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遠距離恋愛の果てに  作者: 藤乃 澄乃
【第4章】 転勤決定
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7月11日(水)それはまさしく突然にやってきた。

この物語の始まりのお話。


いつもより少し長めになっています。



 7月11日水曜日、お昼休みのすぐ後のこと。


 それはまさしく突然にやって来た。


「オレ、転勤決まった」


「え」


「オレ、転勤することになった」

 

 

 昼下がりのオフィスで突然私のデスクの前にやってきて、何も気にする様子もなく彼が大きな声で言い放った言葉。


 転勤か……。

 この会社に勤めている限り、避けては通れないこと。

 特に若手有望社員は、早い段階に「経験」として1年~3年間の期間付き転勤がある。

 もちろん長くても3年後にはまた本社に戻ってくるのだが。


 自動車メーカー。工場は本社のある本社工場をはじめ5カ所にある。それ以外にもグループの子会社、販売会社にいたっては全都道府県にあり、本当に日本全国どこに行くことになるかは解らない。


 その上、海外のグループ企業まで入れると、もう……。

 考えると頭が痛くなる。




 仕事が終わって彼の車で食事に向かい、楽しいひとときを過ごす。

 食後のコーヒーを飲みながら、いよいよ本題に入るわけだが……。




 龍也くんは今日の会議での決定事項を、順序立てて話してくれた。


「そっか。あと1ヶ月ちょっとか。それならいろいろと準備できるね」


「ああ、それまでにやっておきたいこともあるしね」


「どこに配属になるのかな?」


「場所はまだ解らないんだ。これからそれぞれの希望を聞いて決めるらしい。まあ、希望に添うことはないだろうけどね」


 そう言って笑みを浮かべた彼の顔は少し寂しげだ。


「あ、でも海外じゃなかったから、それだけでもよしとしなきゃ」


 慰めにもならない言葉でも、明るく振る舞って言いたかった。


「そうだな。国内だったらどんなに離れていたって海彩みいちゃんが近くに感じられるし、会いたくなればいつだって会えるよ」


 そうだ、本当にそうだ。

 日本国内、どんなに離れていてもどんなに忙しくても、会う気になればいつだって会える。


 時間がない、時間がないと人は言うけれど、時間は見つけるものではなくて、作るものだ。

 その気になればいくらだって作れる。時間がないというのは、時間を作らないだけにすぎない。


 彼はいつだって前向きだ。少々のことがあっても決して弱音は吐かない。

 そのくせ私が辛い時、寂しい時なんかはいちいち口には出さなくても、ちゃんと気づいてくれて、そっと優しい言葉をかけてくれる。

 私は彼のそういうところに惹かれたのかもしれない。




 ひと通りの話を終えて広い駐車場の奥に止めた黒のSUVまで歩く。2人ともなぜか無言のまま、ただ足を前から後に動かしているだけだ。


 寂しいに決まっている。


 まだ付き合い始めて1ヶ月、本当なら一番甘くて楽しい時期。


 転勤イコール遠距離恋愛は免れない。肝心な話はひとつもできていない。

 仕事のことも大事だが、私達のこれからの方が今の私には一番の問題である。

 龍也くんはいったいどう考えているの?


 そんなこと……。


 聞きたいけど、まだそれを聞いてしまうほど、遠慮の無い仲にまではなっていない。

 楽しい話、真面目な話はするけれど、お互いの気持ちなんて確かめ合ったことなんてない。


 私の気持ち?


 どうだろう。

 告白されて付き合うことになってからも、私の口からはまだ一度も自分の気持ちを言ったことはない。


 龍也くんに好意はもっている。一緒にいて楽しいし、頼りになるし。手を繋いで歩いたり、肩に手を回されたりするとドキドキする。

 多分好きなんだと思う。きっと好きに違いない。

 いいえ、好きだ。……今のところは。


 付き合いだしてからは、お互いに『言いたいけど言えない』『言いたくても言いだせない』そんな気持ちがあったからかもしれない。


 ゆっくりと歩いて車の前に着いた。私が助手席に乗り込もうとドアに手をかけたその時に、背中越しに名前を呼ばれた。


 ビクッとしてそのまま身体が固まった気がした。ただ心臓だけが元気よく動いていて。


「待っててくれとも言わないけど、待たないでくれとも言いたくない」


 やはり彼も私と同じ不安を感じていたのだろう。


「でもひとつ、ひとつだけ聞きたいことがあるんだ」


「なに?」


 私は車の方を向いたままそう答えた。


「オレのことどう思ってる?」


「どう……って」


「まだ一度も海彩みいちゃんの気持ち聞いたことないから」


「……」


「オレのことどう思ってる? ちゃんと聞かせてほしいんだ」


「そんなの言うわけないじゃん」


 照れ屋の私は、ついあまのじゃくな言い方をしてしまう。


「オレは海彩みいちゃんのこと……好きだよ」


「ありがと」


「答えになってないよ」


 だって、そんな恥ずかしいこと言えない。


「嫌いじゃないよ」


 素直に言えない私ってバカだと思うけど、でも……。

 その時優しくそっと背中から抱きしめられた。

 優しい気持ちに包まれて、思わず『好き』って言ってしまいそうになる。


「その言葉だけでも充分だよ」


 彼の温もりを感じ、自分の気持ちを再認識した瞬間だった。



お読み下さりありがとうございました。


今話は、もうお忘れの方もおられるかもしれませんが、龍也の転勤が決まった7月11日の出来事に

スポットをあててもう一度まとめてみました。


次話からは、転勤に向けてのお話になっていきます。


よろしくお願いします!

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