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【完結】竜の国——記憶を失った平民の少女は侯爵令嬢になり、そして……  作者: 一理。
王宮生活

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夜会


 時は一日戻りマリアレーテ王女お披露目の夜会。


 ルードルフは王族の登場の扉前で眼の前に立つ国王ヘンドリックとマリアレーテ王女を見ていた。


 今日は陛下がマリアレーテ王女をエスコートするため二人は並んで立っている。


 マリアレーテ王女はいささか緊張は見られるものの落ち着いた様子で背筋を伸ばして優雅に立っている。


 もともと平民にしては立ち居振る舞いが綺麗だった。それはヴィヴィもそうだが。我がアウフミュラー侯爵家で下働きのメイドとして雇われて数年で上級メイドになりヴィヴィの専属メイドになった。夫に失踪され幼い子供を抱え、その子供も取り上げられてメイドとして仕えることになった。彼女はその過酷な運命を意志の強さとたゆまぬ努力で乗り切ってきた。


 そして突然王女だと言われ王宮生活が始まった。今までとは全く違う環境でも彼女はたゆまぬ努力を続け王女としての振る舞いを身に着けた。


 今日ここで彼女は王女としてデビューする。夏にお披露目の会があったがそれは壇上で皆に披露をしただけだ。今日初めて彼女はこの国の王女として皆に接することになる。話をしたりダンスをしたりその一挙手一投足に皆が注目するだろう。


 そのこともわかった上で彼女は優雅な微笑みを湛え静かに登場の時を待っている。

 

 もちろん陛下も自分も彼女を最大限フォローするつもりではいるが彼女はそれさえ必要なさそうな気品と気高さを漂わせていた。


 ただもう一つの懸念、先日の密会の折、最後に聞いた『オリバー』の言葉。彼がルードルフの長年追っていた男ならマリアレーテ王女は彼を見てどういう反応を見せるだろう?本当は全くの他人で無反応なのか?オリバー本人だとしても気が付かないか?あるいは……?


 ルードルフはマリアレーテ王女が取り乱したり王族としての振る舞いを逸脱しようとしたらすぐにフォローに入れるように彼女のすぐ後ろに控えた。





 時間が来て国王ヘンドリックにエスコートされマリアレーテ王女は入場する。

 ホールは歓声に包まれた。


 ほとんどの貴族はマリアレーテ王女を歓迎している。それは年嵩の貴族ほど顕著だ。トシュタイン王国の陰謀にも負けず生きていたマリアレーテ王女。気高く美しい先王陛下の唯一の愛娘と言葉を一言でも交わしたいと思っている貴族は多いのだ。




 国王陛下のお言葉に続き各国からの賓客が二人の前に進み出てお祝いを述べる。


 賓客たちの挨拶の最後、トシュタイン王国の一行が進み出た。


 ホールは剣呑な空気に包まれる。

 参加した貴族たちは鋭い眼差しで、または侮蔑の眼差しでトシュタイン王国の一行を見据えている。


 エリオ第七王子は無難なお祝いの言葉を述べた。それすらも貴族の反感を買い「どの口がお祝いを述べるのだ」「恥知らずな国がのこのこやってきて」と嘲笑する声がルードルフにまで届いた。




 マリアレーテ王女は……


 彼女はトシュタイン王国の一行が眼前に進み出た時、彼グラート(オリヴェルト)がエリオ第七王子の後ろに控えているのを目にし、目を見開いた。わずかに身体がふらつく。


 咄嗟にルードルフは彼女を支えようとしたが彼女は自力で立て直した。

 大きく目を見開き顔色は青ざめていたが取り乱したりはしなかった。


 彼女を誘拐しようとした国の使者だ。彼女の反応は何ら不自然ではない。ただ彼女の眼がひたすらエリオ第七王子の後ろに控えるグラート(オリヴェルト)に注がれていたのに気が付いたのは自分一人だろうとルードルフは思っていた。


