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わたしさえいなければ、完璧な王太子だそうです。  作者: ふらり
番外編

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30/33

お買い得だよ? 8

 しまった! と思ったが、レイモンドは目に涙まで浮かべて笑っていた。怒られる! と一瞬でも青褪めた自分が馬鹿馬鹿しくなる程に肘をついて頭を抱えるようにして笑っている。


 そう言えば、今は澄ました顔をしているロイだって、子供の頃はこんな風に何が可笑しいのかよく笑っていたわよね。


 自分も一緒に笑っていたことは棚に上げて、ダイアナは一人頷いた。


 ────なんだ、殿下も同じ人間なんじゃない。


 突然、ダイアナはすとんと腑に落ちた。


 ────物語の中の王子様じゃなくて、現実の王子様なんだわ。


 王子様であるからには、自分とは縁のない人間だ。けれどもダイアナは、この目の前で涙を流してひいひいと笑っている男性が、とてもよく笑う人だと知ってしまった。

 着飾った格好をして、物語の中の王子様のように上品に微笑んでいるよりも、こんな風に声を出して笑っている顔の方が好きだな、とダイアナは思った。

 けれども。


「……いや、笑いすぎじゃないですか? 何がそんなに可笑しいんですか?」


 意味が分からないままに笑われて、ダイアナは面白くなかった。


「ご、ごめん。違うんだ。全く同じ台詞をロイに言われてたんだけど、まさか、本人も同じことを言うんだと思ったら、可笑しくなっちゃって」

「ロイが?」

「うん。さっき話した、君を好きになった切っ掛けを話したら、『趣味悪』って嫌そうな顔で呟かれて。言い方がそっくりだったよ! さすが双子だね!」

「はああ? 失礼すぎる!」


 ダイアナの怒りの形相に、レイモンドは驚いて笑いを引っ込めた。


「いや、ロイが僕に対して言葉を崩すのは偶にだよ? 僕はもっと普通に話して欲しいとお願いしているんだけど」

「そんなことは、どうでも良いんですっ!」


 ばんっ、とダイアナはテーブルを叩いた。


「あ、はい」


 レイモンドは、背筋を正して座り直した。


「ロイが言った『趣味悪』って、絶対に『ダイアナなんかを好きになって趣味が悪い』って意味ですよね? めちゃくちゃ失礼じゃないですか!」


 実はダイアナの言う通りだった。レイモンドは、双子って凄いな! と感心してしまった。


「でも、君も僕に『趣味悪』って言ったよね?」


 ダイアナだって、レイモンドがダイアナを好きになったことに対して言ったではないか、と穏便に済ませる為に指摘したのだが。


「わたしは、当人だから良いんです」


 ダイアナはきっぱりと言い切った。

 理不尽だ、と思ったが、レイモンドはロイに対するダイアナの怒りを鎮める術は、もう持ち合わせていなかった。

 なので取り敢えず、レイモンドは話を戻すことにした。


「とにかく。僕は、媚び諂って来る者たち、僕を足掛かりに兄上に近づこうとする者、僕を傀儡にしようとする者、僕の婚約者の座を狙う無駄に着飾って口角を上げるだけの笑い方の令嬢たちに常に囲まれていた。そういう僕自身も、唇を横に引っ張って目を細めているだけの笑い方しかしていない日々が何年も続いてさ。何もかもにうんざりとしていた時に、君の笑顔を見たんだ!」


 レイモンドは、ばんっと両手をテーブルにつき、ダイアナに向かって身を乗り出した。グラスの中のアイスティーが、微かに揺らめいた。


「見たことのない笑顔だった。子供のように、口を大きく開けて、得意気な、自慢気な表情で、二の腕が見える程に袖が落ちているのも気にせずに腕を空に向けて」

「ああああああ」

「とても、格好良かったんだ」

「勘弁してください~」


 ダイアナは目を瞑りたかった。耳を塞ぎたかった。テーブルの下に入って蹲りたかった。

 だが、レイモンドの目が真っ直ぐにダイアナを見つめていた。

 レイモンドの落ち着いた琥珀色の瞳には、少しの蔑みも、嘘も、呆れたような色もなく、きらきらと輝かせて、好意と尊敬を浮かべて真摯にダイアナを見つめていた。

 だから、ダイアナは目を逸らすことが出来なかった。耳を塞ぐことが出来なかった。テーブルの下に逃げて蹲ることは出来なかった。

 レイモンドの視線を、真っ直ぐに受け止めたから分かってしまった。


 好意と尊敬。


 相手が誰であろうとも、この二つを貰えることは、ダイアナは嬉しかった。この二つを与えてくれるということは、ダイアナの努力を、ダイアナ自身を認めてくれたということだと、ダイアナは考えている。

