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19 疑われるのは気分が悪い



 鈴木結衣は一日と欠かさず毎日、俺のテントにやってきていた。

 脱走奴隷であるのを隠しており、不安な日々を過ごしているためだ。


 しかしきょうは夜遅くなっても顔を出さない。

 病気などで倒れているのではないか?


 心配になって、彼女のテントに行ってみた。

 と言っても、すぐ隣のテントだ。


 どうやら杞憂だったようだ。

 彼女はちゃんとテントの中にいた。


「きょうはどうしたんだ。心配して来てみたんだ」

「その……。ご迷惑ではと思いまして」


 何をいまさら?


「迷惑なんて思ったことはない。気軽に来てくれ」

「そうではないのです」

「なら、どういうことだ」


 鈴木結衣がうつむく。


「周囲から誤解を受けているようなのです。わたしが毎晩通って子作りに(いそ)しんでいる、と噂が立っているようです」


 子作りという言い回しには少し驚いた。

 それでも恥ずかしそうに顔を赤らめている。


「俺はそんな噂はまったく気にならないけど……。そっか。普通は気になるものだろうな」


 俺も若い頃だったら気にしていただろう。


「わたしのことは、どうでもいいのです。あなたにさえ、ご迷惑がかからなければ」


「なら、さっき言ったじゃん。迷惑なんかじゃないって。むしろ自慢したっていいとさえ思ってるほどだ。言っておくけど、俺の顔色をうかがう必要なんてないからな。そういう遠慮は今後絶対にやめてくれ」


 鈴木結衣の目が潤んだ。

 俺、マズいことでも言ったか?


「わっ、ごめん」


 ワケがわからず、咄嗟に謝った。


「脱走奴隷のわたしがこんなに優しくしてもらえるなんて……。これまでの多大な御恩はいつか必ず返します」


「恩なんて感じてほしくないし、返そうなんて思わないでくれ」


「そういうわけにはいきません。あなたのためならば、なんでもいたします。望みがございましたら、いつでも申しつけください」


 なんでも? 誘ってんのか?

 いやいや、俺は何を考えているんだ。大馬鹿者。


「望みなんかない。とにかく変な噂は気にしないでいこうぜ。もしそれでも周囲の目が気になるようだったら、そうだな……。俺のいた世界で夫婦だったって設定を新たに加えるのはどうだ? 実は苗字が乙門で旧姓が鈴木だとか。あるいはこっちの世界で夫婦の契りを交わしたっていう設定とか。それなら堂々と俺のテントに来れるだろ」


「夫婦の設定?」


 鈴木結衣の顔がますます真っ赤になった。


「やめておきなさい」


 そういったのは月輝姫だった。

 耳元に口を近づけ、小声でひそひそ言う。


「圜子って女とは、まだ離婚していないのでしょ。元の世界に戻ったとき、慰謝料を請求されるかもしれないわ」


 だよな。


「ごめん。いまの話はナシだ」



 へんな噂については、九夏紅斗からも報告があがるようになった。

 だが、いまやどうでもよくなった。鈴木結衣も平然としている。


 それでも問題は尽きない。


 鈴木結衣の孤立が目立っている。親しいと言えるのは、俺と九夏紅斗くらいなものだ。喋れないという設定も大きな原因だろう。特に訓練時間は、俺や九夏紅斗とは別グループなので、ずっと一人でいるのだ。


 彼女は月輝姫によるインチキ魔法で水飛沫発生に成功してみせたが、周囲から受ける疑念は完全に消えたわけではなかった。大地人のホームレスが衣食住を求めて紛れ込んだのではないか、という噂が出てしまった。さらには、聖騎士が異世界人の中に忍び込ませたスパイではないか、なんて説まであるそうだ。


「颯太!」


 俺の名前を呼ぶのは九夏紅斗だ。

 こっちに走ってやってくる。


「そんなに慌ててどうした」

「大変だ。鈴木さんが連れていかれる!」

「鈴木さんって結衣のことだよな。説明してくれ」


 もともと鈴木結衣のことをよく思っていない者たちがいた。

 連中は彼女に対する疑問を、以前から聖騎士にぶつけていた。


 北フンディナの森へ魔族討伐に行った際、彼女は特殊技能が最弱レベル以下にもかかわらず、どうしてその一員として選ばれたのか? また、(実はインチキの)魔法で水飛沫をあげたこともあったが、それ以降まったく成功していないのは不自然ではないか?

