表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

38/38

38 おまじない



 夕方、ちょっとしたパーティを開いてもらった。

 グリガンが約束したとおり、飲み食いするだけのものだった。


 この簡易パーティでは、いつになく俺の周りに人が多かった。

 日本人ばかりか、グムル人も聖騎士も、次々と入れ替わるように寄ってきた。


 かつて結衣姫を保護していたことで、俺を許せていない聖騎士も多くいることだろう。しかしこの日ばかりは、誰もそんな感じの態度は見せなかった。


 ただノーシェとはまだ話ができていなかった。俺は大勢の相手をしなくてはならなかったため、ノーシェを探しにいく余裕はなかったし、彼女がこっちにくることもなかった。


 それでも、このパーティで最後の別れを言いたかった。彼女にはとても世話になり、よく助けられてきた。親友だ。なのに依然として彼女の姿が見当たらない。どこへ行ったのだろう。残念でならない。


 そういえば、圜子の顔も見かけない。圜子の場合、俺がこのパーティで英雄扱いされるところを見たくなかったからだろうか。



 別れのパーティが終わった。


 ふたたび大勢で魔法陣の前へと集まった。


 皆、これから元の世界へ帰っていく。しかし転移するのは一人ずつとした。古い魔法陣に負担をかけるのは良くないと考えたからだ。


 まずはランが魔法陣に入ることとなった。甘巻銀平(フライングしたバカ)を除けば、彼女が帰還者第一号だ。笑顔で皆に頭をさげる。


「皆さん、お元気で」


 魔法陣の中に消えた。二人目としてランの旦那が追っていった。九夏紅斗は十七番目だった。


 果穂も、棚家も、糸鵜も、安藤も魔法陣に飛び込み、次々と去っていった。よく知っている顔が、どんどん減っていく。


 とうとう残るは四人のみ。日本人とグムル人の、それぞれリーダーと副リーダーだ。すなわちパーティに参加しなかった圜子もすぐそこにいる。


 グムル人たちが先に転移していくことになり、順にハグを交わして別れた。


 いよいよ俺と圜子だけとなった。


「そんじゃ次は俺だ」


 魔法陣の前に立つ。


「アンタは最後よ!」


 と圜子。


 いつもの彼女らしく顔を凄ませている。先に行きたがっているようだ。俺は最後でも構わなかった。


「だったら先に行けばいい」


「ふん、言われなくとも」


 俺は魔法陣から後退し、圜子に順番を譲った。

 魔法陣に歩いていく圜子。


「お待ちなさい」


 圜子がその声に振り返る。


「お義母様……。お義父様も……」


 公爵夫妻すなわちオーキュネンの両親のようだ。


「リコ、あなたには行かせません。ここに残るのです」


 圜子は口を大きく開け、顔面蒼白となった。


「お義母様、あたしは元の世界に帰らせていただきます」

「何をおっしゃるの? お腹の子は私たちの孫。公爵家を継ぐのよ」


 涙目になりながら駄々をこねる。


「イヤです。帰ります……。帰るの。帰る帰る帰る帰る帰る帰るぅぅぅぅ」



 パーーーーーーーーーーン



 公爵夫人の平手打ちだった。


「いい加減になさい。オーキュネンの子の母になるという自覚を持ちなさい」


「ですが、お義母様……帰りたいの!!」


「お黙りなさい。いままでは目を瞑ってきましたが、きょうから下品な言動は許しません」


 それでも圜子は魔法陣に飛び込もうと走り出した。


 公爵が聖騎士たちに目配せすると、彼らはすぐに理解し、圜子を取り押さえるのだった。


「あたし……元の世界に帰れないの?」


「無論、わたしが帰らせません」


 圜子は「わぁぁぁっ」と大声をあげて泣き崩れた。

 俺はそんな彼女に別れを告げる。


「じゃあ俺は行くぜ。せいぜい達者でな。あばよ」


 圜子に代わって魔法陣に歩いていく。



 今度は俺を呼び止める声があった。


「颯太……」

「あっ、ノーシェ! 最後に会えてよかった」


 ノーシェの目は真っ赤だった。


「止めても行ってしまうのだろう。わかっている。元の世界への帰還こそが、颯太の幸せなのだから」


「ノーシェにはいろいろと感謝している。異世界人の親友ができたことを、人生の宝のように思っている」


 ノーシェが俯く。そのまま動かなくなった。

 だが、しばらくしてやっと顔をあげてくれた。

 一輪の花を取り出した。白い花だった。


「この国には伝統的な『おまじない』がある。旅や遠出する者の無事と幸運を願うときに行われるのだ」