 しかし。


「……いや、淑女としてあるまじき行動を尊敬されましても」


 淑女になれた! と思っていた過去の自分の胸倉を掴んで揺さぶりたい気分だった。

 

 尊敬? 違う。殿下の周囲には自分のようなタイプの人間は、そりゃあ居なかっただろう。この方は、物珍しさを勘違いしているだけなのだ。


 ダイアナはそう考え、冷静になりかけた。

 けれども。


「そうじゃないよ。僕は、城で働いていても、長く王太子妃の傍に仕えていても、それでも子供のように無邪気に、大口を開けて笑える君を尊敬したんだ」


 変わらないことが、どれだけ難しいか僕は知っている。


 レイモンドの言葉に、ダイアナは何だか泣きそうになった。

 理解してくれる人がいる、と泣きそうになった。

 

 子爵家が王家のお気に入りだということで、蔑まれることは多かった。ダイアナに至っては、容姿や髪や瞳の色にスタイルやドレスとありとあらゆる難癖をつけられた。幸い、と言うのもおかしな話だが、ダイアナは自分は「可愛くない」と()()()()()ので、そう言われて傷つくことはなかった。

 無視はしていた。気にしないように、聞き流すようにしていた。だけどやはり、自分の内面や努力を見ようともされないこと、認められないことはダイアナを疲弊させた。

 なのに、年頃になると掌を返したように求婚が殺到し、ダイアナは呆れ果てた。ライアンは勿論ずっと断り続けていた。ディルニアスという鉄壁な守りがあるから出来ることだった。

 ダイアナが駄目ならロイでも良い、うちの従姉妹はどうでしょう? うちは息子しかいないので、他に独身の娘が親戚にいらっしゃいませんか? そんなことを、いけしゃあしゃあと言ってくる家ばかりだった。誰でも良いのかと、ブルーム子爵家は皆、怒った。

 両親が、家の利益を考えて子供の意向を無視して婚約をさせるような、貴族によくある考えではなかったのは、幸いだった。ライアンもダイアナもロイも、「好きにしなさい」と言われて今に至る。

 ダイアナはもう、うんざりとしていた。なまじっかディルニアスとヴァイオレットの仲をずっと見てきていたから、自分に来る求婚なんて所詮はその程度なんだ、と投げやりになってしまった。

 だけど、ヴァイオレットが心配そうに自分を見つめてくるので、無理にでも笑うようにしていた。自分は大丈夫だと伝えたくて、ヴァイオレットに安心して欲しくて、昔と同じように走って、笑って見せていた。

 絶対に、変わりたくなかった。

 ヴァイオレットを、嫌いになりたくなかった。

 ヴァイオレットのせいだと、怨みたくなかった。

 この心を、有象無象の寄って来る連中に、変えられるなんてとんでもない、と思っていた。

 ヴァイオレットが居るから、ダイアナは頑張れた。


「……殿下は、凄いですね」


 ダイアナは、レイモンドの孤独を想った。

 きっと、レイモンドが受けてきた有象無象の連中の媚びや悪意は、ダイアナが受けてきたそれとは比べ物にならない程だったろう。いつもにこにこと穏やかに笑う王子様が、子供のように声を上げて、涙を浮かべて笑うのを、ダイアナは今日初めて知った。

 凄いな、と思った。

 まだ、笑えるのが、凄いなと思った。


「一応、王子だからね」


 だから頑張って来たのだと。

 だから頑張っているのだと。

 照れたような微笑に、王族の背負う責任の重さを見たような気がした。


「……さすがです。これからは、わたしにもお手伝いできることがあれば」

「本当? 僕と結婚してくれるの!」

「何でそうなるんですか!」


 テーブルの上に置いていた両手を握られて、ダイアナは思わず怒鳴った。


「え? だって、手伝ってくれるって言ったじゃない? 夫婦になれば、公務を手伝って貰えるし」

「いや、そっちじゃないです。そういう意味の手伝うじゃなくて、愚痴を聞くとか気晴らしに付きあうとかの、手伝いです」

「でも、愚痴を聞いてもらうにしても、僕は誰かと会う時にはスケジュールを開けておかないといけなかったり、前もって約束を取り付けてもらわないといけなかったりするから、聞いてー! ってすぐに聞いてもらうことは無理なんだけど?」

