38 おまじない
夕方、ちょっとしたパーティを開いてもらった。
グリガンが約束したとおり、飲み食いするだけのものだった。
この簡易パーティでは、いつになく俺の周りに人が多かった。
日本人ばかりか、グムル人も聖騎士も、次々と入れ替わるように寄ってきた。
かつて結衣姫を保護していたことで、俺を許せていない聖騎士も多くいることだろう。しかしこの日ばかりは、誰もそんな感じの態度は見せなかった。
ただノーシェとはまだ話ができていなかった。俺は大勢の相手をしなくてはならなかったため、ノーシェを探しにいく余裕はなかったし、彼女がこっちにくることもなかった。
それでも、このパーティで最後の別れを言いたかった。彼女にはとても世話になり、よく助けられてきた。親友だ。なのに依然として彼女の姿が見当たらない。どこへ行ったのだろう。残念でならない。
そういえば、圜子の顔も見かけない。圜子の場合、俺がこのパーティで英雄扱いされるところを見たくなかったからだろうか。
別れのパーティが終わった。
ふたたび大勢で魔法陣の前へと集まった。
皆、これから元の世界へ帰っていく。しかし転移するのは一人ずつとした。古い魔法陣に負担をかけるのは良くないと考えたからだ。
まずはランが魔法陣に入ることとなった。甘巻銀平を除けば、彼女が帰還者第一号だ。笑顔で皆に頭をさげる。
「皆さん、お元気で」
魔法陣の中に消えた。二人目としてランの旦那が追っていった。九夏紅斗は十七番目だった。
果穂も、棚家も、糸鵜も、安藤も魔法陣に飛び込み、次々と去っていった。よく知っている顔が、どんどん減っていく。
とうとう残るは四人のみ。日本人とグムル人の、それぞれリーダーと副リーダーだ。すなわちパーティに参加しなかった圜子もすぐそこにいる。
グムル人たちが先に転移していくことになり、順にハグを交わして別れた。
いよいよ俺と圜子だけとなった。
「そんじゃ次は俺だ」
魔法陣の前に立つ。
「アンタは最後よ!」
と圜子。
いつもの彼女らしく顔を凄ませている。先に行きたがっているようだ。俺は最後でも構わなかった。
「だったら先に行けばいい」
「ふん、言われなくとも」
俺は魔法陣から後退し、圜子に順番を譲った。
魔法陣に歩いていく圜子。
「お待ちなさい」
圜子がその声に振り返る。
「お義母様……。お義父様も……」
公爵夫妻すなわちオーキュネンの両親のようだ。
「リコ、あなたには行かせません。ここに残るのです」
圜子は口を大きく開け、顔面蒼白となった。
「お義母様、あたしは元の世界に帰らせていただきます」
「何をおっしゃるの? お腹の子は私たちの孫。公爵家を継ぐのよ」
涙目になりながら駄々をこねる。
「イヤです。帰ります……。帰るの。帰る帰る帰る帰る帰る帰るぅぅぅぅ」
パーーーーーーーーーーン
公爵夫人の平手打ちだった。
「いい加減になさい。オーキュネンの子の母になるという自覚を持ちなさい」
「ですが、お義母様……帰りたいの!!」
「お黙りなさい。いままでは目を瞑ってきましたが、きょうから下品な言動は許しません」
それでも圜子は魔法陣に飛び込もうと走り出した。
公爵が聖騎士たちに目配せすると、彼らはすぐに理解し、圜子を取り押さえるのだった。
「あたし……元の世界に帰れないの?」
「無論、わたしが帰らせません」
圜子は「わぁぁぁっ」と大声をあげて泣き崩れた。
俺はそんな彼女に別れを告げる。
「じゃあ俺は行くぜ。せいぜい達者でな。あばよ」
圜子に代わって魔法陣に歩いていく。
今度は俺を呼び止める声があった。
「颯太……」
「あっ、ノーシェ! 最後に会えてよかった」
ノーシェの目は真っ赤だった。
「止めても行ってしまうのだろう。わかっている。元の世界への帰還こそが、颯太の幸せなのだから」
「ノーシェにはいろいろと感謝している。異世界人の親友ができたことを、人生の宝のように思っている」
ノーシェが俯く。そのまま動かなくなった。
だが、しばらくしてやっと顔をあげてくれた。
一輪の花を取り出した。白い花だった。
