戦の終結
トシュタイン王国との戦いが終わって二か月が経った。
戦後処理をあらかた終え、新たに派遣された騎士や役人たちに後を任せやっと王国騎士団がフェルザー伯領を発ったのが二十日前。
今日王国騎士団が王都に帰ってくる。
騎士団は既に王都まであと数時間の距離まで帰ってきており今日の正午に合わせ王都に入場するそうだ。王都のメイン通りを堂々と行進し王宮に入る。
正午まであと一時間となった今は大通り周辺は見物人でごった返している。見物人を当て込んだ屋台も周辺に点在しちょっとしたお祭り騒ぎだ。
ちなみに竜騎士団は戦いが終わって一週間で帰ってきた。
五つの隊、数多の竜が王都を曲芸飛行する様に王都民は拍手喝采で大喜びだった。
この時私はジークと共にイグナーツとルーナに乗って彼らを迎えた。
初めて見る黒竜と白竜の出迎えに彼らも大層喜んでくれた。
王族として彼らを迎えるため私は部屋で支度を整えていた。
ノックの音がしてジークが迎えに来たことが告げられた。
「わざわざ迎えに来てくれなくても良かったのに」
そう言いながらもわざわざ来てくれたことが嬉しい。離宮から本宮に向かうより奥宮から本宮の方が全然近いのだ。
「私がヴィヴィをエスコートしたかったんだ。うん、今日も可愛いよ私のヴィヴィ」
そう言いながらエスコートのために差し出した私の指先に口づける。
なんかジークは最近甘くなったような気がする。優しいのは昔からだけどフィル兄様が言いそうなセリフがポンポン出てくる。
フィル兄様に言われるときは笑ってお礼が言えるのにジークに言われると赤面してドギマギしてしまう。
王宮の大広間には既に多くの貴族が集まっていた。
壇上に王族が入場する。残念ながらディーはまだこういった公のものには参加できない。
今日は王族が最後の登場でなく、帰還した王国騎士団及びアルブレヒト先生が最後の登場だ。
あ、もうビュシュケンス侯爵と呼んだ方がいいかもしれない。アルブレヒト先生の授業は彼が戦地に向かう前に終了している。お母様の授業はまだ続けるそうだけど。
ここに入場できるのは小隊長以上の人達で全てではないのだけれど入場できない人たちも王宮前広場にて帰還をねぎらわれもてなされているらしい。
この場より気楽なのでいいかもしれない。
ファンファーレと共に王国騎士団が入場する。
先頭のビュシュケンス侯爵を始め皆が笑顔だ。
こういう時は厳かなんだろうと思っていた私の考えは覆された。
もっとも満面の笑顔だったビュシュケンス侯爵の方が異例だっただけで普通は厳かに進められるものだと後でジークに聞いた。
ビュシュケンス侯爵に引きずられて皆が笑顔になる。それを迎える私たちも笑顔になる。
凄く明るい帰還報告式典となった。
ビュシュケンス侯爵は型通りの帰還報告をした後、「それにしてもにっくきトシュタイン王国が滅びたことは誠に喜ばしい事です!私もトシュタイン王国の滅亡の一助となることが出来たのは本当に嬉しい。これで天に召された後も妹たちに顔向けができます」と付け加えた。
「皆大儀であった。ビュシュケンス侯爵を始め此度の戦いに命を賭してくれ我が国を勝利に導いてくれたそなたたちの働きには感謝している。今日はささやかながら宴を用意した。戦いの疲れを少しでも癒して欲しい。先ほどのビュシュケンス侯爵の言葉通りトシュタイン王国は滅びた。今後はこれほど大きな軍事侵攻はないものと思われるが引き続きヴェルヴァルム王国の騎士として邁進してもらいたい」
国王陛下のお言葉に騎士たちが膝を折り騎士の礼をした。
戦勝記念の夜会は後日プレデビューの夜会の際に行われ、王都民にもお祝いのお酒が振舞われるが、王国騎士団の帰還をもって今回の戦いは幕を下ろしたのだった。
フェルザー伯領の戦いはトシュタイン王国のサロモネの軍が夜明け前のほの明るい時間に一斉にメリコン川を渡り領内に侵入してきたことに端を発する。
もちろん前日までに領民全ての避難は済んでおり王国騎士団も配置済みだった。竜騎士団が偵察しているので彼らの動きは丸わかりだ。
今回渡河をしたのはサロモネの軍の三分の一。本隊はまだ川向うだ。
先陣を切る役目を仰せつかったのは地方領主の軍が多い。密かにクーデターを起こすリードヴァルム王国軍と通じている領主もいるが全てではない。
フーベルトゥス騎士団長は巧みに騎士団を操りリードヴァルム王国軍と通じている領主と連携しながら一進一退を繰り返す戦場を作り上げた。
