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【完結】竜の国——記憶を失った平民の少女は侯爵令嬢になり、そして……  作者: 一理。
王宮生活

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ディートフリート第二王子(4)


「そうか……」


 ジークは私からディーの話を聞くと深い溜息を吐いた。


「ディーのことはなんとなくは気になっていたのだが……すまない。これは僕か父上が気が付くべき問題だった」


 ディーのことをジークに話せたのは二日後の夕刻。なかなか時間が合わなかったのだ。それだけでもジークの多忙さが窺われ新たな問題を持ち込む事を申し訳なく思った。


「ううん、それはいいのよ。ただどうして気が付かなかったのかなって」


「そうだな。まず単純に忙しかったというのもある。ディーが生まれて少ししたら僕は学院に行ってしまった。学院に入る前はなんとなく母上でない女性が父上の子供を産んだというのが面白くなくてな。僕には母上はもういないのにディーにはいるということで嫉妬していたのかもしれない。学院を卒業するころにはそんな拘りは無くなっていたけれど君も知っている通りトシュタイン王国がらみでいろいろあっただろう?それにマリアレーテ王女や君のこともあったりして正直ディーのことまで気が回らなかった」


 そうだ。昨年から今年にかけていろいろな事があった。その問題解決や事後処理などジークは多忙を極めた事だろう。それは陛下にも言えることだ。


「エミーリア側妃は大人しい人で奥宮の更に奥に引っこんだままだ。数部屋の居住スペースとその周辺の庭から外に滅多に出てこない。ディーも引っ込み思案だと思っていたので無理強いは良くないと考えていた。いや、何も言ってこないので放置していたという方が正しいな。僕がちゃんとディーと向き合っていれば気が付けた事なんだから」


 私はジークの手をそっと握った。


「自分を責めないで。そんなつもりで言ったのではないの。ジークが気が付かなかったのも無理ないとわかったわ。これからのことを考えましょう」


「ああ。ちょうど明日は父上と朝食を共にする約束があるだろう?その時に父上に話してみるよ」





 次の日朝食の席でその話を持ち出すと陛下は難しい顔をした。


「そうか……迂闊だったな。ディートフリートのことはエミーリアに任せきりだった」


「側妃様はどんな方なんでしょう?」


「そうだな……何といったらいいか……彼女はユリアーネの侍女だったんだ。正確には侍女見習いでユリアーネが妹のように可愛がっていた。事件の時はちょうど休暇で伯爵邸に帰っていたので難を逃れたのだよ」


 側妃様は王妃様の侍女だった……そこには複雑な思いが渦巻いているようだった。


「僕も知らなかった……」とジークが小さな声で呟いた。


「エミーリアはユリアーネを尊敬、いや崇拝していた。彼女は大人しい女性だが一度決めたら梃子でも動かないような頑固さがあってね。ユリアーネ亡き後私は再三新しい王妃か側妃を娶るよう勧められていた。私の妻は生涯ユリアーネだけだし彼女以外を愛することは無い。けれど周囲はそれを許してくれない。そんな時エミーリアが私が側妃になりますと言ってきたんだ」


 一介の侍女が国王陛下にそんなことを言う機会がよくあったしよく言えたなあと私は感心した。

 そのこと一つとっても大人しい女性という印象ではない。


「当時新しい王妃にと勧められていた令嬢は当然ながら侯爵家または伯爵家の中でも高位の令嬢ばかりであった。当然彼女たちやその親は王妃になれるものと思っていたが私はユリアーネ以外を王妃にしたくなかった。側妃狙いの者たちは私の寵愛を得られるものと思っていたが私はユリアーネ以外を愛するつもりは無かった。そのことをよく知っていた彼女は私の侍従のノルベルトを通じて自分を側妃にしてくれと言ってきたのだ」