「この国には伝統的な『おまじない』がある。旅や遠出する者の無事と幸運を願うときに行われるのだ」
「おまじない? 面白そうだな。その花を使うのか」
「そうだ。しかし『おまじない』の効果を上げるため、勝負をしてもらいたい」
ノーシェが言うには、花の匂いを嗅いで『生花』か『造花』かを答えるというものだ。難しくはなさそうだ。
ただし、間違った場合には『おまじない』を受けられないほか、ちょっとした罰ゲームのようなものもあるらしい。
「よし、了解。勝負だ」
少し屈んで白い花に鼻を近づけた。
「視覚で確認するのではなく、嗅覚のみで確認してほしい。だから目を閉じてもらえないだろうか。手で触れるのも禁止とさせてもらう」
言われたとおりにした。
甘い香りがする。けれどもその香りには柔らかさがなく、濃厚でストレートだった。悪い香りではないが、少し不自然さを感じた。これは花の匂いではなく、たぶん香水だろう。答えは決まった。
「造花だ」
「もし間違った場合は罰を受けてもらうのだぞ? 一から十を数え切るまでならば、回答の変更が認められる」
別に答えを変えるつもりはないのだが。
それでもノーシェはゆっくりと数え始めた。
「1、2、3、4 …… 10」
数え切った直後、何かが口に当たった。
目を開くと、そこにはノーシェの顔があった。
当たっていたのは唇だった。
えっ。
ノーシェはさっと唇を離した。
「不正解……。い、いまのは不正解の罰だ」
彼女は震えていた。声も体も。
「ふ、不正解だったか。ならば無事と幸運の『おまじない』は、受けられないわけだな。残念だ」
俺の声も震えていた。
そりゃ、突然だったし驚くさ。
ノーシェは黙ったまま固まっている。
同じく俺も立ち尽くしていた。
グリガンがやれやれといった顔を見せる。
「違うぞ、颯太。受けられなかったわけじゃない。ノーシェからきちんと『おまじない』を施されたんだ。それは口と口を合わせる行為にほかならない。それがこの国の伝統。愛する者の無事と幸運を願いつつ送り出すときの『おまじない』だ」
ノーシェは焦ったように首を激しく横にふった。
「知らないっ。あ……愛する者とかの話までは知らなかった! ほ、本当だ」
「わかった。わかったから落ち着いてくれ。とにかく『おまじない』のおかげで無事に帰れそうだ。ありがとう」
あの白い花が生花なのか造花なのかは、不明のままとなった。
「すまない……。取り乱してしまった」
ノーシェは笑顔を作った。言葉を続ける。
「いつまでも元気でいてくれ、颯太。この世界のことを忘れないでほしい。わたしのことも偶には思い出してほしい」
「当然だ。この世界のこともノーシェのことも、いい思い出だ」
「達者で」
「ノーシェも元気で」
俺はふたたび魔法陣に向いた。
雪綺姫が月輝姫の隣でボソッと言う。
「ひやひやしました。彼女、月輝姫の嫉妬で殺されるかと思いましたので」
「馬鹿なことを言うのはやめてくれないかしら」
月輝姫は雪綺姫に送った鋭い目を和らげ、こっちを向いた。
「魔法陣に入るのが一人ずつとなるのなら、姿は人形となっておくわ。そうすれば一緒に元の世界へ戻れるわけよね」
俺が手を取ると人形となった。
「いいこと? 転移中に落とさないようにしっかり抱えるのよ」
言われなくとも放すものか。
さて、次は雪綺姫だ。しかし俺たちとは違う世界から転移してきた人形だ。自分の故郷へ戻るつもりなのだろうか。
「雪綺姫はこれからどうする?」
「当然、同行させていただきます。あなたはわたくしのしもべですから」
「つまり、俺のいた世界に来るってことか?」
「おイヤでしょうか?」
「イヤなものかよ。歓迎するさ」
雪綺姫も人形と化した。
月輝姫と同様、しっかりと抱えた。
魔法陣のすぐ前に立つ。
こっちの世界に来て約八ヶ月。あっという間のことだった。
八ヶ月がこんなにも短く感じるのは、もうアラフィフだからか。
「月輝姫、雪綺姫、行くぞ」
ついに元の世界に帰れる。
魔法陣へと飛び込んだ。
―― 完 ――
最後までお読みいただきまして有難うございました。




