お買い得だよ? 11(最終話)
最終話です!
それから、暫くして。
「騙された!」
「騙してないよ。僕は、『義姉妹』になれるよ、と事実しか言ってないでしょ」
「わたし、お姉さんなのに! ヴィオラ様のお姉さんなのに、義妹になるなんて聞いてない! それによく考えたら、ヴィオラ様の傍に居る時間減るじゃないですか!」
ダイアナはうっかりと、レイモンドと結婚すれば、ヴァイオレットと一緒に行動出来るようになると思っていた。しかし冷静に考えてみれば、慰問や来客にしても、別々に対応した方が効率が良いのだ。二人で一人を捌くのと、二人で二人を捌くのとではそりゃあ違う。どうしてこんな簡単なことに気が付かなかったのわたし! とダイアナは心の中で泣いた。
「いや、まさか気付いてないとは思わなかったよ」
レイモンドは、どこか感心したように頷いている。
「いえ、嘘ね! わたしが気付いてないことに気付いているから、わざと『義姉妹』という言い方しかしなかったでしょ! 後、お城で働けるって言い方しかしなかったわ!」
「凄いよ! 愛だね! 僕の性格をよく理解している!」
とても嬉しそうな顔をするレイモンドを、ダイアナは睨んだ。
「ブランドン侯爵家の令嬢との縁談も嘘だったじゃない!」
「嘘じゃないよ! 本当に縁談は持ち込まれていたんだから! でも絶対に結婚する気はなかったから、頑張って潰した!」
にっこりと笑うレイモンドに、ダイアナは腹が立った。だが、その情報をダイアナに提示したからこそ、ダイアナはレイモンドの求婚を受け入れたとも言えるので、強く怒ることもできない。
しかし、悔しい。自分はレイモンドの掌で、踊らされているだけのような気がしてしまう。何かこう、やり返すことは出来ないだろうか? とダイアナは考えた。
「まあ、ダイアナ。今は本当にわたしの『お義姉様』なんだから、良いじゃない?」
嬉しいわ、と微笑むヴァイオレットの存在に、ダイアナの機嫌は忽ち上を向いた。
「せっかくのお披露目の日なんだから、そんな風に怒らないで? 『義姉』のあなたと『義妹』のわたしとでご挨拶しましょう?」
そう。子爵家の娘のダイアナは、一度ヴァイオレットの実家のオルトニー公爵家に養女として迎え入れられることになった。それから色々と勉強をしつつレイモンドとの婚約、婚姻となる手筈となっている。
同じ家から王太子妃と王子妃が出る、ということで反対意見が多かったが、ヴァイオレットとダイアナの二人の『義姉妹』になりたい、という願いに、ディルニアスとレイモンドの二人が頑張った。
「レイモンド様に頼られて、ディーも内心では喜んでいるのよ」
ヴァイオレットがこっそりと、レイモンドとダイアナの二人に囁いた時のレイモンドの表情が、ダイアナは忘れられなかった。
「お披露目! 言わないでください! 緊張します!」
「言わなくても、もうすぐ始まるけどね……」
レイモンドは、堪えきれないと言うように、にこにこと笑っている。
「ダイアナが嫁がないで、わたしの『義姉』のままっていうのも素敵ね」
「その手が……」
「僕が悪かったです! これからはきちんと全て説明します! ……結婚したらね」
レイモンドは、ぼそりと呟いた。レイモンドの中では、未だにダイアナに逃げられるかもしれない、という心配があるようだ。
今日はオルトニー公爵家でダイアナが養女になったというお披露目の夜会なのだが、レイモンドもパートナーとして同席して、さり気なく二人の婚約も近いよ、と知らしめる筋書きらしい。
知らしめるも何も、ダイアナが公爵家の養女になった時点でばれているのに、高位貴族というのはめんどくさい世界だな、とダイアナはしみじみと思った。
「やあ、ヴィ。遅くなってすまない」
ノックの音と共に、ディルニアスが入室してきた。
「ああ、素晴らしい! まるで光の女神、いや、光の化身のようだ。眩しくて目を開けていられないよ。でも私の目が潰れても良いから、どうか君の傍に居る栄誉を与えて欲しい。やあ、この間贈った紫水晶色の硝子を髪留めにしてくれたんだね! とても似合うよ! ああでも、君の美しい朝の陽の光のような髪に存在することが許されるなんて、私が贈ったのに嫉妬してしまうな。この間買ったレースも君の髪色を美しく魅せているね。……いやしかし、もう一本別のレースの方が良かっただろうか? 夜会であれば光の反射が」
