側近会議(1)
国王の執務室に数人の人間が集まっている。
普段から国王の執務室に出入りしている人間がほとんどだが今日は新たに二人の人間がこっそりと呼ばれていた。
「やあ、よく来てくれた。まずは皆座ってくれ」
国王ヘンドリックの言葉で各々ソファーに腰を下ろす。集まった人間は国王ヘンドリック、宰相のルードルフ、王太子ジークハルトと筆頭補佐官のフィリップ、王国騎士団長のフーベルトゥス、ゴルトベルグ公爵アウグスト、ビュシュケンス侯爵アルブレヒト。そこに加え今回はランメルツ侯爵ヴィンフリート、ルントシュタット侯爵エリーアス。
唯一の公爵家と六つある侯爵家のうちの四つの侯爵家の当主が集まったことになる。序列六位のシュッセル侯爵家は当主が病がちで公務はお飾りで騎士団の統括大臣になっているので呼ばれていないのは理解できるが序列三位のハンクシュタイン侯爵がここに居ないのは何か意味があるのだろうか。
ルントシュタット侯爵エリーアスはこれは噂で囁かれている側近会議なるものではないかと密かに考えていた。
王国の決め事は些細なものを除いては大抵が定例会議で決められる。それぞれの分野の大臣たちや公爵、侯爵家当主、騎士団長などこの国の政治の中枢を担っている者たちの会議だ。
もちろん国王の意見が一番強いが多数の臣下が反対を表明すれば国王とてごり押しは出来ない。定例会議で賛同を得る必要があるのだ。しかし会議は開かれたものであるので国として秘密を保持したいような事柄は議題には上げない。例えば今回のようなケースだ。
トシュタイン王国の大群が攻めてくるといった情報は一般には知られていない。我が国がその情報を掴んだことは秘密にして迎え撃つ準備をすることは当然のことだ。
王宮にまで各国の密偵が紛れ込んでいるとは思いたくないが巷にはゴロゴロいるだろう。どこの国も他国の情報をいち早く得ることは重要なことだ。我が国だってやっている。国交をしていないトシュタイン王国の密偵でも数国国を経由すれば潜り込めるだろう。それを排除することは不可能だ。
ゆえに密偵に有力な情報を掴ませないことは重要だ。当然定例会議は公に発表しても問題が無い事案が話し合われることになる。
エリーアスは数か月前にトシュタイン王国の侵攻を秘密裏に打ち明けられた。情報の出所は明かせないが確かな情報だそうだ。
エリーアスはルントシュタット侯爵家の当主として建設大臣の任を担っている。王国中の街道整備や防衛施設、大きな建物の建設修繕、治水工事など全てエリーアスの管轄だ。
そのこともあって今回の側近会議に呼ばれたのだろうと考えた。
公には決め事は定例会議で決定される。しかし定例会議の折には上層部(国王、宰相、公爵家や上位侯爵家)の意見が纏まっていることが多いことから事前に側近会議で意見を調整しているのだろうと以前から囁かれていた。
表に出せない事情や秘密裏に事を運ばなければいけない場合もあるのでこれは必要な事だろう。
今回、その側近会議に自分が呼ばれたということは国王陛下は自分を信頼してくださっている証だ。そして能力も認めてくださっている証だと思いエリーアスは少々誇らしい気分だった。
隣に座っているランメルツ侯爵ヴィンフリートも同じ思いだろうとエリーアスはちょっと誇らしげに胸を張って座っているヴィンフリートを見た。
「今からここで話し合われることは当然のことながらご家族にも漏らさないようにお願いします。事情があってどなたかに話されるときは必ず事前に私か陛下に許可を取っていただきます」
宰相ルードルフの言葉に一同は頷いた。
「さあ、ここでは無礼講だ。皆忌憚ない意見を聞かせてくれ」
国王ヘンドリックの言葉で会議は始まった。
「まず、サルバレーに建設中の施設だが進捗状況は?」
ルードルフに水を向けられたエリーアスはフェルザー伯領に建設中の巨大施設について説明を始めた。
メリコン川を挟んでヘーゲル王国と向かい合っているフェルザー伯領。十二年前にトシュタイン王国の襲撃を受け巨大竜巻によって戦禍を免れた地である。その領都に建設中の巨大施設。
これは公には王国一の遊興施設を併設した一大リゾート施設だと発表されているが実はトシュタイン王国の侵攻の際領都サルバレーと近隣地域の住民全てを収容できる避難施設だ。容易に襲撃できないように巡らせた高い塀と周囲に巡らせた堀は今はその内部を人々に見せない役割を担っている。
そしてこの施設が戦時の王国騎士団の拠点ともなる。
