クーデター(1)
ヴァルム暦1689年秋、空が高くなり朝晩が涼しいから肌寒いに変わってきたある日、トシュタイン王国の王都の西北、旧リードヴァルム王国があった地で一部の領主達が反乱を起こした。
リードヴァルム王国軍を名乗るその軍は今まで虐げられていた地方の領主たちの兵士で構成されておりその軍を率いているのはリードヴァルム王室の最後の生き残り王太子オリヴェルト・ヴァイス・リードヴァルムだと発表された。
折しも第一王子サロモネは隣国ヴェルヴァルム王国に遠征中であり王都までの間に強い軍隊は残っていない。多少貴族の私兵による抵抗はあったもののリードヴァルム王国軍は快調に進撃し王都まであとわずかの距離に迫っていた。
この進撃を民衆は固唾をのんで見守っている。
一部の有力者ばかりが富を享受するこの国は貧しい民衆が多い。労働は辛く働いても働いても搾取されるばかり。挙句の果てに徴兵で働き手を持っていかれてしまう。今の体制に不満を持っている民衆は多い。しかし権力者に逆らったら待っているのは更に厳しい生活や投獄、死だ。だから誰かがこの生活から救い出して欲しいと願いながらもじっと息を潜めている。
心の中でリードヴァルム王国軍とかいう人たちが自分たちを救ってくれることを願いながらも多分無理だろうという諦めの気持ちもある。半々の気持ちを抱えたまま人々はリードヴァルム王国軍が王都に向かって進軍する様を見守っているのだ。
王都の外壁が見える位置まで進軍してきた軍は一旦歩みを止めた。
王都は高い外壁に守られており数カ所ある門はいずれも堅く閉ざされている。これからあの門を破って王都に進軍、王宮に攻め入って国王を打ち取るのだ。
第一王子サロモネはヴェルヴァルム王国の軍が足止めしていてくれる。こちらが挙兵したことは知らせたので彼らがサロモネは打ち取ってくれるだろう。
「ようやくここまで来たなオリバー、いやオリヴェルト司令官」
高台で外壁を眺めていたオリヴェルトにラーシュが話しかけた。
「ああ。と言っても王宮に乗り込んだ訳でも国王を打ち取ったわけでもない。まだ道の途中だ。気を抜くわけにはいかない」
オリヴェルトは今はオリヴェルト司令官と呼んでもらっている。オリヴェルトを担ぎ上げた領主たちは最初オリヴェルト殿下と呼んでいたがそれは止めてもらった。リードヴァルム王国は一度滅んだのだ。また建国するとしてもそれは前のリードヴァルム王国とは違う。今はリードヴァルム王国軍の総司令官だ。
目の前の男は二人きりの時にはオリヴェルトをオリバーと呼んでいるが。
「もっともだ」
そう言ってラーシュは気合を入れるように「ふんっ!」と両の二の腕に力こぶを作る。
思えばこの男に会ったことから今の旅が再び始まったのだ。復讐という長い旅が。一度は諦めた旅だった。幼い頃は優しかった両親や乳母、皆を殺したトシュタイン王国が憎くて憎くてたまらなかった。大きくなったら絶対に復讐してやると竜神に誓った。
マリアと暮らすうちにその思いはだんだんと薄れていった。父母やリードヴァルム王国の皆のことを忘れたわけではない。でも長い年月は思い出を風化させる。新しい大事なものが増えていく。ヴィヴィが生まれたときに復讐は諦めた。マリアとヴィヴィを守って穏やかにヴェルヴァルム王国で生きていこうと思った。
それなのに運命は諦めた途端にオリヴェルトを復讐の長い旅に引き戻した。
もっとも昔とは少し意味合いが違う。ラーシュと出会って地方の人々に触れ、復讐するだけではなくこの国の人々を救いたいと思った。王家に群がる搾取で肥え太った人々ではない。名もなき一般の人々だ。復讐の旅の先に建国の旅を夢見るようになった。
建国の旅はマリアと共に歩みたい。それにはまずこの復讐の旅を勝利で終えなくてはならない。
「外壁の門はどうなっている?」
オリヴェルトの問いにラーシュが答える。
「明朝内通者が開ける手はずになっている。三カ所の門から我らの軍が一斉に突入する。大通りで合流し王宮を目指す。合流したら兜は外せよ。王都の奴らにお前の顔を見せつけてやれ。堂々と大通りを行進するんだ」
王都は地方に比べ裕福な者が多い。つまり現王室側の人間が多い。しかし全てが裕福なわけではない。裕福な者たちにこき使われ恨みを募らせている者たちも多いのだ。その者たちにとって私は希望の光らしい。
私の銀髪や風貌はひどく目立つ「竜神を信仰している年寄りなんか拝むかもしれないぞ」とラーシュは言っていた。