「まあ、そうですね」


 その辺りは、ヴァイオレットの傍に付いているのでダイアナも良く分かっている。


「でも、結婚すれば、直ぐに愚痴を聞いてもらえるよね?」

「違う。そうだけど、違います」


 ダイアナは必死で首を横に振った。


「もう、君は本当に頑固だな」

「頑固とかじゃなくて、無理です。わたしは、殿下の隣に立てるような女ではありません」

「何故?」


 不思議そうに首を傾げられて、どうして分からないんだ? とダイアナも首を傾げたくなった。


「子爵家の娘です。身分が違いすぎます。持参金も用意できません」

「持参金なんか要らないし、そこは昔からある裏技で、何処かの公爵家とかに一度養女に入ってもらって結婚すれば、問題ないし」


 それから、と付け足すように。


「王家の人間って、今では絶対に恋愛結婚なんだよね。両親は一応政略結婚だけど、幼馴染で昔からの付き合いがあって、この人以外なら結婚しないって父が駄々を捏ねたそうだし、叔父……ヴァイオレット義姉上の祖父は、結婚する為に王位継承権捨てたしね。だから、僕が好きになった人であれば、持参金なんか問題にされないよ」


 安心して、と微笑まれたが、ダイアナはとてつもない圧力を感じた。


「わ、わたしと殿下が、恋愛結婚……?」

「え? それ以外の何だって言うの? 君が僕を好きになってくれれば、完璧な恋愛結婚じゃないか!」

「そ、そうですね。わたしが殿下を好きになれば……」


 何かおかしくない? とダイアナは首を捻った。


「と言うわけで、身分も持参金も心配しなくても大丈夫だよ! 僕のことが嫌いじゃないなら、結婚してくれれば毎日頑張って口説くよ。いつか絶対に好きになってね!」

「いや、それ、恋愛結婚じゃない!」

「結果的に、生まれてきた子供に『お父さんたちは恋愛結婚だよ』と言えれば良いんじゃないかな? その結果の答えを前倒しにしているだけだよ!」


 ダイアナは、痛感した。


 兄弟だわ。ディルニアス王太子殿下とレイモンド殿下のこの強引な訳の分からない理論を押し通して自分の我を通すところは、本当にそっくりな兄弟だわ!


 ダイアナは、物語の中の穏やかな王子様のようだ、と思っていた自分の見る目の無さに頭を抱えたくなった。


「いえ! わたしは、殿下の隣に立てるような女ではありません!」

「だから、身分の話なら」

「違います! そうじゃなくて!」


 口にするのには、少し抵抗があった。けれども、ダイアナにとっては一番の理由であることを、思い切って声に出した。


「わたしが、可愛くないからですっ!」


 声に出した瞬間、ダイアナは俯いて目を閉じた。そして、直ぐに目を開けて顔を上げ、レイモンドの顔を見つめた。


 レイモンドはおかしな顔をしていた。

 眉を顰めているが、目は丸く見開かれていた。口元の口角は上がっているのに、唇はぐっと引き結ばれている。

 一体どういう表情なのかダイアナには分からなかった。

 ただ、器用に面白い顔をする人なんだな、と感心した。


「……いや、待って。待って待って待って」

「はい」


 ダイアナは、レイモンドが落ち着くのを待った。


「君は可愛いよ?」

「趣味の悪い殿下に言われても……」

「そこに話が戻るのか!」


 レイモンドは頭を抱えた。


Xでお伝えしたように、諸事情ににより、今回は早い時間に投稿させていただきます。読み返しがいつも以上に不完全なので、そのうちこっそりと修正しているかもしれません。

今回で終われるかな?と思いましたが無理でした。後2回くらい?で終わると良いなと思います。終わって欲しい。レイモンド頑張れ。

次は12/1(月)投稿予定です。よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
更新ありがとうございました。2人若いよねーとても可愛い。2人のやり取りが目に浮かびます。微笑ましいわ。頑固な2人だけどどうにかなりそうですね笑笑 人の悪意はそうしようという気持ちがあると思うのです。さ…
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