いつものことながら凄いな、とダイアナもお付きの侍女たちもディルニアスのヴァイオレットを褒め称える言葉が終わるのを待った。
ダイアナの隣で、レイモンドが小さくこほん、と咳払いをした。
「……あの、ダイアナ。言い忘れていたんだけど、いや、忘れていたわけじゃないんだけど」
ちらりとダイアナが目だけで見上げると、レイモンドが赤い顔のままダイアナを見下ろしていた。
ダイアナは、今日は生まれて初めて盛大に着飾っていた。ヴァイオレットとリボンやレースなど、ポイント部分を合わせており、見る人が見れば揃いの衣装になっている。
「お揃いコーデをやってみたかったの!」
というヴァイオレットのお願いを、ダイアナが断れる筈もない。似合うのか? と不安になったが、ダイアナのドレスの色味はレイモンドに合わせて落ち着いた金色と琥珀の色が多く使われているので、チョコレート色の髪と瞳のダイアナにとてもよく似合っていた。
「待ってください!」
ダイアナは、レイモンドを止めてこっそりと囁いた。
「あれの真似はしないで。簡潔に、お願いします」
ダイアナはそっとディルニアスを指差した。聞こえた侍女たちは、皆必死に吹き出すのを堪えていたが、レイモンドは吹き出す余裕もないようで、どこか安堵したようにこくこくと頷いた。
「可愛くて、綺麗だ。よく似合っている。愛しているよ」
「……ありがとうございます。殿下も、格好良くて素敵です」
赤くなりながら簡潔に褒めるレイモンドの言葉を、ダイアナはやはり赤くなりながら受け止めた。
今日は公爵家の侍女の人たちが、頑張ってダイアナを着飾ってくれた。だから、「わたしは可愛くないです」なんて、思えない。今の自分は、皆の努力の結果なのだから、ダイアナは胸を張ることが出来た。
いつか本当に、すんなりと「可愛い」という言葉を受け止めることが出来るのか想像もつかないけれども。でも、もしも本当にそんな日が来たら、きっと、それはレイモンドのお陰なんだろうな、とダイアナは将来を想った。
「失礼します。そろそろお客様たちが揃ったようなので、移動をお願いします」
ノックをし、顔を覗かせたのはライアンだった。
ライアンは、ダイアナの姿を見て驚いたように瞬きをした後、小さく微笑んだ。
「……よく似合っている」
「……ありがとう」
今日の集まりは、高位貴族のみだったので、子爵家のブルーム一家は出席することは出来なかった。
ここでライアンに会えたのは、公爵家の気遣いである。
「だから、伯爵位をやるって言っているのに」
「要りませんよ」
ディルニアスの言葉を、ライアンは即座に拒否していた。
「別に、公爵家の方たちは皆良い方たちですし、レイモンド殿下は貴方よりもまだ常識がありますし」
「……まだ?」
レイモンドは複雑そうな顔をした。
「ダイアナと家族であることに、変わりはありません。だから」
ライアンは、ダイアナを真っ直ぐ見つめた。
「頑張れ」
「……はいっ!」
ダイアナは、元気よく返事をした。ダイアナ自身、城でいつでも会える、と思っていたし、養女になったが、家族と離れるのではなく、家族が増えたと考えていた。公爵家の人たちには、子供の頃からとても世話になっていたので、違和感はなかった。
「どうしても無理だ、と思ったらいつでも言え。家族で国を出れば良い」
「はいっ!」
「いや、はい、じゃないでしょう……」
レイモンドは結婚しても油断は出来ないな、と考えを改めた。
「何事もやられっぱなしは良くない。適度にやり返せ」
「はいっ!」
ライアンは満足したように頷き、いつもの癖でダイアナの頭に手を置こうとしたが、綺麗に結い上げた髪型に気が付き、少し寂しそうに笑った。
「……末っ子が、大人になったんだな」
「……先を越してごめんね? でも、まだロイがいるし」
ライアンは、ゆっくりと首を振った。
「俺には、子供のように手のかかる主君が居るからな」
「私のことかな?」
さすがライアン面白いことを言うね! とディルニアスは上機嫌に手を叩いていた。
ダイアナは、心の底から兄を気の毒に思った。
「さあ、早く行ってください」
ライアンは、半ば強引にディルニアスとヴァイオレットを追い出し、そして、レイモンドとダイアナを送り出した。
部屋を出て、扉を閉められた途端に、ダイアナは不安になってきた。
作法は間違えないだろうか? 上手く行くだろうか? 公爵家の人たちや、ヴァイオレットやレイモンドに恥をかかせない振る舞いが出来るだろうか?