狙われる危険もあるが多少魔術を習いなんとか身の回りに障壁だけは張れるようになった。ヴェルヴァルムの国王からウォンドを贈ると言われたがそれは遠慮した。教師もいない独学では使いこなせる自信がない。
「王宮に着けばエリオの手勢がいる。あまり多くは無いが門さえ突破してしまえば何とかなる」
ラーシュの言葉に深く頷く。
明日……明日……明日にこの旅は終わりを迎えるのだ。成功を祈ってラーシュと拳をつき合わせた。
明朝オリヴェルト達リードヴァルム王国軍は西の大門の前に歩を進めた。
西大門は主要都市に向かう街道が伸びている門であり一番大きい。普段であれば行き交う商人の馬車や荷馬車、騎馬の兵士や徒歩で王都にやってくる人々でごった返しているが今は門は固く閉じられている。しかし間もなく内通者によって開けられるはずだ。北門、南門に回った別動隊も同時に王都に入れるだろう。
「竜だ!」
誰かが叫んだ。
二頭の竜がこちらに向かってくる。ヴェルヴァルム王国から応援に来てくれたのだろうか?しかし竜は王都の中から現れたように見えた。
「ヴェルヴァルム王国の……いや待て?みんな!警戒しろ!!」
オリヴェルトが叫んだ時には遅かった。
竜の背から放たれた光線が一人の兵士を貫いた。
「うわっ!」
「ギャー――!」
周囲は瞬く間にパニックに陥った。次々と光線を浴びせられ至近距離まで飛んできた竜の爪に引っかけられる。
「盾で防ぐんだ!!」
オリヴェルトが叫ぶが皆浮足立っている。
やっと盾で防いでも竜はやすやすと背後に回り込めるのだ。数人で固まり背中を合わせ円形になる。盾を全方位に巡らせることでやっと光線に対処することが出来た。こちらから射かけた矢は全て弾かれている。かすり傷一つも負わせられないのだ。
「くそっ!ここまで来て!あの竜はなんなんだ!!」
ラーシュが吐き捨てる。
「オリヴェルト司令官!危険です!お下がりください!」
ハッと前方を向くと一頭の竜が目前に迫ってきていた。竜の背でウォンドを構えている男が見えた。
あれは王の腰巾着、宰相の……
考え事をしながらも手を前に突き出す。私にはこれしかない。
凄い勢いで魔力が放出される。放出した魔力は渦となり竜にぶつかる。竜巻となった魔力は竜をすっぽり包み込んだ。
「うわーーーーーー!!」
竜の背から人が落下するのが見えた。そのまま竜もコントロールを失い地面に落下する。
幸いその付近の兵士たちは避難済みだった。
ドォオオオオン
地響きが辺りに響き渡る。
一瞬の静けさの後に兵士たちの歓声が上がった。
マズいと思ったのだろうもう一頭の竜が王都の中に帰って行く。
ひとまず竜の脅威は去った。
オリヴェルト達は急ぎ他の門に向かった。
別動隊はもっと悲惨だった。たった一頭の竜に翻弄され多くの兵士たちが怪我をした。死者は五十人ほど。しかし大半の兵士が怪我をし、重傷の者も多い。もっと深刻なのは士気が目に見えて下がったことだった。
早急に立て直しを図らなくてはいけない。もう後へは引けないのだ。
全軍を纏め怪我人は後方に下がらせる。竜のスピードでは前衛も後衛も関係ないのだが。
「あの耄碌王……いつの間に竜なんか手に入れていたんだ……」
ラーシュが呟く。
今日確認できた竜は四頭。その内一頭は墜落した。竜は死ななかったが乗っていた男が死ぬとよろよろとどこかへ飛び去って行った。乗っていた男は侯爵だ。宰相の甥にあたる。いつの間に竜を手に入れていたのか?サロモネとその息子がこそこそと何かやっていたのはこれだったのだ。
「しかし凄いなオリバー。竜を撃墜させられるなんて。その調子であと三頭やっつけられるか?」
ラーシュが問いかける。皆も期待した目で見つめるがオリヴェルトは楽観視できなかった。
「私に向かってきてくれればな。多分……」
「そうか。次は敵も用心するよな」
「ああ。今回は至近距離だから上手く竜巻に巻き込むことが出来た。でも次からは敵も用心するだろう。離れたところの兵を攻撃されたら私は何もできない。離れたところの竜も巻き込めるほどの竜巻を作ったら味方も巻き込んでしまうからな」
「そうか。作ることはできるんだ……」
ラーシュが茫然と呟いた。
ともあれ問題は解決していない。早急に対策を練らなければ。
「竜です!!竜が再び竜が襲ってきます!!」
悲鳴のような見張りの声にオリヴェルト達は立ち上がった。