それ以外にもフェルザー伯領には数カ所の軍事拠点を建設中だ。
もちろんフェルザー伯にはトシュタイン王国の侵攻のことは内密に話をしている。フェルザー伯は物事に動じない穏やかさを持った信頼のおける人物だ。
今は領地に居る。トシュタイン王国の侵攻を完全に防ぎきるまでは領地を離れないだろう。
様々な施設と物資を運ぶ街道の整備も順調に進み終盤を迎えていた。
エリーアスの報告にヘンドリックは満足げに頷いた。
「ソヴァッツェ山脈の山道や港については?」
トシュタイン王国は十二年前と同じようにヘーゲル王国を通過してメリコン川から攻めてくるらしい。
ソヴァッツェ山脈の山道は一度に大群が攻めてくるのに向いていない。過去何度も山道から襲撃を受けているがその都度撃退している。偶然巨大竜巻に侵攻を阻まれた過去があったとしても一度に大群で攻めてくることができるメリコン川対岸の方がトシュタイン王国に有利だとの判断だろう。メリコン川から攻めてくるにはヘーゲル王国の協力が不可欠だがヘーゲル王国のお家騒動が絡んでいるらしい。その辺の事情にはエリーアスは詳しくなかった。
「バスラ―伯領、ペーレント伯領共にソヴァッツェ山脈の山道付近の巡回を強化するとともに両伯爵領には万一の時のために広域障壁を張れるように魔石を配布しております」
今度はランメルツ侯爵ヴィンフリートが答えた。
ヴィンフリート自身は寡黙で仕事熱心な男だ。忠誠心も厚い信用できる男だとエリーアスは考えていた。
嫡男もヴィンフリートに似た寡黙で真面目な男らしい。今は領地で仕事をしているはずだ。しかし末子の娘が王太子妃を狙っていたようで夫人と躍起になっていたらしい。それがらみで王宮に努めていた次男も何かしでかしたらしく宰相執務室から王宮の食材管理長という閑職に配置換えになっている。肩書だけは長が付いて出世しているが。
夫人や次男、娘は人は悪くないのだが侯爵家として少々軽率な行動が多いと周囲は評価している。
続いて宰相ルードルフが報告した。
「国内の各港は入港船の監察を強化し、港町の見回りや治安維持のための騎士や衛兵を増やしております。また、大船団で急襲して来ることの無いよう見張りも徹底しています。と言ってもトシュタイン王国には海が無い。したがって船団も持っていませんからこれはあくまで万が一ということですが」
ルードルフの報告にフーベルトゥス騎士団長も頷いていた。
「竜の森は?」
ルードルフの問いに今度はゴルトベルグ公爵アウグストが答える。ゴルトベルグ公爵家を筆頭とした数家が竜の森の結界を担っているからだ。
竜の森周辺や内部の警備は竜の森に隣接した貴族家と王国騎士団が担っているがまずアウグストが答えた。
「結界については問題ない。巡回警備については……」
アウグストがフーベルトゥス騎士団長を見る。
「そちらも問題ない。と言ってもここ数年で二回もトシュタイン王国の奴らに侵入を許してしまったがな。巡回警備や竜の森の門の守衛勤務の体制は見直しをして三重チェックを入れるようにした。それ以来不審な者を見かけたとか侵入者の痕跡があったという報告は上がっていない。問題だったウルプル伯領はウルプル伯爵家が取り潰されて以来王国預かりになっているのでしっかりと警備巡回している」
「秋の大演習の準備は?」
もう一度フーベルトゥス騎士団長が答える。
「そちらも着々と準備していますよ。ああ、腕がなるぜ」
フーベルトゥス騎士団長の元、この秋王国騎士団の大演習がある。……という名目で大部隊を王国南部に動かす。王国騎士団八つの隊の半数近くを動員する混成部隊だ。トシュタイン王国の侵攻があった際に偶然近くに王国騎士団がいたとして現地に向かわせるためだ。
竜騎士団は少し離れたところで演習を行う。竜の機動力なら離れていても問題はない。
様々な準備が問題なく進んでいるようで一同はホッと息をついた。
トシュタイン王国の侵攻はメリコン川対岸からと情報が入っているのにそれ以外の地域も警戒しているのは同時に何かを仕掛けてくるらしいとの情報が入っているからだった。
それが何かはわからない。一番警戒するのは少人数によるテロだろう。侵攻と同時にテロを起こし注意を分散する作戦だ。
王都や王宮の警備は強化しているが侵攻が始まったら更なる注意が必要だろう。
「次に……先日訪れたトシュタイン王国の大使一行が接触していた貴族についてですが……」
ルードルフの言葉にその場に緊張が走った。