 ……など。


 そして今回、聖騎士に激しい剣幕でまくし立てているのは、あの圜子だというではないか。配給食の件をまだ根に持っているのか? あるいは俺と親しい人物はすべて気に食わない、とかが理由か?


「颯太、ついてこい」


 九夏紅斗を追って走る。


 鈴木結衣の姿が見えた。

 二人の聖騎士が鈴木結衣の手を引いている。


「待ってくれ。結衣をどうするつもりだ?」


 聖騎士が振り向く。


「あっ、キミはお人形さん遊びの……」

「黙れ」


 すでに多くの人々が集まっていた。聖騎士や日本人、それからグムル人も。

 ここは冷静にならなくては。落ち着け、落ち着け、落ち着け。


「大声を出して悪かった。でもなんで結衣が連れていかなければならない?」

「ちょっとした取り調べを受けてもらう」


 取り調べの理由は以下の点からだという。


 *ぱっと見の容貌は日本人でも、よく見れば大地人に近い。

 *精神的ショックを受けたとは言え、ずっと喋らない。

 *特殊技能の上達が見られない。

 *聖騎士側のミスかもしれないが、魔族討伐参加は不可解。

 *日本人同士でいるときでも腕輪を身につけたまま。


 これはかなりマズいことになった。

 もし脱走奴隷だとバレたら処刑される。


 どうすりゃいい?