 実はマリアレーテ王女の反応に注視していたジークも気が付いていたのだが。



 賓客の挨拶が終わり国王とマリアレーテ王女は壇上を降りフロアの中心に進み出た。


 二人のファーストダンスは見事だった。


 王女だとわかってまだ数か月、初めてダンスを習い初めて人前で踊ったなどと誰が信じるだろう……と思わせるほど優雅に軽やかにマリアレーテ王女は舞った。


 ダンスを終え一礼すると二人は多くの人に囲まれた。


 彼らから話しかけることはできないが言葉をかけて欲しくてその顔は皆期待に弾んでいる。


 近づいて来たゴルトベルグ公爵に陛下が声を掛け社交が始まったようだった。








 宴は中盤に差し掛かっていた。


 ルードルフはそれとわからないようにずっとマリアレーテ王女を観察していたが彼女は無難に社交をこなしていた。

 今はゴルトベルグ公爵夫人とビュシュケンス侯爵夫人と共に数人の夫人たちと歓談をしている。



 ホールの一角がざわッと揺れた。


 安心してマリアレーテ王女から目を離し他にトラブルなど無いかとホールを見回している時だった。



 マリアレーテ王女に一人の男が近づいた。

 彼はマリアレーテ王女の前で腰を折り手を差し出した。ダンスの誘いである。


 既に何度もマリアレーテ王女はダンスの誘いを受けていた。踊ることもあり断ることもある。それ自体は珍しい事ではない。手を差し出しているのがトシュタイン王国の者でなければ。


 手を差し出したのはグラート・カルドッチ(オリヴェルト)


 周囲は騒然となり非難がましい眼を彼に向けた。ビュシュケンス侯爵夫人が間に割って入りマリアレーテ王女を遠ざけようとした。


 それを制しマリアレーテ王女は彼の手を取った。


 グラート(オリヴェルト)は優雅にマリアレーテ王女をエスコートしホール中央に進み出る。


 彼らは注目の的だった。そのほとんどは刺すような眼差しをグラート(オリヴェルト)に向けていたが。


 そんな視線は気が付かないとでも言うように彼らは踊り出した。



 時折何か言葉を交わしながら彼らは優雅に踊っていく。


 マリアレーテ王女は陛下と見事なダンスを披露したがグラート(オリヴェルト)のリードも見事なものだった。


 いつしか彼らを注視していた人々は彼らのダンスに魅了されていた。そしてハッと我に返り頭を振りグラート(オリヴェルト)を睨みつける。そんな仕草をしている者が何人もいた。



 ダンスが終わるとマリアレーテ王女はすぐに沢山の人に取り囲まれた。


 またトシュタイン王国の者に誘拐されてはかなわないとマリアレーテ王女を守ろうと彼らはマリアレーテ王女を取り囲んだのであった。



 そんな一幕はあったが夜会は大きなトラブルも無くつつがなく終了した。


 一時は騒然となったがマリアレーテ王女とトシュタイン王国の者のダンスも人々の記憶の底に埋没していった。












 マリアレーテは長い間待っていた愛しい夫の手を取った。


 黒髪黒縁眼鏡、記憶よりだいぶ年を取った夫が腰を曲げて手を差し出している。ダンスの誘いだ。


 十年も音信不通だった夫は名前まで変えてマリアレーテの前に姿を現した。


 それを言うなら彼女も同じかもしれない。夫が居なくなった時はまだ彼女は二十歳の平民の若妻だった。

 それからいろいろな事が起き今はこの国の王族マリアレーテ王女として彼の前に立っている。


 なんて遠くに来てしまったのだろう……トランタの町で親子三人幸せに暮らしていた時にはもう戻れないのだ。


 そこに言い知れぬ寂しさを感じマリアレーテは彼女の腰を支え優雅にリードする夫を見上げた。


 十年ぶりに見る夫は相変わらず美しいもののその眉間や口元にうっすらと皺が刻まれていた。どこかのほほんとした雰囲気は薄れ酷薄そうな表情を湛えている。


 でもマリアレーテは夫を見誤ることは無かったし彼の愛情を一片たりとも疑ったことは無い。


 その夫はマリアレーテと目を合わせると申し訳なさそうに言った。


「長い間待たせてすまなかった……でももう少し待ってもらわなくてはならない……」


「あなた……ご無事で良かったですわ。あなたが帰ってくるならいつまででも待っています」


「そのことだが……少し訂正をしてもいいか?必ず君たちを迎えに来る。待っていてくれ」


 帰ってくる、ではなく迎えに来る。


 でもマリアレーテはどちらでも良かった。彼女は十五年も前に既に目の前の男の妻だったのだから。物心ついたときから目の前の男が彼女の全てだったのだから。


「ええ、待っています。あなた……」


 夫は必ず迎えに来てくれる。確信をもってマリアレーテは頷いた。


 トランタの町で暮らしていた時のような生活はもう望めない。

 それでも彼とヴィヴィと暮らせたら……親子三人で暮らせたらそれがマリアレーテの幸せだった。







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