24 ミニテントが最悪すぎる
圜子が俺の顔を見て、溜息をつく。
「最悪」
おい、それを声に出すな。こっちも同じだ。
しばらく無言が続いた。
口を開いたのは俺だった。
「慰謝料のことだけど……」
「ここじゃ、やめてちょうだい。帰ってからにして!」
ふたたびミニテントは沈黙の空間に戻った。
険悪な雰囲気が続く。
よりによって、圜子のミニテントだったとはな。
休憩タイムのとき、もっと情報を集めておけば良かったか。
知っていたら圜子のミニテントなんか来なくて済んだのだ。
でも待てよ。
圜子は男連中から一丁前に大人気らしいが、どうして誰もこのミニテントを狙わなかったのだ? 圜子が中にいることを知っていれば、多くの者が俺より先にここへ来ているはずだ。休憩タイムで、そんな情報交換はしなかったのか。
これは推測だが、同じミニテントにはニ度入れないという縛りのもと、他の圜子狙いのライバルに敢えてバラさないようにしていたとも考えられる。だとしたら、ちっちゃい男どもだな。たかがイベントなのに。
それにしても苦痛だ。
俺まで溜息を吐いてしまった。
「ひやあ、大きく息しないで! ミニテントの中の空気が濁るわ」
「息ぐらいしたっていいじゃないか」
「しゃべらないで! 唾が飛ぶわ。ああ、キモい、キモい」
「……」
待ちに待ったトークタイムの終了となった。
ようやく開放された気分だ。ミニテントの外の空気がうまい。
これでイベント一日目が終りとなる。
休憩タイムと同様、男連中があちこちに小集団を作って喋っている。
「手応えありの子いた?」
「うーん。微妙だな」
「可愛い子のミニテントに行けた?」
「まあ、それなりに」
そんな会話が聞こえる中、大声で叫ぶ男が約一名。
ヤンキー男の甘巻銀兵だ。
「俺は紫音ちゃん! 紫音ちゃん一択だあああああああ!」
このイベントに、そこまで熱くなれるとはね。
まあ、存分に楽しむがいいさ。
よく知る顔を他にも見つけた。
聖騎士の言葉に疑いを持つ三人組だ。
棚家玲苑、糸鵜翔伍、安藤竜。
不機嫌そうな棚家玲苑を、二人がなだめている様子だった。
ちょっと気になったので、棚家玲苑に声をかけた。
「なんかあったのか」
「まったく信じられないっす!」
「だからどうしたんだ」
棚家玲苑がコブシを握りしめる。
「リコちゃんっすよ。ハニトラ作戦の実行者なのに、なんでイベントに参加してるんっすかねえ! 大役を任された自覚を持ってほしいものっすよ」
圜子のことか。圜子のフォローなんてしたくはないが……。
「リーダーと副リーダーは強制参加なんだ。こればかりは仕方ないさ」
「いや、リーダーだからこそ、くだらないイベントなど強引に断れたはずっす!」
そうか? 俺、もしかして強引に断れたのかな……。
確かに娯楽目的なんだし。拒否を粘ってみれば良かったかも。
「玲苑くーん」
少女が手を振っている。
不機嫌男の棚家玲苑は、手を振り返すのだった。
「あの人は?」
「二回目のトークタイムで一緒だったっす」
お前も参加してたのか!
