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【完結】竜の国——記憶を失った平民の少女は侯爵令嬢になり、そして……  作者: 一理。
王宮生活

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眠れぬ夜


「君の父親は魔力があってそれを隠しているんじゃないだろうかとね」


「え……『おとうさん』が……」


「私はこう考えたんだ。魔力があるのに隠していてこの国で暮らしている。見たこともない魔道具が手に入る……もしや君の父親はトシュタイン王国の王族に連なっているのではないかと」





 かつてジークとトシュタイン王国から帰国した際、国王陛下の執務室でアルブレヒト先生と私の間で交わされた会話だ。

 

 それは恐ろしい考えだった。ジークの、お父様や兄様たちの(かたき)であるトシュタイン王国の王族の血を私が引いている……その可能性を聞かされて私は目の前が真っ暗になった。


 でもその後で事態は急転した。魔力があったのは『おとうさん』ではなくお母様だった。この国の先王の唯一の姫。だからこそ私の魔力の多さにも納得がいった。

 お父様、アウフミュラー侯爵から『おとうさん』が孤児院を出た後魔道具研究所に勤めていたことを聞いて私やお母様に渡された魔道具についても納得がいった。


 だから私は『おとうさん』が平民だということを疑いもしなかった。


 『おとうさん』が失踪して十年。生きているのか死んでいるのか、生きているならどうして帰ってこないのか……『おとうさん』が失踪した当時私は四歳。『おとうさん』の記憶はうっすらとしかない。私の記憶が戻ったと言っても当時四歳だった私に多くの『おとうさん』に関する記憶が残されているわけではない。


 お母様は『おとうさん』は絶対に帰ってくると信じている。十年経った今でもだ。お母様は絶対に揺るがず『おとうさん』を待っている。


 私はどうなんだろう?記憶の中の『おとうさん』は優しい。叱られた時もあったかもしれない。けれど愛情をもって叱ってくれたのだろう『おとうさん』は私を慈しんでくれたという記憶だ。


 でも五歳からつい先日まで私のお父様はアウフミュラー侯爵だった。だからお父様という存在はアウフミュラー侯爵だという意識が強い。

 十年も経って帰ってこない『おとうさん』はもう亡くなっているのではないか?もし生きていたとしても会ってもわからないだろうな……なとどこっそり考えていた。お母様には言えないけれど。




 自室のベッドで横になりつらつらとそんな考えに耽る。

 何度も寝返りを打ちながら悶々と考え事をする。



 どうしてそんなことをしているのか……昼間の衝撃が強すぎたせいだ。


 庭園で会ったあの人物。




 彼と遠目ながら向き合った瞬間、私は確信してしまった『おとうさん』だと。





 彼はトシュタイン王国の人間だと聞いた。王族ではないけれど。アルブレヒト先生の考えは当たらずと言えども遠からずだったのだ。


 そこまで考えて(待って?)と私は思った。


 本当に『おとうさん』なの?

 会った時確信したはずのその思いは時間と共に揺らいできてしまっていた。


 私はどうして『おとうさん』だと確信したのだろう?髪色も長さも違う。『おとうさん』は栗色の髪で黒髪長髪の昼間会った彼とはだいぶ違う。顔立ち?顔立ちが子細にわかるほど近くに寄ったわけではない。それに彼は黒縁眼鏡を掛けていた。『おとうさん』は眼鏡なんかかけていなかった。そもそも当時四歳だった私が『おとうさん』の顔立ちをしっかり覚えているのかどうかも怪しいし十年経てば顔立ちも変わる。


 考えれば考えるほど『おとうさん』だと思ったのは間違いだったような気がした。


 理性では彼が『おとうさん』だと思ったのは間違いだったと思う。だけど……だけど身体の奥底で何かが告げているのだ彼こそが『おとうさん』だと……


 収拾がつかなくなってきた……寝返りを打つ。


 彼が『おとうさん』だと確かめる方法があるだろうか?


 一つは本人に聞くことだ。でも私はトシュタイン王国の人に会わせてもらえないだろう。今日偶然庭園で遠目に会っただけでもレーベッカとアロイスはかなり警戒していた。レーベッカなど嫌悪感を露にしていた。彼らの前で『おとうさん』ですか?なんて聞くなんてもっての外だが彼ら無しで会うことなど出来ない。


 もう一つはお母様に確かめてもらうことだ。

 私はそれを躊躇していた。もちろんお母様は夜会の準備で忙しく込み入った話など出来る状態ではない。それにかなり緊張しているだろう。それなのにこんな不確かな考えで「トシュタイン王国の一行の中に『おとうさん』がいるかもしれない」なんて告げることなんてできない。お母様にとってもトシュタイン王国は(かたき)なのだ。赤子のうちに誘拐され母親である王太后様にも先日やっと会えたばかりだ。孤児として育って辛いことも沢山あっただろう。

 でもお母様は夜会でトシュタイン王国の一行と顔を合わせることになる。

 昼間会った彼が『おとうさん』だったとしたら物凄い衝撃を受けるだろう。あらかじめその可能性を告げておいた方がいいのかもしれない。でも全くの別人だったら?理性で考えればその方が可能性が高いのだ。いらぬ心配や期待をお母様にかけるわけにはいかないと思った。


 私はまた寝返りを打つ。


 もし……もし万が一あの人が『おとうさん』だったとしたら私はどうしたらいいのだろう?


 すぐに思ったのはジークの婚約者ではいられない……ということだった。


 私は先王の子、マリアレーテ王女の娘でヴェルヴァルム王国の王家の血を引いている。今や誰もが先王の血を引く私と現在王太子であるジークの結婚を望んでいる。(娘を王太子妃にと望む一部の貴族を除いては)

 でもトシュタイン王国はジークの(かたき)なのだ。王族では無いにしろトシュタイン王国の(おそらく)貴族を父に持つ私がジークと結ばれていいわけがない。心情的に無理なのだ。ジークからお母様を奪った元凶ともいえるトシュタイン王国の者の血を引く私がジークと結婚するなんて。


 それは身を引き裂かれるように辛い事だった。


 辛いけれども黙ったまま結婚は出来ない。婚約者で居続けることなんてできない。


 でもジークに打ち明けて冷たい目で見られたら……親の仇の血を引く者と結婚など出来ないと軽蔑の眼で見られたら……


 それも奈落の底に突き落とされるように辛い事だった。


 ではジークが全てのみ込んで「それでも愛している」と無理をしたような微笑みを向けてきたら……


 そうして婚約を続けていても私にとっては針の筵に座り続けるように辛い事だろう。


 いえ、私は自分の事ばっかりだ。ジークこそが辛い思いをすることだろう。

 私の存在がジークを苦しめる、そんなことは許せない。自分の存在が許せない。


 お母様がどういう行動をとるかということはわからない。お母様と『おとうさん』の結びつきはお母様にしかわからない。お母様が『おとうさん』をもう一度選ぶのか決別するのかはお母様が判断することだ。

 そしてどちらを選んだところでお母様がマリアレーテ王女だということは揺らがない。


 私に敵国トシュタイン王国の血が流れているという事実も揺らがない。


 待って、それは本当に事実なの?私の勘違いではないの?


 案外近くで会ってみたら(なんでこんな人を『おとうさん』だと勘違いしちゃったんだろう?)と思うくらい別人かもしれない。


 そうして思考は堂々巡りを繰り返す。


 ベッドで何度も寝返りを打ちながら……



 窓の外は白み始め朝鳥のさえずりが聞こえ始めていた。






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