相手は私よ」


「ヴィヴィ様!!何を仰るのです。ここは我々の誰かが―――」


「ううん、私。私が戦って彼を奴隷にするの」


 その女は楽しそうに笑った。


 いいだろう、痛い目に合わせてやる!そのお綺麗なツラに泥を擦り付けてやる!

 先手必勝とばかりにミルコは殴り掛かった。


 ……がその拳がヴィヴィとかいう女に届くことは無かった。


 その女が呪文のような言葉を唱えるとミルコと女の間に見えない壁が出来、前に進めなくなった。


「くそっ!なんだこれ!」


 拳を振り回しても一向に前に進まない。

 女は杖のようなものを取り出すと先端をぐるっと回転させた。


 ミルコの周りにつむじ風が起こる。


「うわ!うわわわ……」


 眼がグルグル回りミルコは倒れかけた。


「あ、やりすぎちゃった!」


 女が急いで駆け寄ってきた。でもミルコはその時を待っていた。

 女の手を引き足を掛け転ばせる。馬乗りになろうとした時に女の足が飛んできた。


 まともに腹に受けひっくり返る。


「「「ミルコ!!」」」


 仲間の悲鳴が聞こえる。


 女が今度はミルコの上に馬乗りになり鼻先にさっきの杖を突き付けた。


「勝負あったわね」


「狡いぞ!手品みたいなもん使いやがって!」


「これは魔術よ。魔術も含めて私なの」


「そんなもん、敵うわけないじゃないか!」


「そんなことないかもしれないわよ。まあ私が有利なのは認めるわ。でもあなたは自分より体格がいい人は狡いって思う?自分より足が速い人は?力が強い人は?私の魔力は私の一部だわ。で、どうなの?降参する?」


「くそっ!降参だ」


 ミルコが喚くと女はにんまり笑った。

 にんまり笑ったままミルコの上から離れていく。女の身体が宙に浮いている。


「あ、あれ?」


 女の後ろに居た兵士たちの中で一番体格が立派で服装も立派な奴が女を抱き上げてミルコの上からどかしたのだった。


「アロイス……」


「スカート」


 そいつはじっとヴィヴィを見つめる。


「……ごめんなさい」


 ヴィヴィは急いでスカートの裾を引っ張り髪の泥を払い落とした。

 そうしてミルコを振り返りもう一度笑った。


「あなたはこれから私の奴隷ね!何でも言うことを聞くのよ!」

 





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