 為すすべなしか。

 頭を掻いた。


 周囲の者たちの声が聞こえる。


「バレないと思ってたのかしら」

「なんで異世界人のフリしてたんだろ」

「飯が目当てだったんじゃね?」


 俺の耳元で九夏紅斗が言う。


「颯太、なんとかならないのか」


 九夏紅斗の体を突き返した。


「うるさい。いま考えてるところだ」

「鈴木さんをここに連れてくるべきじゃなかったんじゃないか?」

「それは……」


 今となっては、そうだったと後悔するしかない。

 鈴木結衣には謝って済むものではないのだ。


 聖騎士たちに連れていかれる鈴木結衣の後ろ姿を、ただ見守ることしかできない。


 人形の頭を撫でた。


「なあ、月輝姫。もし結衣が処刑されたら、報復につき合ってくれないか。この国を滅ぼしてやろうぜ」


「もしあなたがどうしてもって言うのなら、わたしは応じてもいいわ」

「感謝する、月輝姫」

「でもいいの? わたしがグリガンを殺しても。オーキュネンを殺しても。ノーシェを殺しても」


 無理だ……。

 身近な人物の名を挙げられてしまうと何もできない。

 俺、無力だな。



 ハハハハハハハハハハハハハ



 俺は狂ったように高笑いした。


 皆の注目を浴びた。頭がおかしくなったのではないか、と思われたことだろう。別に否定はしないさ。


 聖騎士の集団の中から一人、こっちに小走りしてくる者がいた。心配そうな面持ちのノーシェだ。


「落ち着くのだ、颯太」

「俺は落ち着いてるさ」

「だが……」


 彼女はぼそっと小声で言った。


「鈴木結衣が日本人だという証拠、何かないのか?」


 俺は大きめな声で返す。


「鈴木結衣が日本人だという証拠? そんなもん、あるわけねえよ」


「……」


 ノーシェは黙ってしまったが、俺は大声で話し続けた。


「だってよお、鈴木結衣は日本人じゃないからだ。アハハハハ」

「おいっ、颯太! お前ってヤツは」


 九夏紅斗の瞳は怒りの火花を散らしていた。


 周囲がうるさくなってきた。


「アイツ、とうとう吐い(ゲロ)っちまったぜ」

「そりゃーな、こうなったら諦めて開き直るさ」

「でも知ってて協力したんなら、アイツも共犯じゃね?」

「おーい。日本人じゃなきゃ、そいつ何者なんだぁ。ハッキリ答えろ」


 ああ、答えてやるぜ。


「アハハハハハハハハハ。鈴木結衣は人形だ!!!」




 **** ここから グリガン 視点 ****



 乙門颯太の言葉に、笑う者もいればドン引きする者もいた。


 俺は心配になった。彼は気が狂ったのではなかろうか。

 きょうのところは鈴木結衣の取り調べを、中止にした方がいいかもしれない。

 いいや、彼一人のためにそんなことができようか……。


 彼の隣に立った。

 そしてポンと肩に手を乗せる。


「もう騒ぐのをやめるんだ。これはどうしようもないことなんだ」


 彼の目がじっと俺を凝視する。


「なあ、グリガンよ。俺の特殊技能、知ってるだろ」

「もちろんだとも。い……偉大な特殊技能だ」


 お人形さん遊び、とそのまま答えるのは敢えて避けておいた。

 彼はふたたび大きく笑ったのち、声を張りあげた。


「だよな。俺の特殊技能は、人形の操作じゃないんだ。人形と遊ぶんだよ。だから人形を人間化した。それだけのことだ」


 何を言っているのか、皆目わからない。

 いま彼を刺激しては駄目だ。


「そうか、そうか。わかった」

「おい、グリガン。わかってねえだろ。信じてねえだろ」

「信じてるとも」

「嘘だ!!!!!!!」


 じゃあ、どう答えればいいんだ。

 困った……。


「しっかりしろ、颯太。その女が人形であるものか!」


 いまの声はオーキュネンだ。俺が言ったのではない。


 すると乙門颯太の笑いに変化が起きた。

 高笑いからニヤリに変わったのだ。


「アンタが責任持つっていうのなら、証拠を見せてやるぜ?」

「いいだろう。俺が責任を持つ。見せてくれ」


 オーキュネン、いまは挑発しないでくれないか。

 乙門颯太は首肯し、一体の人形を高々と掲げた。


「月輝姫、人間となって俺と遊べ」


 やはり彼の頭はおかしくなったようだ。

 ところが――。


 彼の掲げた人形が閃光を放った。

 そして見る見るうちに大きくなっていく。

 何が起こったんだ?


 信じられないほど美しい少女が立っている。

 さっきの人形に間違いない。


 少女は長い髪を艶かしく掻き払った。


 完璧すぎる美貌。そう、完璧すぎるからこそ人形なのだ。

 もし人間ならばここまで美しくなれるはずがない。


 さらに彼はもう一体の人形も掲げるのだった。

 まさか……? その『まさか』だった。


「雪綺姫、人間となって俺と遊べ」


 その人形までもが人間と化した。

 こちらも息を呑むような美を持った少女となった。


 美しすぎる少女が二人。どちらもさっきまでは人形だった。

 俺はただ目を奪われるばかりで、声も出なかった。


「俺の人形は返してもらうぜ」


 乙門颯太はそう言って、部下の聖騎士から鈴木結衣を奪った。


「バレちまったから教えてやるが、こっちの人形の名は『鈴木結衣』じゃなくて『結衣姫』だ。皆、よく覚えておけよ」


 さらに乙門颯太はふたたびオーキュネンに向いた。


「人間化した人形は当分の間、元の人形には戻れない。しかも『動かない人形』とは違い、エネルギーが必要になる。日本人やグムル人と同様、食べ物が必要となるんだ。責任持つって言ったんだから、今後、ちゃんと三人分の飯も追加で支給しろよ」


  俺は夢でも見ているのだろうか?

 いいや、現実だ。



 **** グリガン 視点 ここまで ****





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