7月5日(木) 前線通過(2)
7月5日木曜日。
低気圧と活発な前線の通過にともない、昨夜から激しい雨が降っている。
叩きつけるような雨にフロントガラスが悲鳴を上げて、窓に流れ落ちる雨はまるで瀧のようだ。
ガラスの向こうは何も見えない。
少しの沈黙の後……。
「それにしても大崎さん、嬉しそうだったな」
「恵子ちゃんも。でも同じ年で結婚なんか考えられない。私にはまだ先のことだな」
「そうだな、俺だって今はまだ結婚なんか考えられないよ。人それぞれだな」
「そうだね、人それぞれの適齢期っていうのがあるんだろうな。あの2人にはそれが今なんだろうな。でも私の適齢期はもっとずっと先のことだと思う」
「そうだな」
また車内に天井からの強い雨音だけが響く。
「海彩ちゃん」
優しい龍也くんの声がした。
「ん?」
「俺さぁ」
「うん」
「……」
「え、なに?」
「……」
「だから、なに?」
「俺さ、……だ」
「え、よく聞こえないよ」
フロントガラスを容赦なくノックする水音に、龍也くんの声がかき消されていく。
「そろそろ帰ろっか」
「なにか言いたかったんじゃないの?」
「いや」
「でも……」
「なんでもないよ」
「なに? 気になるからハッキリ言ってよ」
「もういいよ。いつかまたね」
そう言うと龍也くんはゆっくりと車を走らせた。
それから家に着くまでの10分間は、なんだか居心地の悪い時間だった。
彼は一体なにを言おうとしていたのか。いえ、降りしきる雨音にかき消されて、彼は一体なんと言ったのだろうか。
その言葉をもう耳にすることはないのだろうか。
一緒に帰れることになった恵みの雨は、今の私にはただ苦しい水の流れる音でしかない。
別れ際にどうしても言いたかった。
「言いだしたことは最後まで言って。気になるから。そうじゃないなら最初から言わないで」
「俺は言ったさ」
「聞いてないよ」
「ちゃんと言葉に出して言ったよ」
「でも、相手に届いていないなら、言ってないのと一緒だよ」
「そんなもんかな」
「そうだよ!」
「じゃあ、そうなんだろうな」
なぜだか彼のその言葉に無性に腹が立った。
「なに、その言い方」
「別に、普通だけど」
「人が真剣に言ってるのに、その言い方はないよね」
「はあ? 意味解んないよ」
「じゃあ、そうなんだろうな、ってなによ!」
「そう思っただけだよ」
「龍也くんはなにも解ってない!」
「解ってないのはどっちだよ! 俺の気持ちも知らないで」
なに? 俺の気持ちって。何が言いたいのよ。
「ちゃんと言ってくれないと、気持ちは伝わらないんだよ。今日は送ってくれてありがとう。じゃあ、またね」
私はできるだけ優しい口調でそれだけ言って、精一杯微笑んで車を降りた。だって、ケンカはしたくなかったから。
お読み下さりありがとうございました。




