暫しの別れ
私がリードヴァルム王国に行くと決めてからその準備は急ピッチで進められた。
私はヴェルヴァルム王国の王族籍を抜けるのかと思ったらヴェルヴァルム王国の王族籍を持ったままリードヴァルム王国の王女になるらしい。なんとも複雑だ。
とはいえ今私に仕えている人たちとはお別れになる。みんな私がジークと結婚したらまた戻ってきたいと言ってくれたがどうなるかはわからない。
侍女のレーベッカを始めとしてメイドや護衛の騎士たちとささやかなお別れ会を開いた。レーベッカは「使用人とお別れ会なんて前代未聞です」と渋い顔をしていたが一番泣いたのはレーベッカだった。
お婆様は「三年後に戻ってくるのを待っているわ。でもね、私も歳だからいつまでも待てないのよ。さっさと戻って来てジークとの子供を私に抱かせてちょうだいね。その時を楽しみに元気に待っているわ」と明るく言ってくださった。
反対にディーは私にしがみついてわんわん泣いた。「ヴィヴィ姉様行かないで!!」と縋ってエミーリア様に窘められた。
けれど最後には涙を拭きながら「ヴィヴィ姉様が帰ってくる頃には僕はヴァルム魔術学院に入学しますね。学院で一番の成績を取ってヴィヴィ姉様に報告します」と言った。
「僕、頑張るから絶対に帰って来て報告を聞いてください」と鼻をスンスン鳴らしながら言うので可愛くって私はもう一度ディーを抱きしめた。
お母様には手紙を書いてオリヴェルト様には陛下から書簡が届けられあちらの国でも私の受け入れ準備は滞りなく進んでいるようだ。
お母様とオリヴェルト様は我が国に来て竜と契約する。
二人が竜の森に入った時をもってお母様と一緒にリードヴァルム王国に行っていた人たちはお母様付きのお役目が終了となる。
お母様たちが竜の森に入ったのを見届けて私たちは王都に引き返す。
そうして結婚式の準備だ。
お母様とオリヴェルト様が竜に乗って戻ってきたらそのまま結婚式だ。なんと竜場の一角に祭壇や舞台、列席者の席などが作られそこで陛下が二人の結婚式を執り行う。
我が国の信仰の対象は竜神でありその象徴は国王陛下である。
貴族の結婚は国王陛下が書類にサインすることで認められその書簡をもって代理の祭司が執り行う。王族や公爵家の結婚は陛下自らが執り行う。その際に竜が列席できるように竜場で行うことも珍しくないのだそうだ。雨の時は簡易に作られた祭場にテントの屋根がかけられる。
結婚式が終わるとパレードと王宮のホールでの宴となる。
この時に私がリードヴァルム王国に行くことを貴族に発表するそうだ。もちろん婚約は続行すると言ってくださるそうだ。
そして宴が終わると次の日お母様とオリヴェルト様、私はリードヴァルム王国に竜に乗って向かう。
今回ヴェルヴァルム王国に来る際お母様たちの随行員はヴェルヴァルム王国からリードヴァルム王国について行った者たちだけだった。
リードヴァルム王国の人達は国で結婚披露の準備をして待っている。
私たちがリードヴァルム王国に向かう際、竜騎士団の一隊が警護して随行してくれる。それとジークとエル兄様とフィル兄様。三人はリードヴァルム王国で結婚披露の宴に列席したのちに帰国する。
あと、アロイス。彼は護衛任務を終えるはずなのだけれど「お供します」とついてくることになっていた。
お母様とオリヴェルト様が学院に到着した。
出迎えた学院長は多少興奮気味だ。学院長は元々歴史の教師で聖リードヴァルム大帝国について研究していたらしい。聖リードヴァルム大帝国の末裔ともいえるオリヴェルト様に会えることがものすごく嬉しいらしい。それを言うならその子供の私も末裔じゃないの?と思わないでもないが学院入学以来数々の問題を起こし規格外だった私は悩みの種で崇める対象ではないそうだ。
その方が私も気楽でいいけれど。
お母様と久しぶりに会ってハグを交わす。