ドキドキとしてきたら、足を進めるのが怖くなってきた。
「……大丈夫」
レイモンドの腕に置いている手の上に、レイモンドがそっと反対の手を重ねた。
「僕が、守る。上位貴族の相手は、僕の方が慣れているからね」
落ち着いたレイモンドの態度と微笑みに、ダイアナは何だか悔しくなった。
いや、わたしだって、長くヴィオラ様の傍に仕えていたし? 上位貴族の相手はしてきたんだけど? でも、そうじゃなくて、「あんな女と」ってあなたが蔑まれるかもしれないと思って不安なんじゃない!
やはり王子様はこういう時は緊張しないのだろうか、と思ったが、レイモンドの手がいつもよりも冷たいことに気が付いた。
隙あらば手を握って来るものだから、ダイアナはレイモンドの手の温もりを覚えてしまっていた。
────ああ、同じなんだ。
ダイアナは分かってしまった。
きっと、レイモンドはダイアナが蔑まれないように、酷く言われないように上手く立ち回らないと、と緊張しているのだろうと察した。
「……レイモンド様」
ダイアナは歩みを止め、レイモンドを見上げた。
レイモンドはどこか不安そうな目で、ダイアナを見下ろした。
「わたしは、あなたを支えたいんです。守られたいんじゃない」
はっ、としたように、レイモンドは目を見開いた。
「何故だか、分かりますか?」
「それは……」
ダイアナは、すうっと息を吸い込んだ。
「レイモンド様を、愛しているからですよ」
レイモンドは、ダイアナの言葉をすぐに理解することが出来なかった。
レイモンドにとって、ダイアナからその言葉を貰えるのはもっと先、何年も、もしかしたら十年くらい先に貰えたら良いな、と思っている言葉だった。
だから、言葉の意味を理解した途端、レイモンドは真っ赤になって、両手で顔を覆ってその場にしゃがみ込んだ。
「何で、今、言うかな!」
「今かなー、と思いまして」
ああ、もう! と思いながら、レイモンドがそっと見上げると、ダイアナも真っ赤な顔をして、唇をぐっと噛みしめてレイモンドを見下ろしていた。
恥ずかしがり屋のダイアナが、緊張しているレイモンドを応援しようと頑張って言ってくれたことが、よく分かった。
何で今なんだ、という思いと、今だから言ってくれたんだろうな、という理解で、レイモンドは色々と複雑だった。
でも。
「……本当に、君と結婚できて良かった」
「まだしてませんよ!」
慌てたようなダイアナの様子に、レイモンドは顔を上げた。
「逃がすわけないでしょう?」
絶対に、逃がさない。
結婚しても、油断はしない。
「君でよかった」
出会えたのが、好きになった相手が君で良かった。
決意を新たにしたレイモンドの告白に、ダイアナはそわそわと視線を動かし、照れた自分を誤魔化すように。
「お買い得でしょ?」
そう言って、レイモンドが大好きな、得意気な笑顔で笑った。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました!ディーとヴィ、レイモンドとダイアナという種類の違う恋愛話を楽しんで頂けたらなと思っていましたが、レイモンドもめっちゃ執着男でした(笑)「逃がさない」って兄と同じ台詞言ってますからね。私は書いていて楽しかったので、読んで下さった方も楽しんで頂けたなら良いなと祈ります。
Xの方で先にお伝えしておりましたが、このお話をもって暫く休ませていただきます。単純に、新しい話を書きたいのですが、私は同時進行出来ない、時間の使い方が下手くそ野郎ですので、休んで新しい話をまとめるつもりです。削ったエピソードが沢山あるので、そのうちこの「わた完」の続きを書くと思います。その時は、また覗いていただけると嬉しいです。
評価、ブクマ、感想、リアクション等本当にありがとうございました。書いても良いんだ、と書き続けることが出来ました。少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。ありがとうございました。