数では圧倒的にトシュタイン王国の軍が勝っている。地の利と魔術による攻撃、随所に竜騎士団の応援を入れながら拮抗した戦場を作り上げたフーベルトゥス騎士団長の手腕は流石である。
ヴェルヴァルム王国の騎士団は負傷者はいるものの死者を出していない。
そうしてじりじりと押された振りをしてトシュタイン王国の軍勢を引き込み領主の館を占拠させた。
これも計画の一部である。
次に竜騎士団が川向うのサロモネの本陣を襲う。あくまでやり過ぎないように注意しなくてはいけない。今敗走されてトシュタイン王国に帰られる訳にはいかないのだ。
川向うも安全ではないとサロモネに思わせ、同時にヴェルヴァルム王国の領主の館を占拠したのでそちらの方が安全だと思わせる。戦いにおいてはトシュタイン王国の軍が押している。後もう一息でヴェルヴァルム王国の騎士団は崩れ去る。今が全軍の攻撃を掛けるときだとサロモネをそそのかし側近の主力部隊と共に渡河をさせた。
サロモネが予定通り領主の館に入ったのを見届けて今度は本気の猛攻を仕掛けた。
川を渡ってしまえば簡単にトシュタイン王国に逃げ帰ることはできない。
待っていたリードヴァルム王国軍挙兵の報も届いた。トシュタイン王国の王都に向かって快調に進軍しているらしい。
もう遠慮はいらないのだ。
竜騎士隊の本気の攻撃にトシュタイン王国の軍が浮足立つ。それと同時にリードヴァルム王国軍に与していた地方領主たちがトシュタイン王国軍からの離脱を宣言した。
一番激しい戦闘があったのは離脱した軍とサロモネの軍とのトシュタイン王国人同士の戦いである。
当然ヴェルヴァルム王国の騎士団は離脱した軍の味方に付いた。
そうした結果次々と投降者が相次いだ。上官がサロモネに付いていても下級兵士たちが次々と投降してしまう。徴兵でかき集めた兵には忠誠心などない。
大軍勢だったサロモネの軍はあっという間に数を減らし、最後にサロモネを打ち取ったのもトシュタイン王国の兵士だった。
サロモネの側近だった大領主や近衛兵たちもその多くがトシュタイン王国の兵士によって打ち取られサロモネの軍は瓦解したのだった。
戦闘そのものは意図的に引き延ばした序盤を除けばあっさりと勝敗が決まった。
むしろ戦後処理の方が時間がかかった。
敵ではなくなったとはいえ大軍勢がフェルザー伯領に居座っているのである。
サロモネを始め幹部を失い敗戦し一カ所に集められているトシュタイン王国の軍は早々に川向うに追い出した。
彼らは敗戦軍として命からがらトシュタイン王国に帰ることになる。行きはすんなり通してくれたヘーゲル王国は国王が王弟を投獄したそうだ。帰りもすんなり通してくれるかはわからない。やっと祖国にたどり着いてもトシュタイン王国はもう無い。彼らには戻る領地も地位もすでにないのだ。しかしそれらを教えてやる義理は無い。
一方サロモネの軍に敵対した隠れリードヴァルム王国軍ともいえる兵や途中で寝返った兵たちにはトシュタイン王国でクーデターが起こりトシュタイン王国が滅亡したこと、その地は新しいリードヴァルム王国となったことを伝えた。寝耳に水で茫然としている者もいれば歓喜の雄たけびを上げる兵たちもいた。
新たにヘーゲル王国の国王に通行の許可を取り彼らを旧トシュタイン王国の地に送り出してやっと王都に帰ることが出来た。
サロモネの軍勢はヴェルヴァルム王国で略奪をするつもりだったから糧食なども大して持ってきておらず大軍勢を食わせるだけでも大変だった。
リードヴァルム王国に更に貸しだとビュシュケンス侯爵アルブレヒトは言っていた。
アルブレヒトは侯爵としてヴェルヴァルム王国軍の総大将として戦地に居たわけだが実際、戦いの指揮を執ったのはフーベルトゥス騎士団長だ。
アルブレヒトは帰還後の宴で酔っ払って自慢話を上機嫌で披露したがそのほとんどは我が国の騎士団長の手腕は本当に凄い、とか騎士たちの強さは尋常ではない、とか竜騎士団の戦いは華麗の一言に尽きる、とか周りの人の自慢ばかりだったので人々は顔をほころばせながら気持ちよく自慢話を聞いていた。
アルブレヒト自身は戦争終結後に手腕を発揮した。滞りなく交渉を済ませ食料を調達し旧トシュタイン王国軍だった彼らを送り出したのはアルブレヒトの手腕だが彼はその話を一切しなかった。いかに戦場でヴェルヴァルム王国軍の強さに感激したのかを延々と語り続けたそうである。