続いて安藤竜が幸せそうな顔で言う。
「可愛い子ですね。わたしとトークした女の子も、四人全員が可愛かったです」
「そうか。それは何よりだ」
「はい、わたしは日本人の女の子大好きです。お嫁さんにしたいです」
翌日もトークタイムが四回ほどあった。
そして三日目。イベントの最終日がやってきた。
いよいよ告白タイムだ。
イベント開始は日没後となっている。しかし太陽の位置はまだ高い。そのため特殊技能の訓練が終わってから、少し時間が空いてしまった。
いったん居住用テントに戻る。
テント前で雪綺姫が待っていた。
「本日も訓練、お疲れ様でした。イベント開始となるまで仮眠でも取っては如何でしょう?」
「そ、そうだな。まだ時間あるし」
普段ならば、仮眠なんて取ろうとなんてしなかっただろう。
しかし思わず雪綺姫に従ってしまった。
いつもの雪綺姫とは少し違っていたのだ。
テントの中には月輝姫がいた。
あっ、月輝姫までも……。
「どうしたんだ、それ」
「紅花をたくさん見つけたので。綺麗?」
月輝姫と雪綺姫の唇には、口紅が塗られていたのだ。
「あ……うん」
素直に肯定した。
しかしどうして俺は……。自分に納得いかなかった。本当に疲れているんだろうな。人形にドキッとしてしまうなんて。
床に横たわると、雪綺姫に白い息を吹きかけられた。即座に眠りに落ちていった。
「起きて。そろそろ時間よ」
月輝姫に起こされた。
頭がスッキリしてて、気分も爽快だ。しっかり仮眠ができたようだ。
これは雪綺姫の能力のおかげか。
仮眠から覚めた後も、月輝姫と雪綺姫の唇が眩しく目に映っていた。
あれっ。口紅、結衣姫までもしているのか!
夕日が沈もうとしていた。
急いで会場へと向かう。
イベントを進行するラン。
「さあ、お待ちかねの告白タイムとなりますが、あくまでもお遊びですので気楽にどうぞ。ホント、気楽に! 深刻に考える必要はありません。本気じゃなくていいんです。とにかく勇気を出し、一歩を踏み出して楽しみましょう! それと何回でもトライできますので、何回でも失敗しましょうね」
ランは女たちを横一列に並ばせた。
クジで決めた順番だとのこと。
で、どうすんの?
「では右端のユユカちゃんからです。ユユカちゃんに告白したい殿方、どうぞ~」
おいおい。そんなやり方でいいのか? ユユカちゃんって子が晒し者になるだろ。ランは進行役のセンスがないのかもしれない。
シーンと静まり返っている。
いくらお遊びとは言え、告白ごっこにも覚悟が要るものだ。初っ端だったら、なおさら行きにくいだろう。そうなると彼女が気の毒だ。ここは空気を読んで、俺が行ってやるか。トークタイムでは一緒にならなかったが、いいよな?
手をあげようとしたところ、別の男が俺より僅かに早く挙手した。彼女のもとへ走っていく。俺は行かずに済んだ。
男は右手を差し出すと、腰を折って頭をさげた。
「最初からあなたに決めてました! よろしくお願いします」
最初から決めていたのならば、もっと早く挙手していただろう。俺と同様、空気を読み、彼女を気遣ったのだ。
しかし彼女はあまり嬉しそうな様子ではなかった。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
彼女も空気を読んだようだ。めでたし、めでたし。
てか、こんなイベントでいいのか?
ランがイベントを進める。
「皆さん、拍手を! さあ、パチパチパチパチ。続きまして、二人目はフウカちゃんで~す。告白したい殿方、どうぞ!」
今回も誰もすぐには行く気配を見せなかった。
これじゃフウカちゃんって子が気の毒だ。
ならば俺が……。
と思ったら、二人の男が行こうとしていた。
二人とも空気を読んでのことだろう。
しかし二人の足が止まってしまった。
なんと、二人とも譲り合っているのだ。
二人で行けばいいじゃん。
結局、片方が彼女のもとへと走っていった。
頭を深くさげ、右手を差し出す。
「最初からあなたに決めてました! よろしくお願いします」
彼女も頭をさげる。
「ごめんなさい」
彼女は空気を読まなかった。
別にそれが悪いわけではない。空気を読む読まないは自由だ。読む義理なんてない。『義理でOKして、本気にされたら怖い』という自己防衛の意識もあったのだろう。
でも、告白役の男も安堵しているのではなかろうか。