お母様たちは道中トランタの町にお忍びで寄ってアルバおばさんに会ってきたそうだ。オリヴェルト様は嘗ての髪色の鬘を被り二人でアルバおばさんを訪ねるとおばさんは涙を流して喜んでくれたそうだ。
「マリア……良かった、良かったねえ……オリバー、何があったかは知らないけれど二度とマリアを悲しませるんじゃないよ。うん、良かった……ホントに良かった……」
おばさんに今までのお礼としてまとまった金額を渡そうとしたが頑として受け取らず、反対にジャムやらマフィンやら魚の酢漬けやらお手製のお土産を沢山持たされたそうだ。
二人は、今はリードヴァルム王国で暮らしているのであちらの特産品を送ると約束してアルバおばさんと別れたと言っていた。
それからアウフミュラー侯爵領のお屋敷の様子も教えてもらった。
領主代理のマインラートもお母様と仲の良かったメイドのベルタも元気でなんとニコが一人前の従者になっていて一行のお世話を一生懸命してくれたそうだ。
お母様に懐かしい人たちの話を聞き、ほんわかした夕餉を過ごした。
オリヴェルト様は私が一緒にリードヴァルム王国に行くと決まってから少々浮かれ気味で「ヴィヴィが来たらあそこの景色を見に連れていってやりたい」とか「○○地方の特産のジャムは美味しいからきっとヴィヴィも気に入るぞ、取り寄せておこう」とか言ってお母様に窘められているらしい。
オリヴェルト様は私と会った途端抱きしめようとして思いとどまり「抱きしめていいか?」と聞いた。
「他の方々もいらっしゃるので後でお願いします」と小声で伝えるとしゅんとなり私の隣に立つジークを恨めしそうに見ながら握手を交わした。
そうして翌朝、お母様とオリヴェルト様、カールやアリー、トーマス、一組のみんな、ついでにジモーネ様まで竜の森に入るのを見送って私たちは王都に引き返したのだった。
王都で待つこと四日、物見の塔の兵士から「黒竜と白竜が飛んできます」との報を受け私たちは竜場に向かった。
全ての準備は万端でお母様は竜場に着陸したらすぐにメイドたちに連れ去られドレスに着替えて竜場の一角に作られた祭場に戻ってくる予定だ。オリヴェルト様も支度を整え一時間後に結婚式が行われる。
こんなに慌ただしい結婚式は前代未聞だがオリヴェルト様は行きは馬車で我が国にやってきたので日数がかかっている。あちらの国でも首を長くして待っているのだ。
オリヴェルト様とお母様が来るのが早ければ日程に余裕があったのだがギリギリの三日目やっとお母様の竜が学院に飛んできたので学院で一泊し四日目の早朝オリヴェルト様と共に王都に向かうと昨晩知らせが届いた。もともとパレードと宴は今日の午後と夕刻に予定されていたのでお母様の支度に一時間しかかけられなくなってしまったのだ。
結婚式は感動的だった。
晴天の元(昨日は曇りで小雨が降ったので昨日じゃなくてよかった)オリヴェルト様の髪色の銀糸の刺繍を一面に施されたマーメイドラインのドレスを着たお母様は輝くような笑顔でその豪奢なブロンドの髪を結い上げ、オリヴェルト様の手を取った。
オリヴェルト様の視線はお母様に釘付けで甘い甘い雰囲気の二人は娘ながらに、いや娘だから余計に恥ずかしかった。
列席した主だった貴族の後ろにはお母様の黒竜とお父様の白竜が控えその後ろにルーナとイグナーツが控えている。
お母様とオリヴェルト様が手を取り合い列席した私たちの方を振り返ると同時に二頭の白竜と二頭の黒竜が空に舞い上がった。
私たちの頭上を交差しながら飛び回り、王都をパレードした際には馬車の上空をゆっくり旋回しながら四頭の竜が飛ぶ様に王都の人々は歓声を上げた。
「ヴェルヴァルム王国万歳!」
「リードヴァルム王国万歳!」
「オリヴェルト国王陛下万歳!」
「マリアレーテ王女殿下万歳!」
人々は花吹雪を馬車に向かって撒きながら口々に叫んだのだった。




