お互いの気持ち
偶然が重なった出逢いのころ。
今となっては、いい想い出。
本当に私達が出逢った頃は偶然が多かった。
5度の偶然。これってある意味必然? 出逢うべくして出逢った、と言うべきか。
きっと『縁』があったのだと思う。
5度目の偶然の時の会席の味は最高だったね。
その時初めてお互いの自己紹介をしたね。
なんていう話をしているとあっという間に時間は過ぎて。
これから転勤の準備で忙しくなるという現実に引き戻されて。
今後のことなんてなにひとつ話していない。
想い出話をしに来たんじゃないんだよ。
解っているのに。
そう、ふたりとも解ってはいるけれど……。
コーヒーの最後の一口を飲み干して、私達はアメリカの西海岸がモチーフのサーモンピンクで彩られた米国風レストランを後にした。
広い駐車場の奥に止めた黒のSUVまで歩く。カントリーミュージックがかかる店内とは打って変わって、静かな雰囲気がそうさせたのか、お店を出てからは2人とも無言で。さっきまでの楽しい時間はどこかに追いやられて、龍也くんの後をただついて歩いているだけ。
今まで押さえていた感情が込み上げてきた。
寂しいに決まっている。
まだ付き合い始めて1ヶ月、本当なら一番甘くて楽しい時期。
転勤イコール遠距離恋愛は免れない。どうする? この先どうなっちゃうの?
肝心な話はひとつもできていない。仕事のことも大事だが、私達のこれからの方が今の私には一番の問題である。
龍也くんはどうなの? どう考えているの?
そんなこと……。
聞きたいけれど、まだそれを聞いてしまうほど、遠慮の無い仲にまではなっていない。
楽しい話、真面目な話はするけれど、お互いの気持ちなんて確かめ合ったことなんてない。
私の気持ち?
どうだろう。
告白されて付き合うことになってからも、私の口からはまだ一度も好きとか嫌いとか言ったこともない。まあ、嫌いならこうして一緒にいることもないのだけれど。
龍也くんに好意はもっている。一緒にいて楽しいし、頼りになるし。手を繋いで歩いたり、肩に手を回されたりするとドキドキする。
多分好きなんだと思う。きっと好きに違いない。
いいえ、好きだ。……今のところは。
お互いに『言いたいけど言えない』『言いたくても言いだせない』そんな気持ちがあったからかもしれない。
ゆっくりと歩いて車の前に着いた。私が助手席に乗り込もうとアウターハンドル(ドアの取っ手部分)に手をかけたその時に、背中越しに声をかけられた。
「海彩ちゃん」
ビクッとしてそのまま身体が固まった気がした。ただ心臓だけが元気よく動いていて。
「待っててくれとも言わないけど、待たないでくれとも言いたくない」
やはり彼も私と同じ不安を感じていたのだろう。
「でもひとつ、ひとつだけ聞きたいことがあるんだ」
「なに?」
私は車の方を向いたままそう答えた。
「オレのことどう思ってる?」
「どう……って」
「まだ一度も海彩ちゃんの気持ち聞いたことないから」
「……」
「オレのことどう思ってる? ちゃんと聞かせてほしいんだ」
「そんなの言うわけないじゃん」
照れ屋の私は、つい天邪鬼な言い方をしてしまう。
「オレは海彩ちゃんのこと……好きだよ」
「ありがと」
「答えになってないよ」
だって、そんなこと言えない。
「嫌いじゃないよ」
素直に言えない私ってバカだと思うけど、でも……。
その時優しくそっと背中から抱きしめられた。思わず『好き』って言ってしまいそうになる。
「その言葉だけでも充分だよ」
彼の温もりを感じ、自分の気持ちを再認識した瞬間だった。
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