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34 英雄は誇らしい



 油断していた。愚かだった。


 どうして圜子の行動が読めなかったのだろう。どうして結衣姫を殺しに来たのだと考えなかったのだろう。これじゃ、結衣姫を守るために連れてきていた意味がなかった。ごめん……俺のせいだ。


 激しい動悸に襲われた。頭を抱える。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」


 大声で叫ぶと、リュックで眠っていた人形たちが飛び出した。


 月輝姫は圜子の様子を見るや、瞬時にすべてを把握したようだ。月輝姫の長い髪がさらに長くなって圜子まで届いた。その髪が圜子の体を締めつける。


「殺すわね」


 結衣姫を斬首した圜子が、苦しみの声をあげる。


「んぐっ。うっ、うっ、う……。ぐっ。ゴホッ、ゲホッ」


 月輝姫は止まらない。


「苦しみながら死ぬといいわ」


「やめるんだ……月輝姫」


「でも、あの子を殺したのよ?」


「それでも駄目だ。やめてくれ」


「何故?」


 お前を狂鬼の人形にしたくない。

 それともう一つ……。


「お腹にはオーキュネンの子がいるんだ」


 月輝姫は髪の締めつけを解いた。


 一方で雪綺姫は結衣姫の首と体を繋ぎ合わせていた。

 俺はその近くに寄っていった。


「結衣姫は助かるのか?」


 雪綺姫は小さく首を左右させた。


「繋がりはしましたが……回復魔法をもってしましても命は救えませんでした」


 人間の姿となった月輝姫が、うなだれる俺の前に立つ。


「ごめんなさい。こうなってしまったのは、わたしが長く眠っていたせいね」


 俺は返事ができなかった。


 だが、わかっている。悪いのは俺だ。すべて俺の責任だ。当然、月輝姫には責任の欠片すらない。眠るように命じたのは俺だし。それどころか、結衣姫が拘束されていた間は、ずっと月輝姫と雪綺姫が守っていてくれていたのだ。


 もう一つ、わかっている。月輝姫が圜子を瞬殺しなかったのには、ちゃんと理由があるってことを。


 だってさあ、圜子を殺すつもりなんてなかったんだよな。苦しめながら殺すつもりだった? 嘘つけ。俺を止めてくれたんだろ。俺が圜子を殺すって直感したんだろ。だから自ら悪役のようなマネをしてくれて、俺に冷静さを取り戻してくれたんだろ。俺は危うく人を殺すところだった。いつもいつも月輝姫には感謝している。


 月輝姫は俺を包み込むように、優しく抱きしめてくれた。



   ◇  ◇  ◇



 翌日、ルウェット城で祝典があった。同時に王国じゅうでも祭りとなった。


 恐怖の大王は死んだ。人形化された者は元の人間に戻った。国民は大歓喜した。それと結衣姫の死を喜ぶ聖騎士も少なくなかった。



 俺は安置所にいた。棺の中で結衣姫が眠っている。

 そこへ聖騎士団長グリガンがやってきた。


「恐怖の大王を倒した功績により、颯太は最大の敬意を受けるべき人物となっている。だからこの祝典は颯太がいなければ始まらない。さあ、いっしょに来てくれ」


「そんなものに参加するつもりはない」


「偉業を成し遂げた颯太を、大勢の者が讃えようとしてくれているのだ。どうか顔を出してほしい」


 俺の友人がきのう亡くなったばかりだ。祝いの席なんかに行けるものかよ。それに彼女を殺した圜子が、聖騎士らに持ちあげられ、英雄気取りしているようじゃないか。グリガン、お前だって結衣姫の死が嬉しいんだろ?


 恐怖の大王は彼女の姉の形見だった。彼女を西の国からさらってこなければ、恐怖の大王なんて現れなかったんだ。


「無理だ。俺は行けない」


「国王もルウェット城にいらっしゃっている。颯太に会って礼を述べたいと、おっしゃってくださっているのだ。頼む、来てくれ」


 月輝姫が立ちあがった。


「この国が一瞬のうちに滅べば、祝典なんてなくなるのよね? 強要するのであれば、わたしが恐怖の大王とやらに代わって、この国を滅ぼしてみせるわ。無理だと思う? もしそうでなければ国王に告げなさい。国の平和を望むなら、彼を諦めなさいと」


 グリガンは肩を落として帰っていった。



 圜子のスピーチが始まった。魔道具の放送機材のようなもので、国じゅうに声が届くらしい。もちろん安置所にも声は届いてきた。


 圜子は自分が救世主だと言わんばかりだった。恐怖の大王の元所有者(・・・)を殺したときの様子を、誇らしそうに熱く語っていた。大拍手まで響き渡っていた。


 俺は棺の横で耳を塞いだ。


 早く終わってくれ。



   ◇  ◇  ◇



 夕方の祝典が終わった頃だった。


 多くの日本人とグムル人が中庭に集まっていた。

 大勢が声を張りあげる。


「恐怖の大王は倒された。さあ、俺たちを元の世界に戻してもらおうか」


 元の世界に送るのは明日だと、聖騎士団長グリガンは答えた。しかし本当にその意思があるのかという疑問の声は多かった。


 グリガンは嘘ではないと主張した。それでも大勢の大声に押され、異世界への返送場所というところまで案内することになった。俺もついていった。


「約束する。転移返送は明日だ。儀式が終わってからとなる。きょうはただ場所を見せるだけだ」


 返送場所は城内の一角にあった。

 そこは矩形の貯水池だった。


 文字の書かれた石版を取り除くと、一気に排水された。

 貯水池の底には青光りする魔法陣が描かれていた。


 異世界人たちが、おおっと声をあげる。


 いよいよ翌日、その魔法陣から元の世界へ返してもらえるらしい。

 おそらく信じてもいいのだろう。


「うっひょおおおおおおおお」


 奇声をあげたのはヤンキー男の甘巻銀兵だった。

 人差し指を突き立て、右腕を高くあげる。


「一番乗りは、この甘巻銀兵様だ!」


 甘巻銀兵が走り出す。


「おい、やめろっ。まだ儀式前だ!」


 そんなグリガンの声を無視し、魔法陣に飛び込んだ。


 魔法陣の青白い光が強くなった。

 甘巻銀兵は魔法陣の中に消えていった。


 誰よりも先に、元の世界へ戻っていったのだ……。


 アイツめ、一日くらい待てなかったのかよ。グリガンの立場も考えてやれ。いいや、式典の参加を固辞した俺のセリフじゃないな。


 俺も明日はあんなふうに魔法陣から消えていくのだろう。半年ぶりに帰れるのか。戻ったら白米が食べたい。味噌汁が飲みたい。カレーライスも食べなけりゃ。


 それから……苺香の顔が見たい。一人で寂しがっているんじゃないか。警察に捜索願とか出されているのかな。会社、もうクビになっていることだろう。再就職先をなんとか見つけなくちゃ。帰ったらいろいろ大変だぞ。でも帰りたい。


 ふたたび魔法陣の光が強くなった。

 また誰かが飛び込んでしまったのか。


 いいや、そうではなかった。


 魔法陣が何かを吐き出した。

 甘巻銀兵だった。ぜいぜいと息を切らしている。


 彼はきょろきょろと周囲を確認した。

 敬礼のポーズをとってみせる。


「甘巻銀兵、無事、帰還しました!」





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