「盛りあがってきましたねっ。三人目はシオンちゃんで~す。告白したい殿方、どうぞ!」
盛りあがってねえよ。
と思っていたら……。
「はーい、はーい、はーい!」
異様に元気なヤツがいた。
甘巻銀兵だ。
彼女に向かって一人闊歩していく。
「紫音ちゃん、大好きです! この愛を受け取ってください!」
「ごめんなさい」
甘巻銀兵はおどけるようにズッコケていた。
じゅうぶん笑いも取れていた。
これで四人目が行きやすくなったことだろう。
このあと、いくつものカップルが誕生していった。
中には両者がガチで喜び合うカップルもいた。
くだらないだけのイベントではなかったようだ。
**** ここから とある少女 視点 ****
わたしの名前は滝子。昭和十五年生まれ。夫は晃平。昭和十一年生まれ。不思議なことに別世界へと迷い込んだわたしたちは、学生の頃のように若返っておりました。
こういうことを言ってはいけないのでしょうが、どうせでしたらわたし一人で来てみたかったというのが本音です。
「おい、メシ」「おい、茶」「おい、ネクタイ」
主人はわたしをまるで奴隷扱い。わたしの名前は『おい』ではありません。家の中ではいつも寝転んだきり、何もしようとしませんでした。
炊事、後片付け、洗濯、掃除……家事はすべてわたしがやってきました。
「ありがとう」と感謝の言葉をもらったことはありましたでしょうか。
一度、暴力もありました。主人が飲めないお酒を飲んで、酩酊して帰宅したときです。それを注意するとスリッパで叩かれました。わたしは忘れません。
現在、催し物の真っ最中。チャーミングなランちゃんが、わたしに手を向けました。
「さあ、次は十五人目の滝子ちゃんで~す。告白したい殿方、どうぞ!」
滝子ちゃんなどという呼ばれ方、何十年ぶりでしょうか。
なんだか照れてしまいました。
主人が来ました。
「お願いします」
手を伸ばしながら、珍しく頭をさげています。他の方々を真似したつもりでしょうか。
わたしは片方の靴を脱ぎました。その靴を大きく振りあげ、主人の頭をスコーンと叩いてやりました。
「コキ使われるのは、もうゴメンですから」
顔をあげる晃平。どうしてそんな驚いた目をしているのでしょう?
まさか想像もしていなかったということでしょうか。
晃平は背中を丸めて歩き去っていきました。
その寂しそうな背中に見覚えがありました。
わたしが重い病気で入院したときのことでした。
お医者様からは助からないと言われていたらしいのです。
あのときの背中とそっくりなのです。
思い出します……。
病気のわたしは食べ物を何も受けつけられませんでした。
晃平が尋ねました。
「何か食べたいものは?」
ほとんど喋れない状態だったわたしは、吐息のような微かな声で答えました。
「梨」
しかし残念なことに不作の年でした。しかも少し時期外れだったようです。
それでも晃平は親戚や友人の家々を駆け回ってくれました。町内の店々を一軒ずつ訪ねていってくれました。さらには隣町まで行き、またその隣町にも行きました。県庁のある遠い大都会にまでも探しにいきました。それでも梨は売っていませんでした。時期外れなので仕方ありません。
晃平は言いました。
「諦めるものか。そうだ、もっと涼しい北の地方ならば……」
数日後、晃平が戻ってきました。たった一つの梨を手にして。
わたしは、ほんの小さな小さな一欠片を口に含みました。
「おいしい」
本当は味なんてわかりませんでした。
晃平は「そうかそうか」と言って泣いていました。
愚かね。わたしの嘘なのに。
その梨のおかげかどうか、わたしはそれを堺に奇跡的な回復を遂げました。
「待って」
靴で頭を叩かれた晃平は、立ち去る足を止めました。
「提案があるの。今度はあたしがコキ使う番でいいかしら?」
甘いな、わたしって。
振り返った晃平の顔は、またもや驚いた様子でした。
そして小さく二度うまずきました。
「日本に戻ったら、掃除の仕方、料理の仕方、お茶の入れ方を教えてあげるわ。
しっかり働いてね」
「わかった」
わたしは鬼ではないので、家事のすべてを押しつけるつもりはありません。ただ平等に半々で……。ううん、これまでのこともありますし、六割はやってもらいましょうか。わたしは四割で。それができなければ即刻離婚。覚悟してくださいね。
**** とある少女 視点 終わり ****