 陛下は食後のお茶で喉を湿らせてから言った。


「彼女は新しい王妃や側妃によってユリアーネが蔑ろにされるのが許せなかったんだよ」


 王妃様のことが大好きな側妃様……どんな人なんだろう


「彼女は『側妃の務めだから子供を必ず一人は産みます。でもその後は私たちに構わなくて結構です』と私に言った。子供を産まないとまた新たな側妃や王妃を求められるだろうからと。『でもこの国の国王になられるのはユリアーネ様のお産みになったジークハルト殿下だけです』と。『だから私は子供を利用しようという権力から守るため奥宮から出ません』と」


 ジークの地位を守るために自らも子供も引きこもって生活するなんて……偉いのかもしれないけど何か違うような気がする。彼女は自分で選んだことだけどディーは?ディーはそんな生活は望んでいない。


「陛下は?陛下は側妃様の考えをどう思われますか?」


 私の聞き方はちょっと挑戦的だったかもしれない。でも少しムカついていたのだ、陛下に。ディーのお父様は陛下なのに。


「私は……当時はエミーリアの提案に助かったと思ったな。新しい王妃様を、お子様をと言われ続けることにほとほと嫌気がさしていたから。エミーリアといるのは気が楽だった。私たちの共通の話題はほとんどユリアーネの思い出なんだ」


「でも側妃様は陛下の子をお産みになったのでしょう?」


 私にはわからない。私は男性とのそういう経験もましてや母になったこともないから。でも全く好きでもない人とそういうことをして子供を産めるものなの?男性は?男性は好きでもない人とそういうことをできるって聞いたことがあるけど……

 私はジークをじっと見た。ジークはなぜか焦って手を顔の前で違う違うというように振っている。


「私はエミーリアにも愛情を感じているよ。もちろんユリアーネに抱く感情とは全く違うけれども家族としての親愛の情はある。じつはディートフリートが生まれたときに彼女に王妃にならないかといったんだ。約束通り奥宮から一歩も出てこない、夜会にもお茶会にも一切出ない彼女を不憫に感じてね。ユリアーネも彼女なら許してくれるかと思ったんだ」


「ではどうして……」彼女は側妃のままなのだろう。


「彼女に叱られたんだ『陛下の王妃様はユリアーネ様だけです!陛下の隣に立つ方はあの方だけです!陛下はユリアーネ様をもう忘れてしまったのですか!』とね」


 なんという……側妃様はそれほどに王妃様のことを慕っていたのか……


「それから彼女は益々引きこもってしまった。ディートフリートは私が責任もって育てますと言って。私も乳母や教師の手配はしたが実際にディートフリートに会う機会はほとんどなかった。特にこの二、三年は様々な事が起こって多忙だったのもありエミーリアに任せきりだった。私の子供なのにな。面目ない」


 陛下は実情を知ってショックを受けているようだった。


「あの……二つほどお願いをしてもよろしいでしょうか」


 陛下が事態を改善してくれるかもしれないけれどせっかく知り合ったディーとの縁を私はこれきりにしたくなかった。


「一つ目はディー、ディートフリート様が定期的に東の離宮に遊びに来れるようにしてほしいんです。こっそり来るのではなく堂々と定期的に通えるようにしてもらいたいのです。

 もう一つは一度側妃様にお会いしたいです。お茶会でも食事会でも構いません。側妃様とディートフリート様も私もお母様も同じ王族の一員です。複雑な関係ですけれど。やっぱり一度ちゃんとご挨拶したいです」


「父上、私もそれは望みます。それから私もディートフリートとちゃんと兄弟として交流を持ちたいと思います」



 陛下は私の願いを聞き入れてくれた。

 東の離宮へは定期的に来させるようにと通達を出してくれることになり側妃様と会う機会も近日中に設けることを約束してくれた。


 そして長くなってしまった朝食後の話に泡を食って急いで執務室に去って行った。


 ジークも。実はフィル兄様が遅い遅いと食事室の外で青筋立てて待っていたらしい。

 フィル兄様は食事室から出てきた私を見るなりにこやかに話しかけてきたから直前まで青筋立てていたなんて気が付きもしなかった。




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