「おまじない? 面白そうだな。その花を使うのか」


「そうだ。しかし『おまじない』の効果を上げるため、勝負をしてもらいたい」


 ノーシェが言うには、花の匂いを嗅いで『生花』か『造花』かを答えるというものだ。難しくはなさそうだ。


 ただし、間違った場合には『おまじない』を受けられないほか、ちょっとした罰ゲームのようなものもあるらしい。


「よし、了解。勝負だ」


 少し屈んで白い花に鼻を近づけた。


「視覚で確認するのではなく、嗅覚のみで確認してほしい。だから目を閉じてもらえないだろうか。手で触れるのも禁止とさせてもらう」


 言われたとおりにした。


 甘い香りがする。けれどもその香りには柔らかさがなく、濃厚でストレートだった。悪い香りではないが、少し不自然さを感じた。これは花の匂いではなく、たぶん香水だろう。答えは決まった。


「造花だ」


「もし間違った場合は罰を受けてもらうのだぞ? 一から十を数え切るまでならば、回答の変更が認められる」


 別に答えを変えるつもりはないのだが。

 それでもノーシェはゆっくりと数え始めた。


「1、2、3、4 …… 10」


 数え切った直後、何かが口に当たった。

 目を開くと、そこにはノーシェの顔があった。

 当たっていたのは唇だった。


 えっ。


 ノーシェはさっと唇を離した。


「不正解……。い、いまのは不正解の罰だ」


 彼女は震えていた。声も体も。


「ふ、不正解だったか。ならば無事と幸運の『おまじない』は、受けられないわけだな。残念だ」


 俺の声も震えていた。

 そりゃ、突然だったし驚くさ。


 ノーシェは黙ったまま固まっている。

 同じく俺も立ち尽くしていた。


 グリガンがやれやれといった顔を見せる。


「違うぞ、颯太。受けられなかったわけじゃない。ノーシェからきちんと『おまじない』を施されたんだ。それは口と口を合わせる行為にほかならない。それがこの国の伝統。愛する者の無事と幸運を願いつつ送り出すときの『おまじない』だ」


 ノーシェは焦ったように首を激しく横にふった。


「知らないっ。あ……愛する者とかの話までは知らなかった! ほ、本当だ」


「わかった。わかったから落ち着いてくれ。とにかく『おまじない』のおかげで無事に帰れそうだ。ありがとう」


 あの白い花が生花なのか造花なのかは、不明のままとなった。


「すまない……。取り乱してしまった」


 ノーシェは笑顔を作った。言葉を続ける。


「いつまでも元気でいてくれ、颯太。この世界のことを忘れないでほしい。わたしのことも偶には思い出してほしい」


「当然だ。この世界のこともノーシェのことも、いい思い出だ」


「達者で」


「ノーシェも元気で」


 俺はふたたび魔法陣に向いた。


 雪綺姫が月輝姫の隣でボソッと言う。


「ひやひやしました。彼女、月輝姫の嫉妬で殺されるかと思いましたので」

「馬鹿なことを言うのはやめてくれないかしら」


 月輝姫は雪綺姫に送った鋭い目を和らげ、こっちを向いた。


「魔法陣に入るのが一人ずつとなるのなら、姿は人形となっておくわ。そうすれば一緒に元の世界へ戻れるわけよね」


 俺が手を取ると人形となった。


「いいこと? 転移中に落とさないようにしっかり抱えるのよ」


 言われなくとも放すものか。


 さて、次は雪綺姫だ。しかし俺たちとは違う世界から転移してきた人形だ。自分の故郷へ戻るつもりなのだろうか。


「雪綺姫はこれからどうする?」

「当然、同行させていただきます。あなたはわたくしのしもべですから」

「つまり、俺のいた世界に来るってことか?」

「おイヤでしょうか?」

「イヤなものかよ。歓迎するさ」


 雪綺姫も人形と化した。

 月輝姫と同様、しっかりと抱えた。


 魔法陣のすぐ前に立つ。


 こっちの世界に来て約八ヶ月。あっという間のことだった。

 八ヶ月がこんなにも短く感じるのは、もうアラフィフだからか。


「月輝姫、雪綺姫、行くぞ」


 ついに元の世界に帰れる。

 魔法陣へと飛び込んだ。



 ―― 完 ――




最後までお読みいただきまして有難うございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
えーと、ざまぁは何処逝った?(•▽•;)(まさか、異脳凝り惨業がそれ?)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