7月12日(木) それが理由?
通勤途中のバス停で偶然会った浩ちゃん。
新入社員研修まっただ中。かなり大変そうだけど、私には、ただ「がんばれ」と声をかけることしかできない。
時間より5分遅れて到着したバスに乗り込んだ。どうやら道路工事の影響で、いつもは混まない道が渋滞しているらしい。
「じゃあ、来週からは仕事8時始まりなんだ」
「そうなんだよな。朝弱いのに7時30分までには作業着に着替えて職場に集合だって」
「そりゃ大変だ」
「まずそれが憂鬱だね。村上さんも朝が苦手だって言ってたけど、モーニングコールとかするの?」
は? なぜに龍也くんの話に?
「そんなことしないよ。実家なんだから。誰かが起こしてくれるんじゃないの?」
「そっかぁ」
腕組みをしてニヤニヤしながらひとり頷いている浩ちゃん。何か意味ありげな様子が気になる。
「なによ、『そっかぁ』って」
「いや、別に」
「ヘンなの」
バスは本社前の停留場に到着し、ぞろぞろと降りてゆく乗客達。
やはり殆どがウチの社員だ。
正門のところでゲートに社員証をかざし、守衛に軽く会釈をして本社ビルに向かう。
浩ちゃんは大ホールにて研修があるということなので、ここで別れた。私は我が総務部のある5階までエレベーターで上がる。
扉が開き、廊下を歩いて制服に着替えるべくロッカールームへ。
今日も1日がんばろう。
「おはようございます!」
ドアを開けると同時に元気よく挨拶をした。
「ああ、おはよう」
ロッカールームの奥の方から、いつになく元気のない返事が返ってくる。
「美樹ちゃんどうしたの?」
「はぁ」
大きなため息とともにうなだれている。
「なんかあった?」
「付き合ってる彼がいるんだけどね」
「え、そうなの!?」
「まだ驚くとこじゃないよ」
いえいえ、充分驚くところですけど!
「転勤が決まってさ」
どこかで聞いたような話だ。
「それって、もしかして社内の人?」
「うん」
「それで?」
「もう会えなくなるから別れようって」
「ええー! それが理由?」
はあ?
会えるか会えないかなんてまだ解らないのに?
「仕事も忙しくなるし、今までのようにはいかなくなるからって」
「そんなのまだ解んないじゃん。今からそんな別れ話しなくたって」
「そうなんだけど」
「転勤って、例の若手社員の大規模な研修という名の転勤?」
「そう、選ばれたから。この研修で頑張らないと将来の出世にかかわるから、恋愛との両立はできないって」
「好きなんでしょ?」
「うん、でも……ホントは別れたくはないけど、彼の仕事の邪魔はしたくないし」
そう言うと美樹ちゃんは泣きだしてしまった。気持ちは解る。
「もう一度よく話をしてみたら? お互い納得してからでないと、後々尾を引くよ」
「そうだね。もう一度話してみる」
「美樹ちゃんはちゃんと自分の気持ちを正直に言わないとダメだよ!」
「解った。ありがとね」
そう言って笑顔を見せた彼女を、ぎゅっと抱きしめずにはいられなかった。
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